【19滴】対御伽のエキスパート

 その日の夜、優也はINC対策機関という組織について調べていた。

 だが、どれだけ調べてもHPどころかINCという単語すら出てこない。調べ疲れた優也は深い溜息をつきながら両手を頭の後ろで組み、背凭れに身を任せた。


「本当にINCなんて組織存在するのかなぁ」


 その単語はネットという広大な情報の海をもってしても掠りもしない。そんなものが本当に存在するのか? 優也の中でそう疑念が生まれるのはごく自然な流れだった。だが逆にここまで何も出てこないと怪しささえも感じる。

 そんなことを考えていると脳裏では見せられたあのグラフのことを思い出した。


「八十年より前は吸血鬼に襲われた人がいたらしいけど、全部を隠すことって出来ないよね。記事になってるかも」


 再びキーボードに手を乗せ、八十年以前の奇怪・猟奇的事件について調べ始めた。

 すると、八十七年前の『食人!? 人を食べる猟奇殺人者の仕業か?』という記事と九十年前の『殺害後に血を飲んだ!? 犯人は吸血鬼!?』などという奇妙な記事が見つかった。

 八十七年前の記事によると、被害者は体の一部を食い千切られていたという。それだけではなく遺体の見つかった被害者宅のキッチンでは何かを料理した痕跡があり調べによると被害者の体の一部を使用して料理をしていたことが判明した。検視によると遺体の食い千切られた跡は人間の歯型とほぼ一致したという。抵抗の痕跡が見つからなかったことから、犯人は顔見知りで犯行後に被害者を食べた猟奇殺人者であると推測され、食べる目的で犯行を行ったのかなどかは現在調査中とのこと。しかし結局、犯人は見つからないどころか足取りさえつかめず時効となってしまったらしい。

 もう一つは、九十年前の記事。この記事によると、ある一家全員が殺されているのを近所の通報で来た警察官が発見したという。だが奇妙なことにどの遺体にも血が残っていなかった。遺体近くの床に血が広がっているのが発見されたが通常の人間の血液量と比べると明らかに少なかったという。警察は必死に調査したものの結局犯人逮捕には至らなかった。


「この事件の犯人が本物の吸血鬼って可能性もあるってことだよね。うっ……」


 あまりに猟奇的な内容だった所為で、あまり耐性のない優也にとってはキツイものがあり少し気分が悪くなってしまった。


「もう止めよう。それに、こんなことしてなんになるっていうんだよ」


 こんなことをしたところでノアが消えたという現状は変わらない。そう自分に言い聞かせるように呟くとサイトを閉じた。




 ――とある廃ビル


 古代文字のようなものが描かれた二枚のお札を指に挟んだ手は手裏剣を飛ばすようにそれを投げた。お札は相手の足元目掛け真っすぐ飛んで行くが焦ることなく退き躱された為、地面に張り付いた直後の爆発は無駄に終わてしまった。


「はぁー、そろそろ終わりにしねーか?」


 お札を躱したノアは面倒だという感情を露骨に表情に出した。


「なら逃げればいいだろう」


 ノアの言葉に返事をしたのは抑揚のない声。それは正面に立つ黒一色の狩衣に黒いコート、真っ黒な手袋をした三白眼の目つきが悪い青年の発した声だった。青年が着ていたのは昔ながらの狩衣だったがダボダボ感はなくより動きやすい作りになっていた。そして彼の右手首には先ほどのお札に描かれていたのと似ている文字が一玉につき一文字ずつ入った数珠。

 するとノアは青年の言葉に呆れながら壁が無くなり開放的になった床と空中の境界線まで行くと、軽く握った拳で空中をノック。そこには何もないはずだが目には見えない壁に当たりノック音が響いた。


「お前性格悪いだろ? 何やっても壊れねーし」

「なら俺を殺せばいいだろ」

「じゃー、ちょこまか逃げねーで戦え!」


 依然として無感情なのかただ感情を表に出さないだけなのか感情の揺れが見られない青年に対しノアは苛立ちを見せていた。その所為で声も大きく、強くなっていく。


「分からんな」

「あ?」

「なぜ本気を出さん?」

「別に手ー抜いてねーよ」


 何か言葉を返すわけでもなく青年は鷹の如く鋭い視線を向け続ける。その鋭い視線を向けられながらもノアは両手をジャケットのポケットへ入れていた。

 二人の間に流れていたのは些細な刺激でも引火してしまいそうな程、緊張感のある沈黙。だがそんな張り詰めた空気を解すように青年は少し長めの瞬きをし視線から棘を抜いた。


「まぁそんなのどうでもいい。本気を出そうと出さまいとどちらにせよ俺には勝てないのだからな」

「えらい自信満々じゃねーか」

「当たり前だ。俺は自分の能力・技量を理解し自信を持っているからこそ、相手との差を見極められそれ相応の戦い方ができる。だからこれまで生き残れてきた。それにそれ相応の訓練はしている。戦場で最後に頼りになるのは自分自身だからな」

「お前は気に食わねーがそれには同感だ」


 ノアは分かってるなと笑みを浮かべる。


「そんじゃ、僕ちゃんの長くなったその鼻をへし折ってやるとするか」


 その言葉は二人を戦闘体勢へと導いた。今にもどちらかが動き出しそうな雰囲気が辺りを漂う。

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