【63滴】ミス・ドーナッツ

 祭壇に戻ったディンドは二丁のハンガンをトメに手渡した。


「相変わらずいい仕事をしやがる。ただ、ちっとばかしグリップが太い、トリガーが固いな」

「はいよ。修正したらまた持ってくるよ」


 トメは受け取った弾切れの二丁のハンガンをバスケットに仕舞うと杖を支えに立ち上がった。


「早速帰ってこの子をスリムにしてやらんと」


 そう言うと緩慢とした足取りで祭壇を降りた。


「外までお送りします」


 少し遅れて祭壇を降りトメと並ぶ莉奈と凪。

 一方、ディンドは祭壇に上り台の前で新しいタバコに火を付けていた。


「一体何者なんですか?」


 優也はディンドの人間ではない何かとの戦いを目の当たりにして浮かんできた疑問を素直に投げかけた。


「俺は神父だよ。ただのイケてるな」


 それは望んだ答えでは無かったが、敢えてそう返したんだとそれ以上問いただすことはしなかった。


「おぉ。そうだ」


 するとディンドは煙を吐き出しながら思い出したように言葉を口にした。


「頼みごとがあるんだが頼まれてくれるか?」

「なんですか?」

「榊原を覚えてるか?」


 その名前に優也の脳裏で引き出された記憶。


「この前ここで会ったINCの方ですよね?」

「あぁそうだ」


 返事をしながらディンドは台の近くに置いた紙袋を手に取り優也に差し出した。


「アイツにコレを届けてくれ」

「えっ!? INC本部に行くんですか?」


 思い掛けない事に一驚に喫する優也だったが、同時に心内が声だけでなく眉間にも皺となって表れていた。


「大丈夫だから安心しろ。それに吸血鬼の見た目は人間と大差ないからな」

「いや、でも……」

「それに俺はここを片付けないといけないんでな」


 その言葉と共に先程の戦闘で荒れた教会内を煙草で指すディンド。


「本当は俺が行きたいんだけどな。あそこの受付のお姉ちゃんが可愛いだよ」


 口元を緩めながらも彼は残念そうな表情で煙草を吸う。


「だが今回は頼む」

「――分かりました」


 まだ納得した訳では無かったが、最終的に渋々で引き受けた。


「悪いな。連絡はいれておく」


 そして教会を出た優也は紙袋をぶら下げあのビルの前に立っていた。

 今の彼は、警察署を尋ねる犯罪者、犯罪グループに潜入する潜入捜査官、標的に潜入する詐欺師。そんな気分だった。緊張、不安――抱えていて良いとは言えない感情が胸中で渦巻く。

 それらを宥める様に優也は目を瞑ると、息を大きく吸って吸って――ゆっくり吐いた。

 そして腹を括ると一歩目を踏み出しそのまま自動ドアを通りロビーへ。人生で二度目となるINC本部へ足を踏み入れた。

 だがロビー内は前回来たときとは少し違っていた。入り口付近にはロビー全体を監視する警備員、金属探知のようなゲートとその前には手荷物検査、あちらこちらに設置された監視カメラ。

 それらを一見すると、溢れ出す冷気のように程よく緊張した胸と共に受付へと向かった。


「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えーっと、榊原さんに届け物がありまして」

「お名前を確認してもよろしいでしょうか」

「六条優也です」


 受付嬢はリスト確認すると、最終確認として本人に電話を掛けた。


「確認が取れましたのでこちらをご記入ください」


 渡されたタブレットを受け取るとそこに表示された来客名簿にサインをする。


「それではあちらで手荷物検査を受けてゲートの前でお待ち下さい。すぐに榊原の秘書が降りてきますので。それとお手数をおかけしますが建物内ではこちらをお着け下さい。出る際にご返却の方よろしくお願いいたします」

「分かりました」


 手渡されたバングル型の『IDB』と刻印された機械を着けると言われたとおり手荷物検査を受けてゲートの前で秘書を待つ。

 そしてロビーに到着したエレベーターからは眼鏡を掛けて金髪を後ろでまとめ、スカートスーツを着た女性がタブレットを持って現れた。裾出しのストライプシャツに丈短のスリットスカートは優也のイメージしていた秘書と少し違っていた。


「あんたがエロジ……んん。ディンド神父の代わりに来た人ね」

「はい」


 二~三秒優也を凝視した秘書は急に手を伸ばしてきた。


「何かついてるわよ」


 優也の首元まで手を伸ばした彼女が指で摘まんだのは天道虫。

 だがその天道虫の目はなぜか点滅していた。まるで何かを発信しているように。


「取れた。それじゃ行きましょうか」


 それをポケットに入れゲートを通る秘書の手首にもIDBと刻印された機械は着いていた。

 そして優也も彼女の後に続きゲートを通るとエレベーターで最上階へ。

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