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 全国のテレビやラジオなどが電波ジャックされたのは、それから二十分後の出来事である。


「あ、あ、マイクのテスト中」


 テレビ画面にぼさぼさ頭に白衣を来たどう見ても不審そうな男が映し出された。背景は真っ白でどこかのスタジオか何かで収録されているようであった。


 キョロキョロと辺りを見回し、誰かが教えたのか、やっとカメラ視線になった。


「わしは新高山博士にいたかやまはかせじゃ」


 ボリボリと頭をかきながら、かったるそうに自己紹介した。


「あ~、全国の愚民ども、初見かな。学会の広報誌などには何度か載っているんだが、テレビに出るのは今回が初めてで、勝手が分からん。カメラが向いているという事は机に向いている以上に緊張するものじゃな」


 一方的にブツブツと言っているので、聞き取れた人は少なかっただろう。


「説明するのは面倒じゃな。誰かやって欲しいものじゃが、出払っておってな。なんと説明していいものか……理論などならば楽に口にする事ができるのじゃが、こればかりは……」


 挙動不審っぷりを見せつけるように、新高山博士は周囲をキョロキョロと見回し続けた。


「簡潔に言えば、クーデターを起こしたという事じゃ。日本を壊すなどする気は毛頭ない。大阪への首都移転とプロ野球チームの大阪ジャガースの試合を国技をすること要求する。この要求に応じるのであれば、我々は何もしない……。そうだな、何もしないのじゃよな? うん、そういう事である」


 どこか別の方を向いて、しきりに首を縦に振った。


「我々に逆らえば、二十分前ほどに全滅した日米海軍のようになるのじゃ。うん、分かっておるかな? 分かっておるかな? わしは分かっているのじゃが、愚民どもはどうであろうか? 愚民には分からぬかもしれぬな、学歴社会と偏差値教育によって毒されたスポンジのような脳みそでではわしの言っている事など理解できないに違いないのじゃ。しょせんは天才の名を欲しいままにしていたわしとでは雲泥の差があるのものじゃ。それを理解できぬ輩がどれほどいることか。……え、何? そんな事は喋る必要はないと。そうか、そうか」


 またどこかを見ながら、何度も何度も頷いた。


「今、この放送を聞いている者は心して聞くがいい。あ、聞くを二回も言っておるな。重複はいかんな、重複は」


 要領の得ない事を一方的にしゃべり続けていた。


「え、何じゃと? 電波が途切れそう? 何とかならんのか、何とか! やっているじゃと? 言い訳を言う奴は無能だ。口を動かすよりも手を動かすのじゃ。手を」


 激昂しながら指示を飛ばしていて、カメラのほうを全く見ない。


 こういう表舞台に出てくる事は初めてで、しかも、これが公共の電波で流れている事など歯牙にもかけていないといったところだ。


「日本政府と直接交渉したい。連絡をくれ。連絡先はここじゃ」


 画面に電話番号が映し出され、新高山博士がその番号が出ているところを指し示す。


「悪戯電話はお断りじゃ。悪戯というものにはしかるべき処置をする。パトリオットくらい飛ばしてもいいかもしれぬな。え? もう終わりじゃと? で、電波がと……」


 そこで電波が途切れ、


『お見苦しい放送が流れていた事をお詫び致します』


 というテロップとお花畑の映像が流された。



 その放送からさらに十分後。


 大阪上空に巨大な球体が出現した。大阪の一部を影で覆い尽くすほどのものであった。


 その球体は、新高山博士が作った反重力装置を使用し、常に空中に浮いている事が可能な空中浮遊要塞『長門』であった。


 普段は球体であるが、巨大ロボにも変形できる可変型の要塞でもある。


「新たなる第一歩じゃな」


 新高山博士は顎に手を添えて、感慨に打ち震えていた。


 要塞の中心部がブリッジになっていて、ここですべての制御を行えるが、オートマチックであるために、これといった操作は必要としないので、広いのに何もなかったりする。


 ブリッジの正面には多数のモニターがあり、そこから外界を臨める。


「油断大敵です、ロリコン博士」


 オペレータ席に腰掛けていて、オレンジジュースを飲んでいる春日井かすがいさくらがボソッと呟いた。


 十五歳ながらもしっかり者で、研究や発明以外何もできない新高山博士の身の回りの世話などをしている。


 さきほどの新高山博士の放送のディレクターをやっていたのがさくらだ。


「ロリコンとはこれまたヒドイ言い方をするのじゃな、さくら君」


「いえ、事実です」


 さくらはきっぱりと言い切った。


「幼女の身体というものは芸術的だとは思うのじゃよ。しかしながら、芸術を壊すのはわしの心に反する」


「その思想はロリコンです」


「言われてみれば、そうじゃな。わしはロリコンじゃ」


 新高山博士は納得したようで、明朗に答えた。


「とりあえず海軍全滅の映像、流しておきました。後は反応を待つのみです」


 さくらはさらりと話題を代えた。


「後は日本政府の出方を待つのみじゃな」


 新高山博士は腕を組み、天井を見上げた。


 数十分前まで要塞内にある仮設スタジオで収録していた事などすっかり忘れている。


 自分の研究の事しか記憶しない……これが基本的なスタンスであった。


「こほっ、こほっ……」


 不意にさくらが新高山博士から顔を背けて、口を手で隠して重い咳をした。


「……」


 さくらの小さな指の隙間から鮮血がぽたりと垂れてきた。


 咳が止んだので、さくらは口から手を離し、咳と一緒に吐いた血を冷たい目でじっくりと見つめた。


「後一年……」


 さくらは心臓に不治の病を抱えていて、余命一年と医師から宣告されていた。


 今回のクーデターに参加したのは、死ぬのならば生きる証を……と考えての事だった。


 復讐と自らの頭脳の限界を探り続けようとしている新高山博士や、大阪ジャガースの試合を国技にしようと目論む岡田三郎、大阪を首都にしようと画策するしつつも、この戦いに敗れ死刑になったとしてもそれが定めであると達観している三好秀吉と志は異なるが、さくらにとっては重要な要素でもあった。


 このクーデターに参加している者達にはそれぞれ理由があり、特定の主義主張によるものではない。


「どうなるんでしょう?」


 さくらはボソッと呟いたが、新高山博士はその言葉など耳に入っていないようで天井を見上げたままだった。



 さらにそれから三十分後。


「我々はクーデターなどには屈せず、媚びず、肯定せず」


 現首相の茂木六太郎は国会でそう言い切った。


「日本自衛軍と米帝軍による共同作戦によりクーデターをただちに鎮圧する!」


 と、新高山博士の要求をきっぱりとはねのけた。


 当然の事であった。バカげた要求をのんでしまうような政府では、国民の信頼など得られはしない。そのための賢明な判断と言えたのだが、相手の戦力を見くびっていたのが裏目に出ることになる。


「日本の首都が東京である事は揺るがない。また、国民の大多数が道頓堀に飛び込むのが普通になる民度になる事を望むはずもない」


 とってつけたようにそうとも言った。



 * * *



 茂木首相の発言から一時間後、日本自衛軍と米帝軍との共同軍が集結し、大阪の空中浮遊要塞『長門』を落とす作戦を開始した。


 陸、海、空の総力を合わせた二十一世紀で初めて起こった大規模な軍事行動であった。


 だが、その共同軍はたった八機のロメルスによって、わずか三時間で壊滅される事になる。


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