9‐4 疑惑

 一旦、研究所を出たエイジ。

 研究所敷地内に仲のいい兄弟のように横たわるコマンド・モーフの元へと向かう。そこにヘルメットがあるのではないかと踏んでだ。

 案の定、アランがかぶっていたヘルメットがコクピットの中にあった。

 それを被った時、エイジはシールドに赤い飛沫がついているのに気が付いた。

 アランの血を見つけ、歯ぎしりをひとつ。絶対にアランを見つけ出してやる、アランに血を吐かせたやつをぶちまわしてやると息巻いた。

 再び、研究所の中へ。

 先行したジョンの後を追う。施設の地下へと、突き進む。

 上の階はエイジがヘルメットを探す間、ジョンが見て回ったのだが、何もなかった。


「……エイジ、そのヘルメット――」


 通信を入れると、ジョンの驚いた声がした。

 アランがかぶっていたヘルメットからの通信だ。気付かない訳がない。


「あいつが乗っていたコマンド・モーフの中にあった。中に、血が……シールドにな。こびりついていやがった」


 暗視装置を起動し、闇の中を歩いているエイジ。

 せわしなく、気を配るところは多い。先ほどのようにタコのような生物に襲われたらひとたまりもない。廊下を、部屋の中を歩くにしろ、静かに動かなければ気が済まない。なるべく、空気を動かしたくなかった。

 進むにつれて入って来た時よりも、埃が濃くなっていく。

 可視光が増幅された間緑色の世界で細かな雪が舞っている。まるで、深海を歩いているような気分をエイジは味わっていた。


「ジョン、そっちはどうだ?」

「こっちは何もない。ただ――そうだな……民兵共が攻めてきたのかね? 散らかっている。慌てて大切なものだけ持って行った。そんな感じだな」

「なるほど」

「ところどころで、資料って言うのかね? いんや、どちらかと言えば紙片だな。そいつを拾いながら進んでる。お前の方は?」

「腐ったサメの臭いがするとヘルメットが言っている。それから、そうだな……海の底を歩いているようだ」


 ヘルメットはガスマスクの機能を持っており、魚臭を遮断している。

 嗅覚というのは極めて重要だ。無臭の化学物質もあるが、基本的に危険なガスや液体には臭いが付けられている。理由としては不慮の事故を防ぐため。臭いは人間が危機を感知できるための大切なセーフティ装置である。

 だからこそヘルメットは、脱いではいけないとアラートを投げかけている。ヘルメットのシールドに赤文字で箇条書きにされた化学物質の種類、成分や濃度からして吸ったら危険なことが示唆されていた。


「あぁ、海の底のようなもんだぞ。ヘルメットを見つけて来てよかったな。ここは有毒なガスで満たされている」


 ガスと聞いて、エイジは銃の安全装置に手をかける。何となくではある、ジョンはそれを察すると「安心しろ」と言った。


「気にすることはないぞ、エイジ。火打石をカツンとやらなきゃ問題ない。撃たなけりゃノープロブレムだ。あっ、ガスだがなぁ、体にすこぶる悪い。可燃性のある神経ガスかね? 吸ったら中枢神経と呼吸器がやられるらしい。他には皮とか眼が薬傷になるんだとな……うん、そいつの名前は、ジメチルアミンってやつらしい。シールドには化学物質の成分くらいしか。とこいつを吸いこんだら、お前でもおっ死んじまうぞ」


 手にしている自動小銃の安全装置をかけるエイジ。

 年には念を入れて、だ。それから、小銃を背負うと、ナイフを抜く。


「ジメチルアミン、か……」


 それなりにではある。エイジは化学物質に心得があった。退役後に、エイジはトラック野郎にでもなろうと考えている――のか、危険物取扱者の資格を取得している。

 だからか、疑問に思った。

 ジメチルアミンは、殺虫・殺菌剤や界面活性剤――いわゆる洗剤の素だ。あとは繊維をなめす時に使う薬品だ。

 そんな可燃性のガスで、この研究所が満たされている。近辺に工場はないが、工場のガスの管が地下を通っているか? それが傷つけられて漏れ出しているのだろうかと、エイジは考えあぐねる。

