6-3 選択

 男はエイジを試すと言った後、指示を出す。スナイパー・ライフルが立てかけられている机を探せと。

 アランとジョンの命がかかっている。

 エイジは駆け足だった。急いでいるせいか、二度ほどつまずきそうになった。


「あったぞ。これで何を狙えばいい?」


 スナイパー・ライフルが立てかけられていた机。会議用の長机だった。場所もかなり広く、ほとんど砕けたカーテンウォールからは荒廃した街が顔をのぞかせていた。何とも言い難い、あの悍ましい光景をエイジは思い出した。

 エイジは昔ながらのボルトアクションのライフルをいじくる。男はここにスナイパー・ライフルを置いていたその理由を考えながら。

 何かを撃たせようとしていることはわかった。

 だが、何を撃たせようとしているのか、はっきりわからない。心臓を濡れ手で掴まれたような気持ち悪さを感じつつ、エイジは弾を装填する。


「準備はできたようだね? では――窓を見てくれたまえ」


 癪ではあった。しかし、大切な仲間の命がかかっている。

 エイジは窓へ。スナイパー・ライフルを構える。木製のストックを右肩に当て、銃を固定する。それから、スコープを覗きこんだ。

 エイジは勘がいい。

 400メートル先、向かいの廃ビルにスナイパーを発見した。


「真向かいにスナイパーがいるぞ。そいつと戦えってことかい?」

「まだ何も言っていないと言うのに……君はナンセンスだな」ため息をつくと、男は言った。「実に、実に――ナンセンスだ」


 ゴチャゴチャ言うなと軽い感じで言いたかったが――相手の機嫌が悪いままだ。

 エイジはだんまりを決め込む。

 額をレンズの光で焼かれているような、嫌な感覚に苛まれるエイジ。スナイパーにはっきり睨まれている。ストレスを感じずにはいられない。それを知ってか、相手はエイジを焦らしていた。

 しばらく間が空いたのち、


「それでは君に“選択”をしてもらおう」


 男は言った。

 その選択とは何なのか、男は説明を行う。


「君から2時方向だ。200メートル先にビルがあるだろう?」

「あぁ、ある」


 200メートル先にあるビル。そこに男が吊るされていた。蓑虫のような状態で。

 エイジはギョッとした。まさかと思っていた。相手が自分に何をさせようとしているのか、はっきりとした。

 男は続ける。


「続いて、10時方向だ。君から220メートル先にある高級ホテルだ」


 傾いた高級ホテルの看板に蓑虫が。


「200メートル、2時方向の――右の男は、このスペースコロニーで偏向報道した記者だ。EFFのやむを得ない措置を虐殺だと言った……左の男は食料を奪うために殺人を犯した男だよ。母娘を殺してミルクを奪った」


 言いたいことはわかった。


「どっちを撃つか……だな?」


 右か、左か……はたまた、真ん中か。

 ――選べと。


「そういうことだよ。君はどちらかを裁くんだ。それで片方は助かる」

「もう片方は? 助かるのであれば、スナイパーを配置する必要はないと思うのだが」

「彼は糸を切る役目を仰せつかっている」


 右の男も左の男身、どちらも地上から70メートル以上は離れている。

 糸が切れたら無事では済まないだろう。


「この高さじゃ……あんなにグルグル巻きだと……死ぬと思うんだが?」

「そうだね。ただじゃ―――済まないだろう」


 下はきっとアスファルトだ。

 しかし、地面がどんな状態であれ、70メートルもの高さからそのまま落ちたら確実に死んでしまう。

 狂っているとしか思えない諸行だ。

 男は、酷な選択をエイジに強いる。エイジが誰を撃つか、愉しもうとしている。


「月並みだが――言わせてくれ。あんた、狂ってるぞ」

「どうかな? そういう君はどうだろうか? 君が戦っている時の顔、どんな顔をしているか見たことはあるかい?」


 エイジは「知ったことじゃない」と、答えたのだが男はしつこかった。

 先ほどエイジがどんな顔をして戦っていたのか。どうしても知らしめたい。わざわざその時の動画を送りつけてきた。

 いつも鏡で見ている顔ではない。自分によく似た狂人が笑みを浮かべていた。こんな顔をして、戦っていた……エイジはそう思いたくはなかった。どうやって、これを撮ったのだろうか? 強化外骨格は通信機能以外、完全にスタンドアローンのはずなのに。


「エイジ。落ち着け、調べたが――そいつは合成している。お前によく似た顔の男が笑っているだけだ。動揺するな! やっこさんは――」


 マックの絶叫が耳元で響く。赤子とエリーのざわつく声。


「おい」

「彼の痛覚抑制を少しいじっただけだ。ちょっと敏感にしただけよ。静かにしていればこれ以上は何もしない」


 それだけ言うと、男はため息をついた。


「気を削がれてばかりだな。まぁ、それも興があるからいいか……」


 命のやり取りを遊びだと言わんばかりの物言いだ。

 この不敵な態度、この気取った態度、この高慢な物言い――どこから来ているのだろうか? 考えなければいけないことは、あまりにも多い。

 だが、やるべきことは決まっている。

 エイジは再びスコープを覗いた。真向かいにいる男はじっとこちらを見つめている。エイジが右を選ぶか、左を選ぶか――はたまた、自分を殺して二人を助けるか。気が気でない様子だった。

 いつ撃って来てもおかしくはない。そんな状態にある。

 とりあえず、エイジは銃口を気持ち下げた。しかし、スナイパーは依然として緊張状態にある。ただちに結論を出さなければいけない。

 3人。

 3人だ。

 3人のうち、誰かを撃たなければならない。

 吊るされている右の男、もしくは左の男を撃ってスナイパーを生かすか。そして、撃ち合いを始めるか。

 スナイパーを殺し、吊るされている男たちを生かすか。

 1人か、それとも2人か。

 額に圧がかかっている。呼吸が荒くなってきた。動悸が酷い。体の中で心臓が暴れている。

 あの人でなしに、エイジは追い込まれていた。

 出し抜いてやりたいが、あの難解な物言いが引っかかって下手に出られない。

 撃つのは右の男か左の男。そう、言われている。

 男は何を望んでいるか? それはエイジが3人の誰かを撃ち殺すことだ。

 ならば、自分の頭を撃つか。そうすれば、何もかもが終わる。自分が死んだのを見て、名前のわからない残虐な男がこれからどんなことをするか。自分が死んだ後、アランとジョン、マックと子供たちが無事である保証はない。男は約束をきっちり守るタイプではなさそう。

 さんざん悩んだ挙句、エイジはスナイパー・ライフルを構え直す。

 今は男の手の平で踊るしかない。

 エイジは右の男へ狙いを定め、そして――引き金を引いた。

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