10.再会

10‐1 サイファーとは?

 暗夜行路。

 今、エイジがいるところはまさにそうだ。

 暗すぎて右も左もわからない。暗視装置という科学の力を借りて、部屋の奥行や障害物の輪郭を得た。そのおかげで、何とか前に進んでいる。

 先ほどから相変わらず、何かの塵が降りている。これが埃なのか、それとも、胞子なのか――はたまた、毒ガスと空気が混ざってできたものはわからない。粉雪よりも小さな浮遊物が、施設の床に舞い降り、積もることなく消えていく。


「人間の癌組織に酷似した生物だ。コルロ――木星の衛星『ガニメデ』で見つかったエネルギーらしい。その中に、そいつらが寄生していたそうだ」


 そんなエイジに、どこかで得た情報を展開するジョン。


「ジョン、そいつは――なんて、エイリアンだ?」

「それはアレさ、エイジ。サイファーってやつさ」


 そのサイファーに感染している――いや、憑りつかれている研究者たちが、ウロウロしている。毒ガスで満たされた中だというのに、何の傷も負わず、ピンピンしていた。エイジを見つけると奇声を上げて襲ってくる。

 感染者の挙動は、ゾンビ映画に出てくるゾンビそのもの。数は少ないが、脅威に変わりない。毒ガスで満たされた中でうごめく彼らに見つからないように、エイジは細心の注意を払う。


「隕石に付着しているバクテリアのような細胞で、宇宙空間では活動停止するとか、なんとかかんとか。酸素でメッチャ増殖する連中だ。でも、どうしてか――空気はしないらしい。細かいことはわからないが、口に入れたら――胃かね? ともあれ、サイファーというバクテリアかなんかが、どーにかやってヘモグロビンと結びつくらしい。そいで血中の酸素を取り入れた時に、体の細胞が異常に増殖するらしい。最初は免疫も頑張るらしいが、手懐けられる。高熱が開けた後、人は自我を失う。それから、驚異的な代謝能力と身体能力を得る。バレたら、ゴリラに殴られるという訳だ」


 どこからか、取り入れた知識を披露するジョン。

 彼が言っていることは本当に正しいのか、わからない。先ほどから語り続ける話のソースはどこから来ているのか、一度、エイジは尋ねてみた。しかし、ジョンは「拾った資料」の一点張り。

 同じ道のりを歩いているはずなのだが、エイジはジョンが言う所の資料に当たる文献に出くわしていない。拾って進んでいるにしろ、持ち上げた痕跡が残るはず。


「ワクチンとか、特効薬はあるか?」

「えぇっと――ないっぽい。だが、薬で細胞の増殖を抑えることは可能だ。風邪薬らしい。でも、あくまで細胞増殖の進行を遅らせるだけだ。7日のタイムリミットを3か月へ引き延ばすだけだがな。ほいで治療する手段は現在のところはないらしい。かかったら速攻で死ぬ病だ。まぁ、死ぬというか――自我が無くなって、獣になる病気だ」

「なるほど。で、サイファーに感染した時の症状は? さっきのは、ちとわからんかった。もう一回頼む」

「あいよ……まずは経口感染だ。サイファーが入っている水が口に含まれてから、全身に倦怠感を覚える。次に、38度以上の発熱が出るんだ。それから、体の中でたっぷり増えたサイファーは脳みそを犯して、乗っ取る。そうしたら、凶暴化するらしい。今――お前がいるフロアに徘徊しているゾンビみたいになる。あと、サイファーの感染者はどっかのアメコミヒーローみたく、自己再生能力が高くなるらしい」

「代謝能力の間違いでは?」

「そうとも言うな」

「それでジメチルアミンの中でもお肌すべすべな訳か?」

「そうだな。そういうことになる」


 エイジはジョンの痕跡を探しつつ、歩いている。

 が、どこにもない。

 視界が悪いからなのか。酸素の関係でそれとも1時間しかいられないという時間制限があるからか。それと、サイファーの感染者に襲われるかもしれない危険もあった。とにかくエイジはジョンの痕跡ばかりを追ってはいられない状況にある。