 一旦、考え終えると、エイジはジョンに質問をする。


「どこでそれを? なんで、ジメチルアミンで満たされているんだ?」


 危険物であるジメチルアミンと言う単語がどこから飛び出したのか、謎で謎で仕方がない。そういった危険物を感知するキットはあるにはある。ヘルメットに内蔵されている。性能は軒並み、状況的にもっと性能が良いものを使用したいところではある。しかし、頼れるものはこれしかない。


「さっき、紙屑の中から有用な資料を見つけた。何かを封印するために、らしい。その何かについてはわからん。ジメチルアミンで満たされているのは、なんか……あるものの動きを抑制するためらしい。ヒゲの配管工が、がんばってそうしたんだと。本来だったら、研究所の地下とかにガス管とかを通しちゃいけないらしいんだが、構造上の欠陥、というやつがあったらしい」


 エイジの推測は当たっていたのか? ……にしては、おかしい点がいくつもある。

 化学施設の真下に、ガス管を通すようにはできていない。昔、そうマックが言っていたのをエイジは思い出していた。

 いつぞやの――そう、一年前にあったスペースコロニー112『蓬莱』であった、バイオテロの鎮圧に際してだ。人体に有害なナノマシンで満たされている建物に突入する前に、マックがそう言っていた。

 エイジ的には、その時と同じような状況にある気がしてならない。

 ジョンはガスと言っているが、どこかにナノマシンを放出する装置がありそうでならない。


「と、いうのはシャングリ・ラ市民防衛軍が来るのを避けるために、地下の管を細工して、ジメチルアミンで満たしたのか?」

「そのようだな。で、そのあるものについては調査中。地下に進むにつれて、臭いが酷い。地下の4階からは、ヘルメットのモジュールを宇宙活動用に切り替えろ」


 会話が途切れた。しばし、二人は無言で歩き続ける。

 ジョンの背中を追うエイジ。相変わらず、ガスが濃いのは変わらない。フロア下へ進むたび、濃度は高くなっていく。まともに吸ったら、絶対に生きてはいられないだろう。特に4階は、酷い。ガスマスクではどうにもならないほど、ガスが濃い。

 エイジはガスマスクモードから宇宙活動用モードへ切り替える。

 残っている酸素は1時間。1時間以内に、4階から上に上がらなければならない。時間制限があるからか、エイジは焦燥する。

 ゆっくりと、なるべく急ぐエイジ。

 相変わらずガスは濃く、施設内は暗い。暗視装置を使っていても、視界はこの上なく悪い。

 そんな中、妙なもの音を耳にする。


「ジョン、聞こえるか?」


 唸り声、


「やっぱり。……何か見つけたのか?」


 それから――見つけた。

 施設地下5階、廊下で人間が立っている。手を揉み、何かに取りつかれたかのように、背中をビクンビクンとのけぞらせているようだ。


「人間が立っているように見える。なんか、エクソシストに出てくる悪霊に憑りつかれた人っぽいのが……」


 立っている白衣の男は呻いて、獣のような声を出していた。

 気持ちが悪いこと、この上ない。それ以上に、違和感を覚えているのは吸ったら死ぬガスが蔓延している中で人間が活動していることだ。


「あ~やっぱりか」ジョンは言った。「これは推測だがな、そいつがサイファーってやつの感染者らしい」

「サイファーか」

「俺は避けて何とか、お前の下の階にいる。ダメならナイフで排除するという手もいいかもしれない。感染していても、人間と急所は同じだ」


 そう聞かされたあと、エイジは目の前にある障害物を処理する。背を向けているゾンビに忍び寄り、首筋に刃を突き立て黙らせた。

 エイジは死体の首筋を見て、目を疑った。毒ガスを吸っているというのに、肌が薬傷に――ただれている訳ではない。むしろ、つるつるしていた。服を破って体を改めても、どこも何ともなっていない。

 本当に、ジメチルアミンで満たされているのだろうか?

 これまでを省みて、ジョンに対する不信感はますます増えていく。芳しいことでないが、エイジはジョンの言うことが信じられなくなりつつある。

 乗って来たコマンド・モーフが自爆したのか? 自爆後、本当に敵が大量に押し寄せてきたのか――エイジには何が正しいのか分らなくなってきていた。

 ジョンが本当のことを言っているのか検証したくなるエイジ。ここにやって来てから、言動がおかしいのだ。そのせいで、仲間たちを危険にさらしている。現に、マックとアランが命の危機に瀕している。


「あいつが言っていることは本当に――正しいのか?」


 今は姿が無い。ただただ、首をかしげるしかなかった。



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