1.デットスペース

1-1 覚醒

「……なんだあの夢は?」


 覚えていない夢から覚める軍人。

 自分の名前と所属を思い出すと、長い息を吐く。それは紫煙を吐く所作によく似ていた。


「まぁいいさ。あぁ、ここは――コクピットか」


 自分が舩坂栄士(ふなさかえいじ)と言う名で、EFF(Earth Federation Forces) ――地球連邦軍所属する少尉だということを思い出す。それから、自分が人型機動兵器コマンド・モーフのコクピットの中にいることを認識した。

 エイジの顔を走る無数の傷、それがスクリーンのおぼろげな光に照らされている。


「くそねみぃ……う~ぁ~気持ち悪い」


 この伊達男は何度もまばたきをして、少しずつ男は夢の中から現実へと這い上がる。


「はぁ~木星軌道上に着いたらしいな。OSを起動せにゃ」


 完全に目が覚め、今いる場所がどこなのかを認識すると表情を険しくしてコンソールを叩く。搭乗している特殊部隊仕様のコマンド・モーフに起きろと命令すると、OS(オペレーティングシステム)が立ち上がった。

 モノアイに赤い光が灯る。

 巨星のしじまの空に浮かぶは、黒鉄の鎧を全身に纏っている全高8メートル、全幅2.8メートルの一つ目の鉄巨人。

 制式名称『CMV‐5』、通称『ガルーダ』。

 主武装は、25㎜口径荷電粒子銃(ビームライフル)。サブウェポンは8㎜機関砲とマイクロミサイル8門、8㎜口径高出力レーザーソード。

 これらが問題なく作動する事を知ると、背についているメインブースター2機と機体各所についている姿勢制御のための8つのブースターがせわしなく動いた。1ヶ月の長旅で固まった体をほぐすための準備運動である。

 機体のチェックが終わるとOSが立ち上がり、視界が開けた。

 まず目に入ったのは、ホルストが組曲の一つにしたためた木星。その側に浮かぶは、人間の叡智を集約して作られた灰色の円塔。

 それが、横に、倒れていた。

 この円塔はスペースコロニー616、通称『シャングリ・ラ』。

 のべ100万人を収めているスペースコロニー。3枚の巨大な放熱翼がついており、それがゆっくりと回転している。

 エイジはまじまじとこれを見た。

 しばらくし、何かを思いついたらしい。子供のように口の端を上げ、のけぞった。そして、軍人らしからぬ卑猥な言葉で目の前にあるスペースコロニーをこう形容した。


「まるで、こいつは――でっけぇバイブだな。羽をもいだらまさしくそれだ」


 肩をがたがたふるわせて、汚い口からこみあげてくるのは卑しい笑い。

 この伊達男の笑い声を聞いた戦友は言った。


「よぉ、エイジ。開口一番、それか。なかなかいいセンスしてんのな。パンチがほどよく効いてるぜ」


 エイジの独り言を拾ったのはマック・テイラー。頼れる戦友である。

 階級は中尉。身長171センチ、色黒で顏がかなり濃い男だ。ちなみに髪型はポニーテール。今はガチガチの強化外骨格を身に纏っているので、わかめみたいな馬の尾はヘルメットによって隠されている。


「ありがとよ、マック。いいジョークだろう?」

「なかなかいいセンスだ」マックは引き笑いをすると真顔になった。「家に帰った時、かみさんに使ってるやつに見えてきた……」


 エイジは片方の口角を上げ、並びのいいヤニで黄ばんだ歯を晒す。

 鼻をすするとエイジはレーダーを起動し、残る二人の仲間の位置を割り出す。二人はすぐに見つかった。


「なぁ、アラン。あれ――バイブに見えねぇか?」


 エイジが呼びかけたのは、アラン・デイヴィス中尉。

 173センチのガタイのいい男。髪は短く、顎にひげを蓄えているアフリカ系アメリカ人。ちなみに、地球と火星の間を飛んでいるコロニー323『シェルビーチ』出身のボンボンだ。

 大人の玩具に見えないかと尋ねられ、アランはため息をついた。


「エイジ、そのコマンド・モーフの肩についてるEFFの文字が泣いてる。やめろ。今すぐやめねぇとその汚い顔面に一発拳を見舞ってやるぞ」


 彼は何かにつけて卑猥なことを言うエイジの口が嫌いだ。

 ごついヘルメットの下、アランはものすごい嫌な顔をしている。端正な顔立ちがエイジの下ネタで台無しだ。

 そんなことなど知らない男の口の端は緩んでいた。


「そいつはたまったもんじゃねぇな、つぐむよ」エイジは引き笑いをすると、「また言ってくれ、口が汚くなったらさぁ」

「黙っていても汚いだろ? そこらへんは諦めてる。帰ったら一発ぶん殴らせろよ」

「はっはっはっは……違いねぇや」エイジは笑った後、真顔になった。「……殴るのは痛いからよしてくれ」

「考えとくぜ、おしゃべりクソ野郎」


 エイジとアランは笑い合う。

 これから待ち受けているであろう困難に備え、緊張をほぐす必要があった。

 なぜなら――敵はすぐそこだ。

 エイジが形容した虚空に浮かぶ大人のおもちゃから、わらわらと羽虫が出来ている。

 小隊はこれを倒す必要があった。

 そのためにここへやって来た訳ではないのだが、やむなく。


「下ネタはそれくらいにして、戦うぞ。お前ら、準備はできているか?」


 3度ほど結婚を繰り返しており、現在の嫁は絶賛浮気中。女に泣かされまくりの小隊長、ジョン・ウィラード大尉の声。

 182センチ、80キロのマッチョからの命令を受け、各機戦闘態勢に入る。

 コンソールを乱暴に叩くと、3人は戦闘モードに移行。


「もちろんですとも、小隊長殿」エイジは言った。「いつでも行けるぜ。みんなガバマンにしてやれますよ」

「俺も行けます」マックは言った。「なんなりと……」

「こちらも行けます、ウィラード大尉」アランはため息をつくと、「その前にエイジのクソ野郎をぶちのめしてもいいですか? さっきから下ネタが酷過ぎる」


 ジョンは引き笑いをすると、いきり立つアランを諭す。


「やってもいいが、あとでな。帰った時なら、許可する」


 諭すと言うのには語弊があった。

 これは黙らせると言った方が正しいか。


「隊長~それはよしてくれ。アランのパンチ、スッゲェいてぇんだから。こないだ、こいつのせいで、奥歯がどっかに行った。おそらくあんたの嫁さんのところに行って、一晩中ヤリまくってる。それでいいなら殴られてもいいぞ」


 ジョンの痛い所を突く、エイジ。

 そのジョンはというと、無表情でこんな命令を小隊に下す。 


「EFF第601分隊――もとい、シヴァリーダーより各機へ。おいでなすったコロニーの防衛網、無人機群を突破しろ。それから、地球に帰った後、ディヴィス少尉が舩坂少尉にブチかますのを許可する。俺の分も殴ってくれ」

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