9.研究所にて

9‐1 孤独なエイジ

 EFFと民兵の、一連の戦闘が終わった。

 戦闘が終わると、握りつぶされてしまった母親を想い、ペローはむせび泣いていた。泣き声は耳障りであったが、通信を切る訳にはいかない。誰かの慰めから、有用な情報を手に入れることができるかもしれないため、そのままにしている。

 ペローが操縦するコマンド・モーフは、永遠に続く夕日の中に浮いている。斜陽の中に浮かび上がる姿が、首を吊った人のようにエイジには見えた。


「日本人はワーカーホリックだ。100年前から、仕事をしまくって過労死する人が多いらしいな? お前の――知り合いとかでそういう人はいるか? ……いるかい?」


 故郷について、ジョンが訪ねてきた。

 首が座っていないのか、ジョンの頭がゆらゆらしている。まるで、ドラッグをやったばかりの人のようだった。

 まともに話ができるか、不安になるエイジ。

 ジョンが先ほどから酩酊状態にあるのは、ナノマシンを抑制しているからである。ナノマシンで制御されていた脳内物質が、抑制剤によってくびきから解放され、大量に分泌されている状態だ。と言う訳で、ジョンは脳内物質でトリップしている。

 ナノマシンの抑制によるトリップには、個人差がある。全然でない場合もあれば、抑制剤を使った瞬間に一気に来ることもある。ジョンのように打ってから数時間後に、トリップすることもままある。ちなみに、アランが卑猥な言葉を連呼していたのは、前述の理由だ。


「あぁ、多いよ」エイジは答えた後、「てか、お前。さっきから口調が変だが? どうした? ナノマシンを抜いてハイになっているのか?」

「かもしれない。さっきから妙な感じだ。あの――たまに、意識が途切れるというか、ボーっとしてしまう。戦闘中はクリアな状態だが、なんだ……うまく言えないが、自分が自分じゃなくなる感じがしている」

「抑制剤でトリップしてるからか?」


 相変わらずヘルメットのシールドのスモークはキツい。エイジに、ジョンがニタニタしている顔はわからない。推し量るのみ。


「きっとなぁ、そうだと思うよ。お前――吸ったことはあるか? マリファナとか、キノコとか……コカもかなりいいぞ。へへへへっ、こんな感じで――」ひっひっひ……と、笑うジョン。「とにかく、愉快で仕方がない。楽しくってさぁ、たまらん状態だ。たまらん、たまらん、たまらん、たまらん!」

「そんな嗜好品は味わったことが無いなぁ~女と一緒で、俺には縁が無いらしい。吸ったことはないね……」

「ハーブも?」

「脱法ハーブもない。実家で、両親がビニールハウスん中でやってるが――」


 それからエイジは「脱法じゃないぞ」と言ったのだが、ジョンには届いていないらしい。


「おっ、それはアレか? あの~合法ですっきりするやつか? 脱法ハーブってやつ」

「お茶の葉だよ、バカ野郎。ハーブティーを作ってるんだ。葉っぱを巻いて吸おうってやつじゃあない。吸引器を使うやつでもないぞ。煮汁を飲むやつだ」


 頭を振った後、ジョンはそっぽ向いた。

 相変わらず、ペローが搭乗しているコマンド・モーフ『ナーガラージャ』の位置は変わっていない。コクピットですすり泣いているままだ。シャングリ・ラ市民防衛軍の仲間たちから、励ましの言葉をかけ続けられている。

 斜陽の角度は変わっていない。ずっと、そのままだ。エイジとジョンがいる――ビルの最上階から2km先にある運動公園で、戦闘が始まってから終わるまで。まるで時間が止まったかのようであった。さっきまであった、あわただしい銃声や爆発音はどこにもない。身の毛がよだつような静寂にとりまかれている。

 あれから結構、時間が経っているように感じている。しかし、時計を確認すると戦闘が開始されてから終わるまで、20分ほどしか経っていない。

 エイジは首をかしげた。ここに来てから、時間の感覚が変だと。

 頭を振ってふり払う。ネガティブなイメージをそうして、吹き飛ばすエイジ。

 絶賛、脳内物質でトリップ中のジョンと話すこともないので、ペローへ投げかけられる優しい言葉を静かに聞き入る。

 身にもならない、生温かい言葉を聞くこと5分。

 ペローの恋人であるリリーナが母親のような声色で、言葉をかける。


「ペロー、気持ちはわかるわ。けれども、あなたは背負わなければいけない。これ以上、泣く人を増やさないために。私も姉を殺されて、たくさん泣いたわ。けれども、泣いてばかりはいられない。あなたはリーダーよ、シャングリ・ラのみんなを背負って立つ存在。だから、前を向いて。涙を拭いて」


 エイジは女性に優しくされたことはない。

 唇をかみしめ、目を細める。それから、戦場が彫り込んだ凶相を憎むのであった。顏についた裂傷の痕、火傷の痕、切傷……これさえなければ、人に好かれるはずなのにと心の中で嘆くのであった。

 ここに来てから、ずっと後悔し続けている。

 緊張の糸が張りつめ、たわむたび、軍人をやらなければと思うことがしばしば。エイジにとって、こんなことは初めてだった。


(ペロー、あんたが……ジョン、マック、アラン――お前らも……俺は、羨ましい。俺を気遣ってくれる女性はどこにもいないからなぁ)


 マックは、怖いけど深く愛し愛されている奥さんがいる。ジョンは裏切られてはいるが女性と3度も結婚をしている。真面目そうに見えるアランだが、恋多き男だ。世界を股にかける特殊部隊員という仕事をしている男は、仕事のついでに何人もの女性と関係を持っている。目の前にいるペローは、リリーナがいる。日本にいる地元の友人たちは結婚して、会う頻度は少なくなってきている。

 エイジは途方もない孤独を味わっていた。

 どうせ俺は独りぼっちなんだといじけ、エイジはそっと立ち上がる。ペローに見つけられないように気をつけて。


「そろそろ行こうぜ」エイジはジョンの肩を叩く。

「どこに?」

「どっかだ。どっかほっつき歩いていたら、何か拾うだろ? それと、お前――酔っぱらいながらも、ちゃんと仕事はしてんだろ?」

「あ~そうだなぁ、うん……えぇっと、うん~シャングリ・ラ市民防衛軍はさぁ、下の階層にねぐらを作ってるみたいだ」


 ジョンがそう言った後、エイジたちの元へ通信が入る。

 通信は隊長宛に送られてきているのだが、ストリップしているからか出られる状態ではない。代わりにエイジが通信へ出た。


「こちらシヴァ4だ。隊長は今、抑制剤でトリップ中。何か用か?」

「エイジ、俺だ! シヴァ2だ。ちょっと――いや、かなりやばいことになっている」


 マックからだ。緊張している状態にある。マイクから、せわしない呼吸の音が漏れていた。どういった状況にあるのかを察すると、体を強張らせるエイジ。


「場所は? どんな所だ? ……聞かせてくれ」

「ここから南にある――敦煌ってところだ。シャングリ・ラ市民防衛軍に見つかっちまった。いや――EFFか? とにかく撃墜されちまった。ガラス張りになった建物がある。その敷地内だ。おそらく――なんだ? 研究所っぽいところだ」

「アランは?」

「連れてかれちまったよ。よくわからん、武装集団にな」

「二人は無事か? エリーと赤ん坊だ」

「無事だ。何があっても俺は二人を――」


 守るとマックが言おうとした時であった。

 爆音が2、3回響く。それから、少女と赤子の泣き叫ぶ、聞くに堪えない声が遠ざかった。エイジは思わず前にのめり込む。


「クソッ!? アラン! クソォ! やめ、やめろぉ! エイジ、エイジ! 。そこで、そこ――やめやがれってんだ! クソ野郎! エリー! エリィィィィ」


 マックが助けを呼んでいた――。

 エイジは血相を変え、酩酊しているジョンを放置し、マックが言っていた敦煌とやらにある研究所へと走る。

 仲間を助けるため、地獄を矢のように奔る。

 マックには、地球で待つ家族がいる。アランには、つき合っている彼女たちがいる。

 2人を想う人たちのため、何が何でも救わなければならない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます