第62話

気づかないうちに、娘はずいぶんと大きくなってたみたい。

毎日顔を合わせてるとわからないものだけど、毎日少しずつ大きくなってるんだって壁さんが教えてくれた。

そういえば、娘はよく草を食べるようになった。

もちろんわたしのお乳も飲むのだけれど、それだけじゃ足りないみたい。

最近じゃわたしの桶をじっと見てることもあるし……。


「なんにも心配ないんやで」

壁さんのいつもの口癖。

「そのうちくぅにもええことあるやで」

いいことってなんだろう。

壁さんは大事なことは教えてくれない。

いつものことだけど。


その夜。

お兄さんがわたしとダヨーさんのご飯を持ってきてくれた。

そして、桶がもうひとつ。

わたしの部屋の前、廊下側にかけてくれた。

自分のご飯を食べながらちらっと見る。

「くぅにもご飯つくようになったやで。とはいえおままごとみたいなもんやで」

壁さんが教えてくれる。

そうなんだねぇ。

ご飯を食べながらだから、つい生返事になってしまう。

「おーおー、飯の食い方もシュシュそっくりやで。さすが親子やで」

壁さん、わたしが見てないのをいいことに好き勝手言ってる。

ホントにそうなのか、少し顔を上げて見てみた。


娘は桶に顔を突っ込んだまま、一心不乱にご飯を食べていた。

「な。シュシュそっくりやで?」

壁さんがニヤニヤしながら言う。言われてみればこの食べ方はわたしそっくりかもしれない。

でも、こんなにがっついてたかなぁ……。

「見よう見まねで覚えたんやろなあ。まあ、食いが細いよりは全然ええやで」

そうだよね。わたしの娘だもん、いっぱい食べるのは当たり前。

「せやで。それでこそシュシュやで」

壁さんになんか馬鹿にされた気がする。後で蹴っておこう。


娘のご飯は毎日ではないみたい。

ご飯がない日もあって、そんな日はわたしの桶をじっと見ていたりする。

「あげたらあかんやで。小さいうちから大人の飯はええことないやで」

壁さんが言う。わかってるよ。

わたしのご飯はわたしのもの。

食べてお乳にしてからあげるんだから。


庭に出れば、娘はりくくんとも遊ぶようになっていた。

子供同士、楽しそうに走り回ったり、一緒にお昼寝をしてる。

「この時期が楽しいんダヨー。わたしたちも子供置いて青草食べられるんダヨー」

ダヨーさんがニコニコしながら言う。

「子供だけで遊ばせてても平気なんダヨー。でも、こっち来たら挨拶はきちんとさせるんダヨー」

はいはい。ダヨーさんは礼儀に厳しいもんね。

娘にも言っておくね。

「挨拶しないとお仕置きダヨー」

ダヨーさん、そう言ってニヤリと笑う。

どんなお仕置きするんだろう……。

少しだけ不安になった。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

くぅちゃん、そんなにがっついて食べなくてもいいんだよ。

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