4‐3 少女とおっさん

 歓楽街は凄惨だったが、市街地の中心部はそうでもなかった。打ち捨てられている死体はあるものの、惨い殺され方をしているものはほとんどない。それでも、死体はあまり見たくはないものである。見慣れていたとしても、だ。

 少しばかり、話す余裕が出てきた。

 マックはずっと気になっていた。膝の上にいる少女が平然としていることに対して。

 赤ん坊をあやしているということもある。しかし、先ほど眼下に流れる街並みをチラチラ気にしている。しばしば死体が目につくが、気にしている様子はない。涼しい顔をしている。

 少女エリーはこの惨状をくぐり抜け、ここに居ることは確かだ。

 どんなことがあったのか? そこはかとなくマックは尋ねようと思った。


「なぁ、チラチラ下を気にしているようだけど――」

「……知り合いがいないかなって」


 マックはエリーと目を合わせる。虚ろな瞳がそこにあった。

 子供は笑顔が一番だとマックは思っている。なのに、エリーは酷い顔をしていた。同じくらいの歳の娘がいる親としては、悲しかった。それと同時に、若干の怒りが。いたいけな少女にこんな顔をさせやがってと。

 エリーの頭をそっと撫でると、マックは微笑んだ。子供は大人の感情に敏感だ。向けられているものが柔和なものだと知ると、少しだけ口角を上げた。

 まだ、緊張が取れていないようだ。

 エリーと心を通わせたい。そう思ったマックは自分のことを語りだした。


「おじちゃんはな――さっき言ったと思うが、スコットランドで生まれたんだ」

「うん、知ってる」


 想像通りの反応に、マックの顔がほころんだ。


「でな、おっちゃんはね――小っちゃい頃にな、魔法使いの学校みたいなところに通っていた」


 魔法学校と聞いて、少しだけエリーは目を輝かせた。


「寄宿舎なんだけどさ」


 厳密に言うと魔法学校ではない。

 キリスト教に関係ある組織が設立したボーディングスクール(寄宿学校)である。マックはそこに通っていた。


「寄宿舎って?」

「みんなで寝泊まりする場所だよ。たっくさんの人がいてな、みんなで讃美歌とかを歌ったりしたものだ」


 エイジの卑猥な冗談にゲラゲラ笑うような男であるが、こう見えて敬虔なキリスト教徒。

 イギリス系インド人だからか、クリスチャンであることを告白すると多くの人に驚かれる。

 そういえば、こんなことがあった。

 小隊でレストランに行った時、マックはロースステーキを頼んだ。ヒンディー教だと思われていたらしく、ジョンとマックが驚いた。そんなお前がそんなものを食っていいのかと。宗教的にまずいんじゃ、無いのかと心配された。

 あまりにもしつこいので、ロザリオを見せたら二人は目を丸くした。悪魔を退けるという銀でできた十字架を。

 二人がポカーンとしている横で、気にすることなくエイジは肉を頬張っていた。満面の笑みで、美味そうに。なんだかわからないが、マックはムカついた。それで肉を一切れ奪ったら、エイジにブチ切れられた。静かなレストランに怒声が響き渡り、エイジは出禁になってしまった。

 そのことを思い出した。


「あの、エイジっていうおじちゃんはな。ご飯を食べている最中に、おかずを取られると無茶苦茶怒る。怒って雷がドーンって鳴ったみたいな声を出すんだ。だからエリー、彼の弁当からつまみ食いをする時は気を付けたまえ」


 少女らしい笑みを浮かべるエリー。

 この会話は外に聞こえている。いじられるのが嫌いなエイジは舌打ちをした。そんなエイジの肩の上にアランは手を置いた。満面の笑みで。ヘルメットのシールドにかかっているスモークが強いから、わからないが。

 それでも仕草でひしひしと伝わってくる。それが余計に腹立たしかった。


「それはさておき、エリーさんよ。おっちゃんには子供が二人いてなぁ、ついでに奥さんもいる」

「エイジおじちゃんは?」


 会話はモニターされている。この神経質な質問に、エイジは固まった。

 マックの答え次第で、地球に帰った時、あることないことをおっかないかみさんに言ってやろうとエイジは考えるのであった。

 エイジがどんな嫌がらせに出るか、マックは何となく悟っている。

 自分の恐い嫁に何か告げ口するだろう、と。


「エイジおじちゃんはな……残念なことに、奥さんはいない」

「じゃあ、彼女は?」

「産まれてこの方、できたことが無いらしいぜ」


 子供はどこまでも残酷だ。エリーはすかさず、「なんで?」とマックに質問をした。

 コマンド・モーフの腕の中で笑いをこらえているアラン。エイジはというと、マックとアランを殴り倒したい衝動に耐え、周囲の警戒に専念する。ムカついてはいたが、怒りをかみ殺す。


「なぁ、エリー。エイジおじちゃんはどうしてモテないんだろ?」

「怖いからだと思う」

「どこが怖い?」


 エリーは言った。顔が怖い、と。

 ショックだった。

 故郷の日本でも、EFFの仲間に女性を紹介してもらったが、うまく行ったためしが無い。修羅場を乗り切ったおかげか、体は傷だらけ。顏にはいくつも残っている。火傷の痕や、裂傷の痕。殺伐とした世界にいるおかげか、目つきがとても悪い。日頃から仁王像のような形相をしているせいか、人に引かれてしまう。

 エイジがいいと思っても、紹介された女性から去ることはよくあった。自分の顔を見て、苦笑いして去って行く。これほど悲しいことはなかった。


「……どいつもこいつも言いやがる。こわい、こわいってね。見てくれだけで判断して、中身を全く見ようとはしない。本当にヤバいやつはよ、天使のような美しい顔をしているもんだ――」


 ごちるエイジ。悲哀、哀愁、そんなものが漂っていた。

 そんなエイジを慰めるためか、おちょくるためか。アランはエイジの肩をバシバシ叩くのであった。


「俺も好きでこうなった訳じゃないってのに、な……元々、こうじゃないんだけどね」


 しょげているエイジ。なんだかマックは悪いような気がした。

 したから、ちょっとフォローに入る。


「エイジおじちゃんは怖いやつだけどね。ものすっごい強いんだ。みんなを守ってくれる人だ。何度もおじちゃんのおかげでさ、俺らは何とか長らえている」

「やっぱり?」

「うん」マックは頷くと、「すごいぞ、エイジおじちゃんはさ。これからどんなことをやって来たのかを話してやるよ」

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