11‐3 狂気は伝播する

 男の名前は、マリンソン・グレイス。

 自分の本当の名前を教えてくれた意図はまだわからない。尋ねようとしたが、エイジは聞けなかった。

 聞こうとしたら、マリンソンは言った。


「君にはとびきりのヒントを与えた。これから訪れるであろう過酷な戦いの合間に、僕の名前を調べるといい」


 それだけ言うとマリンソンは通信を切った。

 何度かマリンソンに連絡を入れたものの、繋がらず。繋がらない以上はどうしようもない。エイジは研究室を後にした。

 サイファーの研究主任の部屋を出てすぐ、エイジは見つけた。

 エリーと赤子にサイファーを投与したガスマスクの人物、その背中。

 マックが死んでしまった元凶である。

 見つけるやいなや、エイジは猪のように廊下を駆け出す。

 廊下には、魚臭い感染者たちがちらほら。彼らの攻撃をかいくぐり、走りながら弾丸を脳天に的確に叩き込む。エイジは男の背中を猛追する。突然、追いかけてきた鬼の形相をたたえた男に気づくと、男は必死に逃げ出した。

 突然はじまった鬼ごっこ。

 制したのはエイジ。

 男に覆い被さり、馬乗りになるとエイジは拳を一発見舞う。鋼でできた拳で、何度も何度もガスマスクの男をぶちまわす。


「さっき、ガキにヤク打ってたのはテメーか?」

「あ、あぁ」


 頷く男にもう一発。


「なんでこんなことをした?」

「この仕事を追行したら、このコロニーから脱出させてくれるって……フィリップという男から聞いて」男は震えながら言った。「助けてくれ、まだ死にたかない。許してくれ、そうするしかなかったんだ。仕方がなかったんだ。でないと俺は死んでしまう。な? な? わかるだろ? な?」


 仕方がなかった。その一言をエイジも心の内で繰り返している。

 しかし、許せるわけがない。なぜなら男は、エイジの大切な仲間を奪ったその原因を作った存在である。

 男は仕方がなかったと言っている。そうかもしれないが、エイジは知らない。男が話をしたというフィリップ――もとい、マリンソン。この男がマリンソンと何の話をしたのか全く知らない。


「そうか。仕方がないのか……」


 知らないからこそ、人は邪になれる。


「なら、俺があんたを殴り殺すのも仕方がないよな?」


 エイジは男の顔がつぶれるまで殴り続けていた。

 はじめのうちは、助けてくれと懇願してきた目があった、拳を浴びせてしばらくすると、男の瞳は何も訴えなくなった。店頭に並ぶ魚のように、濁った瞳で鬼のような形相の男をにらみ続けていた。

 エイジは満足のいくまで男を嬲ると、研究所の外を目指すのであった。

 来た道をたどるエイジ。その間、ずっと後悔し続けていた。

 どうしてあの時、ジョンを殴って無理やり連れて帰らなかったのか? そうすれば、マックは死なずに済んだのではないのかと。ジョンがおかしいことになっているのに気づいていれば、仲間がバラバラにならずに済んだのではないかと。

 悔やんでも悔やみきれない。

 サイファーの患者が放つ魚臭。可燃性の毒ガス云々、ジョンが言っていたが、やはりウソだった。ヘルメットがなくでも全く問題はなかった。

 ただ、施設内は暗く―― 一寸先は闇の状態であった。所持していたライトを頼りに来た道を戻るエイジ。途中、サイファーの感染者に襲われることもあったが、何とか研究所の入口に戻ってきた。

 エイジが研究所の入口に戻ると、外はものものしい雰囲気に包まれていた。

 これから大雨でも降りそうな感じで、エイジの頬がピリピリした。

 入口の様子をじっと窺っていたら、EFFと市民軍が研究所の外で戦闘を始めた。

 ただの雨ではなく、砲火の雨が降り出したようだ。

 それは激しかった。

 どうやらエイジはEFFと市民軍という敵が入り乱れる真っただ中に放り込まれたらしい。研究所を出たいが、研究所から出ると、四方八方から狙い撃ちされるだろう。研究所の暗がりから見るに、外では隙間のない銃撃戦が繰り広げられている。


「ここでしばらくじっとした方がいいかね? いや、でも――やんなくちゃいかんか。アランを助けなきゃいかん。どこにいるかわからんが……」


 アランを助けに行くため、意を決するエイジ。

 砲火の中へ飛び込むことを決意した後、コマンド・モーフのエキゾーストを聞いた。

 シャングリ・ラ市民防衛軍のナーガとEFF第66歩兵大隊のガルーダ。二勢力のコマンド・モーフが、現れて茜色に染まる空で激しい戦闘を始めた。

 戦闘はさらに苛烈を極めるようだ。

 一瞬、臆してしまったが、エイジは前に進む。

 後ろに戻ることはもうできない。振り返ることもできない。振り返ったら、この地獄からもう二度と帰ることができない気がして、エイジは気が気でなかった。

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