Chrono T######

 最初の4月1日、便宜上「1周目」と呼ぶことにするが、それは24時間あった。時が巻き戻り、クァチル・ウタウスが初めて現れた4月1日、これを便宜上「2周目」としよう、このとき午前6時から午後6時までの時間が

 そして現在いるのは三周目の「後半」。午前3時から午後9時までの時間が消えた。もし、これから先同じ調子で時間が半減し続けるとすると、俺の主観が覚知する世界はどうなる?

 4周目は3時間。5周目は1時間半。どう足して行っても、4周目から先の時間は合計で6時間に達しない。いまいる三周目後半は3時間残っていないから、合わせても9時間と弱だ。


 これはパラドクスだ。飛ぶ矢のパラドクス。エレアのゼノンと呼ばれる古代ギリシャの哲学者が考案したとされる、無限分割の不可能証明。


 地点αから地点βに向けて矢を放ったとき、まず矢はαからβまでの半分の距離を進む。そして残りの距離の半分を進む。どこまで繰り返しても矢は半分の距離を消化し続けるが、距離が無限に分割可能なものであると仮定すると、矢は永遠に距離の分割を繰り返すだけで、永遠に地点βに到達することはない。

 だが同時に、当たり前のことだが運動の存在を仮定すれば、地点βへの到達は非常に簡単な速度と距離に関する式で算出することができる。


 俺が置かれているこの状況も、似たようなものではなかろうか。つまり、4月2日がやってくる条件というのは、本来簡単だ。4月1日の時刻が24:00に達すればよい。だが、実際には俺は、無限に分割される4月1日の中で永遠にその意識を細切れにされ続けることになるのであり、永遠に4月2日に到達することはできない。


「……と、思うのだが、どうだろうか」


 と、俺はまた呼びだしたクァチル・ウタウスに訊いてみた。やつは憮然とした様子で答えた。


(知らぬ。……少なくとも余の力では汝が置かれているような状況を作り出すことは出来ぬし、ヨグ=ソートスの力の顕現が何を引き起こし得るかは、口惜しいが余の計り知れるはんあらず。同じく時間の神なれど、司る力があまりにも違い過ぎるのだ)


「あんたは何ができるんだ」


(時の垣根を越える事ができる。この閉じた時の中にも、入ってくることはできるし、出ることもできる。……だが汝を解き放つことはできぬぞ。無理な期待をしてくれるなよ)


「それより、説明してくれ。俺が4月1日に閉じ込められているだけで、世界はちゃんと4月2日以降も続いていくのか」


(当たり前であろう。いかな副王ヨグ=ソートスと言えども、この宇宙そのものを時の輪の中に閉じ込めることは出来ぬ。それは既に神の業でさえもない)


「能書きはいい。その世界で、俺と白亜はどうなっている?」


(汝は4月2日以降の世界には居らぬ。例のアルビノの娘は……)


 暗寥あんりょうたる思いで、俺は話を聞いた。


(汝が行方不明になった後、子を孕んでいたことが発覚し、その後世間的には失踪するが……隠れて子を産む)


「その父親が、ヨグ=ソートスだというのか」


(そうだ。興味がないからやりはせんが、処女懐胎くらいの芸なら余にもできるぞ。だいたい人の子のわざでも不可能ではなかろう)


 そりゃそうかもしれないが、冗談ではなかった。


「なぜ、俺と白亜なんだ」


(さてな。余が選んだのではないからな)


「あんたは過去を変えられるのか?」


(その質問に答えるのは困難だ。ある意味では変えられる。少なくとも余自身はそのように認識している。だが、汝の都合のいいように歴史を改変するなどということは、できん。仮にできてもやらんがな)


「未来なら?」


(汝にとっての未来という意味なら、変化する。余にとっては、それが最初からの因果であるというだけのことだが)


「そうか」


 そこで言葉を切ると、胎児の姿をした妖神はまた、クツクツとわらった。


(いよいよから出ることを諦める気になったら、言伝ことづてくらいはしてやるぞ。この忘れられしクァチル・ウタウスが、天使か賢者の真似とは笑い話にもならんがな)


 神というのはしみじみとろくでもない奴らばかりのようだ。俺はそう思う。

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