【61滴】ユウヤ

 いつものベッドの上で目を覚ましたノアは同時に飛び起きた。辺りを見回した後、右腕に視線をやると輸血パックから管が伸びている。次に反対側へ視線を移すが、切られた左腕は繋がっているものの体の横に置いてあるだけで感覚はなかった。


「起きたのね」


 そしてその声で更に視線を移動させると、そこにはベッドの傍に座るマーリンとその横に立つアモの姿があった。


「アイツはどうした!?」


 マーリンを見るや否や焦った声を出すノア。


「アイツって誰のことよ?」

「ユウだよ! いや、中はユウじゃねーけど」

「少年がまたあの状態になったの?」

「玉藻前の奴らと一緒に戦った時と同じだ」


 その言葉にマーリンは視線をアモに移す。


「私は優也様に呼ばれてあの部屋に行きましたが、着いた時には誰もいませんでした」

「探しにいかねーと」


 そう言いながらノアは腕から輸血を剥がそうとした。


「ちょっと待ちなさい」


 だがそれをマーリンが腕を掴んで止める。


「駄目に決まってるでしょ。せめてコレが終わるまでダメよ」


 指差されたのはまだ半分も残る輸血。


「いえ、傷が治るまでダメよ」

「わりぃがいかせてもらうぜ」

「アモ!」


 その声を合図にアモはノアの首筋に注射の針を刺した。すぐに押子に乗せた親指に力を入れ中の液体を注入する。

 そしてノアはあっという間に眠りついた。


「アンタが唯一の家族を失いたくないようにアタシもアンタを失いたくないのよ」


 そう語りかけるとマーリンはアモへと視線を移した。


「少年を探すわよ」

「はい」


 アモは部屋を出て行き、マーリンはスマホを取り出した。画面を何度かタッチし耳に当てると耳元で鳴るコール。

 そしてそのコールに反応し振動するユウヤのポケット。星が煌めく夜空の下で街中を流れる川を橋の上から眺めていたユウヤはその振動に呼ばれポケットに手を突っ込む。そして緑と赤のボタンが並ぶ画面を目の前へと持ってきた。


「なんだ?」


 表情は変えずスマホを持つ手とは別の手の人差し指で緑色のボタンに触れる。

 すると微かに声が聞こえ、導かれるように受話口を耳へ。


「少年? もしもーし?」

「……」

「その様子じゃまだ少年じゃないようね。一体どういうわけか分からないけど、これ以上アタシ達の邪魔をするならこっちもよう――」


 だがユウヤは答える事も最後まで聞くことすらせず、スマホを耳から離すと川へ放り投げてしまった。


「なんでコイツはこんなめんどくせーもんに縛られてんだ?」


 そう愚痴るように零し橋の上を去って行った。

 一方、話している最中にプツリと通話を切られたマーリン。


「何よ! 人の話は最後まで聞きなさいよね! ムカつくわね」


 もう通話の切れたスマホに向かって一人苛立ちをぶつけていた。



 静かな線路をフェンス越しに伸びる道。そのポツリポツリとしか街灯のない暗い道を歩いていたのはユウヤ。

 すると、歩みを進めるユウヤの前に二人の男が突然飛び出しては現れた。一人は痩せ型でタンクトップにパーカー、手にポケットナイフを持ち鼻ピアスをしている。もう一人は長袖のワイシャツにくしゃくしゃになった千円札を握り締めていた。

 二人は焦った表情をしておりどこか恐怖に怯えている様子。


「おい! さっさと金目の物出せ!」


 焦った声で怒鳴るがユウヤは両手をポケットに入れたまま何も言わずただただ男を見ていた。


「早くしろ! こっちは時間がねーんだ」


 急かしながらポケットナイフをユウヤに近づける――が、数秒後ポケットナイフの男は地面に倒れお札の男はユウヤに首を掴まれ宙に持ち上げられていた。その顔はさっきと理由は違うが同じように怯えている。


「ひっ! や、やめてくれ」


 そんな声に紛れるように近づいて来た足音は通り過ぎる事なく立ち止まった。それに気が付き視線を男から足音の方へ移動させるユウヤ。

 そこには街灯のスポットライトに照らされた物静かそうだが強面な男が立っていた。お札の男も顔を動かしユウヤと同じ方向に目を向けると震えた声で一言。


「さ、鮫嶋!」


 肩幅が広くプルオーバーを着たその男は眼鏡越しにお札の男へ睨むような鋭い視線を向けていた。


「吉沢さん。今日、支払日なんだけど?」

「誰だお前?」


 その静かな声には吉沢と呼ばれたお札の男――ではなくユウヤが返事を返す。

 だが鮫島と呼ばれた男はユウヤを無視。


「ま、待ってくれ。明日! 明日には全額返すから」

「もうこれ以上追加融資はできねーよ」


 するとユウヤは吉沢の首を掴んだまま足元に落ちていたポケットナイフを拾うと鮫島へ躊躇なく投げつけた。

 だが鮫島は表情を一切変える事なく顔を傾けるだけでナイフを躱した。


「お前誰だ?」

「てめぇこそ誰だよ」


 目つきが悪いのか睨んでいるのか分からないような双眸は狙いを定めるようにユウヤへと真っすぐ向けられていた。

 そして二人の間に流れ出す異様な沈黙。

 するとその沈黙を破るようにユウヤが軽い笑みを見せ鮫嶋の足元へ掴んでいた吉沢を投げた。そして視線を逸らさない鮫嶋に背を向け歩き出す。


「人間にも面白い奴がいるもんだ」


 そう呟く口角は微かに上がり笑みを見せていた。

 そして鮫嶋と呼ばれる男と出会った場所から向かったのは半壊したビルの最上階。そこから彼は街の光を眺めていた。


「まだ時間が足りない、か」


 すると後方上空に現れた複数の影。


「おい、あれって噂の吸血鬼じゃないか?」

「そうだよそうだよ。絶対そうだよ」

「あいつの心臓を大嶽様に持っていけば一族の名が上がるぞ」


 それは海老のような体と蟹のようになハサミ、鳥を思わせる口ばしをもった網切。その数十匹の網切が空中からユウヤを見下ろしていたのだ。


「ワイが一番乗りじゃ!」


 すると抜け駆けをした一匹の網切が声を上げながらユウヤへと突っ込む。


【同時刻、仕事から帰宅したサラリーマンが沸かしていたお湯をカップ麺へと注いだ】


 抜け駆けした網切はユウヤの背中に迫りハサミを伸ばす。

 だが、ハサミが切ったのはユウヤが腰を下ろしていた瓦礫。目の前から消えたことに疑問符を浮かべる網切だったが、その頭上にユウヤの姿はあった。

 そして身を回し落雷の如く足を振り落とす。蹴り落とした場所から塵煙が立ち昇りその傍にユウヤは着地するが空では既に残りの網切が取り囲んでいた。

 それから次々と襲い掛かる網切。猛攻を躱し最後の一匹からハサミを引き千切るとそのままその網切へと突き刺した。

 しかしその隙を突き横から襲い掛かる別のハサミ。だがそれをユウヤは目視すらせずに躱した。そしてハサミがユウヤの代わりに切った鉄筋を手に取ると、その網切を殴り床へと落とし踏み潰して止めを刺す。

 それから握っていた鉄筋を投げて空中の網切に突き刺し、捕まえた網切を身代わりに別の網切のハサミから身を守るなど、ユウヤは縦横無尽に戦っては一匹また一匹とその数を確実に減らしていった。

 そしてユウヤが再び二つに切られた瓦礫に腰掛ける頃、辺りは血と網切の残骸で埋め尽くされていた。


【同時刻、サラリーマンはカップ麺の蓋を開けて割り箸を裂き遅め夕食を食べ始めていた】


 廃ビルの最上階で起きた戦いというにはあまりに一方的なその光景を眺めていたのは空に悠々と浮かぶ月だけだった。

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