クロノステッチ・オーケストリオン

偽教授

玄野達樹 - Kurono Tatsuki -

 高速道路ハイウェイの上で、何台もの車が燃えた。大型車両を含む多重玉突き事故。後で知ったことだが、最初に運転をしくじった人間は潰れた車体に挟まれてぐっちゃぐっちゃになって死んだから、恨み言を言う先もない。


 俺の家族、妻と娘は燃える車の中から誰もついに助け出すことができなかった。妻と娘より他に、俺の肉親は既にいなかった。


 俺はかろうじて命があるうちに救助隊が切断した車体から引きずり出された。そのあと、すいぶんと長い間面会謝絶の集中治療室から出ることもできなかった。まあ、面会謝絶と言ったって、両親も既にない、妻と娘は炎の中に消えた、誰が来るという話もない。


 俺は動く両足と視える両目と、その他いろいろなものを失ったが、ついに命は取り留めた。生命保険やら何やら、随分とまとまった金が入ったが、元の職場に復帰できるわけもなし、これからの人生何をどうして残り過ごしたものか。


 と、思っていた頃に、面会謝絶の札が下ろされ、一人の少女が俺の下にやってきた。彼女は、下里しもさと白亜はくあ、と名乗った。


 彼女は俺と並ぶたった二人だけの、あの凄惨な事故の生存者の一人だった。彼女も俺と同じく、行き先を失っていた。


 彼女も俺も被害者である。自然、いくつか、交わしたい言葉はあった。聞けば、彼女は中学生だという。不憫なことだ。ちなみに俺の娘、三つだった、それとはまるで違う。俺と白亜とはちょうど、十二歳違いだった。


 彼女は伯父夫婦の家に引き取られていたのだが、あまり折り合いがよくなかった。もう中学生なのだから養親と折り合いがよくないからといってそれで何がどうなるというわけでもないが、学校の友達というようなものもいなかったのか、なんだか頻繁に俺のところにやってきては、よしなしごとの世話を焼いた。


 白亜は、アルビノの少女である。俺の視えぬ目では分からぬことであるが、車椅子を押してもらって一緒に出歩くこともあるのだから、流石に知らないという道理はない。その後二人の間にどういうことがあったか、間は端折る。一つだけ断っておくと、この身体だからというだけの問題ではなくて、手は出していない。とにかく。


「十六歳になったら、うちに来ないか」


 と俺は言った。白亜がどんな顔をしたかは分からないが、息を呑んだ気配は分かった。


「俺の妻として」


「……同情で言ってるの? それとも」


「同情だけで背負い込めるほど、家族っていうのは軽いものじゃない。俺はそれを知っている。分かるだろう」


 嘘ではない。俺は白亜のことが好きだった。白亜も俺のことが好きだというのは、とっくに知っていた。しばしの間をおいて、うん、と白亜は答えた。


「わたし、玄野くろのさん……ううん。達樹たつきのところへ、行くね」


 そういうことに、なった。


 白亜を迎えることになる、俺の暮らしている家は明治時代の終わり頃に建てられた小さな洋館だ。俺の曾祖父が建てた。曾祖父の末裔で生きているのは俺だけだから、いまは俺が一人で暮らしている。ほとんど文化財レベルの建物なのだが、いちおうは俺の私物である。町では観光名所扱いなのが実情だが。


 生前、妻はよく、この家にオーケストリオンを飾りたい、と言っていた。きっと似合う、と。オーケストリオン。20世紀初頭に咲いた仇花あだばな。登場からわずか二、三十年後には蓄音機の登場によって衰退し、技術体系ごと忘れ去られた幻の自動演奏機械群の一つ。その中でも最高級に位置付けられるもの。


 白亜との婚約を機にというわけではないが、たまたまオークションに出物があった。稀少な骨董品アンティークだから金を積めばそれで入手できるというわけではない。


 出品元はアメリカのマサチューセッツ州。ダンウィッチという町の、古い屋敷に遺されていたものだ。その家の主が失踪し、失踪後死亡扱いの期限が切れたので、遺品として処分されることになり、高価なもの数点はオークションに出されることになった。絵画などもあったそうだがそちらに興味はない。俺の狙いは一点、屋敷のあるじの寝室に飾られていたというオーケストリオンであった。


 一応、妻のことも含めて、白亜に話は通す。別に反対はされない。背景の事情も話してはおく。白亜がどんな顔でその話を聞いているのかは俺には分からない。


 これを逃したら次の機会は何年後になるかも分からないわけで、ちょいとばかり深く競り合ってしまったから落札額は相場より少々予定をオーバーしてしまったが、運搬設置保険その他にかかる費用に比べれば誤差レベルに過ぎない。何しろアメリカから日本まで運ばなければならないのである。


 手に入ったオーケストリオンはいちおう、全ての動作の起点となるモーターの回転力だけは電気で産み出す構造なのだが、もちろん一世紀も前の骨董品が、現代の日本の家庭用コンセントに繋がるようになどなっているはずもない。迎え入れる我が家の方でも設置場所の改築からやらなければならなかった。


 何しろ簡単に運べるような代物でもないので時間もかかる。到着し、俺の家に据え付けることのできる日は、白亜の十六歳の誕生日のその二日前であった。


 到着し、セッティングを終えたオーケストリオンを、独りになった時間、もう夜更けであったがその時間に一人で鳴らしてみる。音色は素晴らしかった。やがて、演奏が終わると同時に、柱時計から二十四時の鐘が鳴る。曾祖父がこの屋敷を建てた当初からここに置かれていたという由緒ある時計であるが、どこぞの童謡のように百年で力尽きることもなく今も時を奏で続けている。


 ちなみに白亜の誕生日は4月2日。3月31日に据え付けが終わって、4月1日はなんということもなく過ごした。白亜は、墓参りに行っていた。墓所と、事故現場と。あえて携帯電話の類は置いていくというから、そっとしておいている。


 その4月1日が終わる。日付の代わり際に、俺はオーケストリオンを聴いていた。その音が、ふと、消える。同時に24時の鐘が鳴り始める。


 どうしたのだろう、オーケストリオンは。故障にしてもおかしかった。構造上、突然音が止まったりはしないはずなのだ。デジタルプレイヤーとは違うのだから。良し悪しの問題ではなくて一度動き始めたら簡単には止まらない。


 驚いて、俺は目を見開いた。そして、さらに驚いた。


 俺の目は、光を取り戻していた。


 俺は全盲者とはいえ後天全盲だから光のある状態に違和感があるということはない。手元にある携帯電話を見た。盲人用にカスタマイズされているものとはいえウィンドウが存在しないわけではない。それを食い入るように見つめる。


 日付と時刻。そこに目が釘付けになる。確かに、「4月1日 午前0:06」と表示されていた。

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