5.辺獄

5-1 赦し

 エリーと邂逅し、2時間余り。

 相変わらず、夕闇は延々と続いている。そのおかげか、マックが飛ばすコマンド・モーフは帳の中に溶け込んでいた。


「ところでエリーさんよ」

「ん、どうしたの? マックおじちゃん」


 ここでマックはエリーに何があったのかを尋ねることにした。

 マックは市街地の中に空いているスペースを見つけ、そこに降りた。コマンド・モーフの足が地面に着くと、環境追従迷彩を起動。姿を眩ました。

 コマンド・モーフが地面に降り立つと、3人は周囲の警戒を行い、何もないことを確認する。街の中を探索し始めた。このスペースコロニーから脱出するため、さらに情報を集めるのであった。


「マック、俺らは行く」

「了解。気を付けろよ、ジョン」

「お前もな。おしゃべりが過ぎるなよ。ここは何が起こるかわからない場所だ。危険はすぐそこに転がっている」


 ジョンの苦言を聞いた後、エリーに「すまんな」と、一つ謝りを入れるマック。

 酷だとは思ったが、こんな質問をエリーに行う。このコロニーを生き抜くため、聞かなければいけなかった。


「このコロニーで何があったのか、聞かせてくれないか?」


 マックは質問をした後、エリーの表情が陰る。エリーの不安が抱いている赤子に伝播して、急に泣き始めるのであった。

 泣く赤子を大人しくしたのち、


「わかった……本当は嫌だったけど、話すね」


 エリーは語る。


「3か月くらい前にね、発電所で事故があったの。ニュースになってから、すぐにおじちゃんみたいな人たちがやって来て検査された。何日経ったかはわからないけどね、風邪か何かで体調を崩していたお母さんが連れて行かれちゃった」

「そうかい」マックは頷くと、「連れて行かれちゃったのか」


 連れて行かれて――、


「それっきりだったの。それから、お母さんは帰ってこなくなっちゃった」


 何があったのか。マックは察した。

 資材倉庫にあった焼死体の山がよぎる。マックの右眉がヒクッと動いた。


「お父さんもおねえちゃんも……お母さんが連れて行かれてから、すぐに病院に行ったの。そうしたら、軍人の人がいて……お父さんがお母さんと同じように熱を出して連れて行かれそうになった時、銃を持ったお兄ちゃんがいっぱいやって来て軍人さんたちを皆やっつけた」


 銃を持ったお兄ちゃんたち。シャングリ・ラ市民防衛軍のことだろう。虐殺を知り、何者かが民兵を募ってEFF第66歩兵大隊に反抗した。

 それにより、歓楽街で惨たらしい屍の山が築かれた。

 今、にらみ合っているであろうEFF第66歩兵大隊とシャングリ・ラ市民防衛軍。その動向をジョンたちが調べに行っている。


「それから、ずっと……私は生きるのに精いっぱいだった。軍人さんに捕まらないように気を付けていたの」

「気を付けていたのか」マックはエリーの頭をそっと撫でた。「大変だったな。捕まったら、どうなるんだ? ……嫌じゃなかったら教えてくれ」


 わかりきっている理由を尋ねると、エリーは言った。


「殺されちゃうの……」


 マックは息を吐いた。鼻をすすると、顔をこわばらせる。

 膝の上にある、少女の小さな肩が震えていた。


「お父さん、死んじゃった。お姉ちゃんを助けに行ったけど、ダメだった。目の前で殺された。おじちゃんたちがやっつけた……あの人たち」


 涙ながらにエリーは語る。天涯孤独になってしまったことを。

 工場で横一列に並んでいた捕虜。あの中にエリーの姉がいたらしい。もっと早く着いていればと悔やむ。エリーとその姉の感動的な再会を果たさせたかったなぁと、マックはしみじみ思うのであった。

 コクピットの中は非常に静かだった。

 この静寂の中、マックは考えていた。この悲しい少女に何を与えられるのか。すやすやと眠る赤子を抱き、微笑みかけているエリーに自分ができること。

 意を決するとマックはヘルメットを脱いだ。

 ヘルメットを脱ぐと、それを操縦桿にかける。後ろ首に手を回し、首にかけていたロザリオを取った。


「こいつは大事なもんだけど――君にあげよう。お守りだ」


 EFFに入ってから、眠る時以外は取らなかったお守り。結婚前、自分の奥さんからもらった大事なもの。

 それをエリーの首にかけるのであった。


「これは?」

「俺の大事な奥さんにもらったもんだよ。10年来の友達さ。それを君にやる」


 少女は振り向いた。

 晴れた目が特徴的なエリー。吸い込まれるような黒目をじっと見た後、マックは口の端を緩めた。エリーをそっと抱き寄せると、耳元でささやいた。


「ひとりぼっちになっちまって心細いだろう? だから、君にそいつをやるよ」

「これ――いいの?」

「神様はね。悲しんでいる人たちに施すものなのさ。地球に俺の家族がたくさんいる。ロザリオはまた、俺の奥さん――サリアってんだけど……彼女からまた、もらえばいい。だから、君にやるよ」

「なんで?」


 努めて優しく、マックはエリーに語りかける。


「君は独りぼっちだろう。だから、君には神様についてもらった方がいいと思ってね」

「おじさんは?」

「おじさんにはたくさん家族がいる。俺が祈れない代わりに、神様に祈ってくれる人がいるからいいや」


 不安そうなエリーに、笑顔を見せる。君がそれを持っていていいのだと。

 エリーがうつむきがちになり、しばし間が空く。

 ずっと考えていた。この人から、大事なものをもらってもいいのかと。銀色の十字架を手のひらに乗せて考えあぐねる。

 施しは喜んで受けるべきだと、自分のお父さんが言っていたことを思い出す。

 けれども、本当にもらっていいのか。

 マックたちに拾われるまで、盗みを働いてきた。生きるために仕方なく。人からものを奪って生きてきた。必死だった。そうでもしなければ、生きていけなかった。やってはいけないことをやって、そう、神様に背いて生きてきた。


「わたし、今まで神様に背いて生きてきている……人から、食べ物を盗んで……だから――」


 ロザリオを受け取る訳にはいかなかった。

 重い言葉だった。心臓を掴まれたかのように、胸が重くなる。


「俺もやって来ているよ、エリー……」


 エリーをぎゅっと抱きしめると、


「誰しも罪を抱いて生きている。だから、赦しを求めるんだ。だから、人はみんな神父様の前で懺悔をする。おじちゃんはね、実は神父さんだったりする」


 マックは言った。


「だからさ、俺が君の罪を赦す。君に――そのロザリオを受け取って欲しい」


 赦され、エリーは涙をぬぐう。

 それから、深く頷いた。

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