第63話

娘が桶からご飯を食べるようになって、食欲に磨きがかかった気がする。

部屋の牧草はわたしと一緒に食べるようになったし、庭の青草もたくさん食べるようになった。

お兄さんやお姉ちゃんが毎日娘のご飯を持ってくるようになったから、たぶん今がちょうど食べ盛りなんだろうね。

わたしもそうだったから。


庭に出ると、ダヨーさんが声を掛けてきた。

「くぅちゃん見てるから、今のうちに少し寝てくるといいんダヨー」

見れば娘はりくくんと並んでお昼寝してる。

ありがとう。そうさせてもらうね。

そう言って、わたしも目をつぶった。


……夢を見た。

わたしがまだ子供の頃のこと。

突然お母さんと引き離されてた。

どこを探してもお母さんがいなくて、寂しくて泣いた。

周りには同い年の仔しかいなくて、とても心細かった。

このままどうなってしまうんだろう。

そう思ったら、不安しかなくて。

ご飯もあまり食べられなかった。

その頃のわたしを、遠くから見てる。

何とかしてあげたくて、声を掛けようとしたところで目が覚めた。


目が覚めたら、寝てるのはわたしだけ。

りくくんはダヨーさんにお乳をねだってるし、ダヨーさんは青草を食べるのに忙しそう。

そして娘はと見れば、庭の柵から首を伸ばして外の草を一生懸命に食べてる。

いつもの風景。

でも、それがなんだか嬉しかった。


部屋に戻ってから、壁さんに夢のことを話してみた。

「子別れなぁ。まだ先のことやで。今から心配せんでもええやで」

そうなんだけどさ。くぅちゃんが子別れしてもちゃんとやってけるのかなぁって。

「心配せんでもええやで。あの食欲があればなんとでもなるやで」

壁さんは続ける。

「くぅは自分のご飯もきちんと食うし、牧草もきちんと食うてるやで。それにシュシュの桶の中身まで狙うとるやで。あれだけ食えてたらなんも心配ないやで」

そうだといいんだけど……。

「まあ、まだ先のことやで。それまでにくぅも大きくなるし、シュシュの飯もみんな食われてまうかもしれんやで」

壁さんはそう言って笑う。

娘が大きくなるのはいいことだけど、わたしのご飯が少なくなるのは困るなぁ。

何とかしなくちゃ。


「そない考え事してるのもシュシュらしくないやで。そのうちええことあるからそっちの事でも考えてたらええやで」

壁さんがこんなことを言い出した。

いいことってなあに?

「またここが賑やかになる日が来るんやで」

賑やか……。この前来た先生でも来るのかな。


少し前、娘に会いに先生と呼ばれる人が来たことがあった。

お兄さんと同じくらいの年に見えたけど、先生ってお姉ちゃんやお兄さんのお母さんが呼んでたな。

娘もすぐになついてたし、きっとすごい先生なんだろうな。

あのひとがまた来るのかな?

「あの先生来るかはわからんが、もっとようけ人来るやで」

あ!

カメラの向こうでわたしたちを見てる人たちが来るんだね。

「そういうことやで。今年はどんな感じになるか楽しみやで」

壁さんは嬉しそうだ。わたしは……。


おいしいものがもらえたらいいかな。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

くぅちゃん、おかあさんのご飯はちゃんと取っといてね。

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