 この施設の地下にマックがいる。マックの為に、助けた少女と赤子のために急がなければならない。


「で、感染が進むと――体の一部が増殖されるだとか。なんか、体のいたるところから臓器やら手足やらが生えて来るらしい。それで、最終段階に入ると治療不可となる。どうしようもない化け物になっちまったら、どうしようもないらしい」

「殺してやるのが一番ってことか?」

「そういうことだ。今のところな、それくらいしか楽にしてやれる方法が無い」


 サイファーの話が終わった後、エイジはジョンが本当にどこにいるのかを尋ねようという気が起こった。

 どうも、信用ならない。先ほどから、変だ。

 裏切っているという言葉が、エイジの脳裏をかすめた。

 ここ、スペースコロニー616『シャングリ・ラ』の状況が特異であること。先ほど出会った危険な情報機関であるEFIAのエージェントらしき存在のせいだろう。仲間が裏切っているという考え方を否定できなかった。ひょっとしたら、ジョンはEFIAに手籠めにされている可能性を否定できない。証拠はない、ただの推測であるが。

 推測は真実を見出さない限り、変わり続けるものだ。

 だが、変わり続けないものもある。そう、ここに来てから変わらないものだ。それはここが凄惨な場所であること。人が人を殺す地獄、戦場であるということ。それだけは、エイジたちがここに来る前から変わっていないことだ。

 このイカれた場所にいるからか、頭がおかしくなっているかもしれない。


「サイファーのことはよくわかった。しかしな、お前、ここにはいないだろう?」


 また、命がかかっているということもある。

 エイジはジョンを問い質さずにはいられなかった。


「どこにもお前が資料を荒らした痕跡はない。上の階にいるのか? ジョン」

「バレたか……」


 声色からして、悪びれる様子はない。


「なんでそんなウソをつく?」

「なんでだろうなぁ~……で、何でわかったの?」


 また、ジョンは酩酊しているようだった。

 エイジは押し寄せてくる感情を飲み込み、淡々と理由を語る。


「あらかた資料は別の場所に運び込まれちまっている。この研究施設は3階建てで、上の階層は狭い感じではあるが、すぐには回れんだろう? ジメチルアミンと言ったが、ここは研究所だ。工場じゃあない。だから、パイプが下を通っている訳がない。発生器もどこにもないようだし」

「……よくわかっているな」


 よくわかっている――どうしてその言葉が出てきたのか、エイジは理解した。

 やはり、ジョンはウソをついていた。


「お前、ウソついてたろ? 何でこんな時に……」


 苛立つエイジに、ジョンはその理由を語る。


「知り――たかったのだよ。知りたかったんだ。お前が、君が――のこと、のこと、試したかったのだよ。僕としては知っておきたかった。俺、お、お、お、俺が英雄、英雄、英雄になるため、参考にしておきたかった。おれ、おれ、お前のこと嫌いだ。けど、おまえつよつよつよつよ……」


 そろそろエイジは地下5階に差し掛かっていた。

 ジョンの様子が明らかにおかしい。壊れた蓄音機のように、変な言葉を繰り返している。階段の踊り場で、エイジは思わず足を止めてしまった。


「おい、ジョン! ジョン!」


 焦り、何度も呼びかけたが、ジョンは意味の分からない言葉をまくし立てるように発した後、通信を切ってしまった。何度もエイジは通信を入れたが、ジョンは通信に全くでなくなってしまった。

 これで、ジョンの動向がわからなくなってしまった。マックもアランもどこに行ってしまったのか、わからない。

 エイジは地獄で、1人になってしまった。


「地獄へ下る時、神曲のダンテ・アリギエーリには案内人がいた。だが、しかし、俺は独りぼっちだ。独りぼっちになっちまった……クソッ!」


 サイファーを本格的に研究していた場所はもうすぐだ。

 階段を降りたら、仲間の誰かに会えるかもしれない。そう無理やり、自分を納得させると、エイジは5階へと足を踏み入れた。



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