4.シウダー・フアレスへようこそ!

4‐1 テクノカタストロフ

 現在小隊は工業地帯から市街地へと向かっている。

 エイジが鹵獲したコマンド・モーフを操縦しているのはマック。その膝の上にはエリーという少女。少女の腕には赤子が抱かれている。

 地上を滑るように飛んでいるコマンド・モーフの腕の中には、エイジ・アラン・ジョンの3人。子犬のように、カーボンと人工筋肉でできた腕に抱かれていた。もっとも彼らは子犬というより猟犬なのだが。

 小隊は3機のコマンド・モーフを探している。

 火星-木星間に滞在しているであろう艦隊へ偵察結果を報告するのが任務だ。このスペースコロニーから出るため、人型機動兵器の存在が不可欠だった。なぜなら、船舶や脱出ポッドはEFF第66歩兵大隊によって全て破壊されていたから。宇宙を渡るのに、それが必要だった。

 ソースは、エイジが殺したジョンの戦友。彼が持っていた通信端末のログからだ。

 情報はそれだけ。なんの意図があって、こうしたのかは不明である。


「そう言えば、あの傷だらけのおじちゃん。ちょっと怖かった」

「ん? あぁ、まぁ~あいつはヤクザだからな。本人は否定しているみたいだが」

「ふ~ん」


 コクピットの中で、マックとエリーは他愛のない話をしていた。

 少女の警戒を解くため、ヘルメットのシールドを覆っているスモークは解除している。そのため、マックの顔が露わに。


「おじちゃん、インドの人?」

「いんや、スコットランドの人だよ。紳士の国とは名ばかりの蛮人共がよ、ムガル帝国を植民地にしてな。そん時に俺のご先祖様は移民したのよ」


 マックの顔はこんな感じ。

 二重で目が大きく、唇は厚い。眉は太く、鼻はそれなりに高かった。彫りは浅いが、くっきりとした顔立ちをしている。肌は浅黒い。

 このインド系イギリス人に、エリーは少しだけ気を許していた。


「お嬢ちゃんは中国の人かい?」

「香港。でもお父さんがアイルランドの人なの」


 少女エリーは美しい黒髪の少女。

 ちなみに年齢は10歳。マックには同じくらいの歳の娘がいる。


「お~そうかい、そうかい。おいらたちは似た者同士ってことかい?」


 ちょっと嬉しそうな様子のマック。

 エリーは小首を傾げ、「なんで?」と尋ねると嬉々としてマックはこう答えた。


「どっちとも英国の植民地だったところだからな」


 この小話が終わった後、


「何話してる?」


 ウワサをすれば何とやら、エイジから一報入った。


「おっ、心配してくれているのか?」

「あぁ、おおいに心配だ。子供は笑いながらウソをつくからな。それで左腕をブッ飛ばされたんだ」


 エイジの左腕は義肢となっている。

 産まれた時はちゃんとついていたが、3年前の第三次コロニー紛争時に無くなってしまった。体に爆弾を撒いた少年によって。


「そういえば、3年前に無くしたんだよな?」と、ジョン。

「俺の不注意でなぁ」


 3年前の第三次コロニー紛争。


「1年ほどで終わったが、血で血を洗うような酷い戦争だった」

「そうだな、ジョン」


 スペースコロニーは、地球にある国家が所有・管轄している宇宙に浮かぶ植民地。

 先進国と呼ばれる国は必ず所有している。なぜなら、国力を示すステータスとなっているからである。

 主にスペースコロニーを所有している国家は4つ。

 アメリカ・ロシア・中国・インドの4大国である。世界の勢力図は100年前とほとんど変わっていない。代わったことと言えば、インドが先進国となり、日本が後進国になったことくらいだ。


「日本は持ってたっけ?」と、ジョン。

「後進国だから持ってない」

「ほんの100年前まではよ」マックは引き笑いをすると、「先進国ともてはやされていたのに何があった?」


 先進国と呼ばれた日本が後進国に転がり込んでしまった理由。

 エイジは首を上げ、ニコッと笑うとこう言った。


「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の世の夢の如し。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ――だな」


 いつもしゃべっている英語ではなく、日本語で、平家物語の冒頭を口にした。

 不意に語られた日本語に、きょとんとする3人。


「なんだそれは? ヤクザの聖地ヒロシマのサツジン=ジツの呪文か?」


 日本に疎いアランが真顔でこんなことを尋ねた。

 エイジは広島県福山市出身であるが、ヤクザではない。彼の生家は農家。農業の合間に林業をやっているごく普通の家庭。


「そんな訳があるかよ、アホ。広島人を何だと思ってんだ、この野郎……」

「日本人はみんなターミネーターだ。だって、日本人は働くのが好き過ぎてサイボーグ化している奴が多いと聞くぞ。それにお前だって、一部、義体化しているだろ?」

「いねーよ、バカ。好きでこんな体になった訳じゃねェ」


 アランとエイジのやり取りを聞いてニヤついているマック。

 ジョンはというと、真剣な顔をして考え込んでいた。エイジが日本語で言った、平家物語の冒頭を。どういった意味合いで、その言葉を口にしたのか。どうして、自分たちがわからない日本語を使ったのか。

 不死身の舩坂、そう言われている男の中身が知りたい。英雄に憧れている男は考えあぐね、答えを出す。


「それは――何か、詩か物語の序文か?」


 アランとバカ話をしていた時、こんな質問がジョンから飛び出た。


「あぁ、平家物語という話の冒頭だ」


 ジョンは小さく頷いた後、神妙な顔をした。日本の古典は少し知っている。翻訳されたものをいくつか電子書籍で読んでいる。

 その中に平家物語はあった。

 だから、エイジの謎かけにジョンなりに答えを出すことができた。


「それは“栄枯盛衰”ってやつか? 栄華を極めたら、いつかは滅ぶというやつか」

「まぁ、そうだな」


 それから秀人は語る。

 どうして、日本が衰退した理由を平家物語の冒頭で答えたのか。


「何にしろ――大きな帝国は滅んできている。ローマとかモンゴル帝国とかな。国は存在しているが、それと同じことが起こっただけだよ。盛者必衰さ。ほら、マックがさっき言ったテクノカタストロフというやつに似ている、アレだ。日本という社会のシステムに欠陥があって、直さないといけないのに直さなかった。あるいはうまく直せなかった。そのせいで、落ちぶれていっただけさ」


 語り終え、エイジは遠い目をした。

 平家物語自体、彼はあまり知らない。しかし、冒頭は学校で習ってずっと覚えている。他の物語とは違い、独特な始まり方をするからだ。

 無学だと思っていたが、意外と教養はあった。

 感心する3人は黙していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます