第61話

娘の脚に巻かれていたテープが取れた。

お兄さんとお医者さんが娘の脚を見て、「もう大丈夫でしょう」と言って取ってくれた。

もともと大事ないとは言われてたけど、やっぱりホッとする。

娘もやっぱり嬉しそうで、「これで思いっきり遊べるよー」って喜んでる。

少し歩きにくそうにしてたから、娘も娘なりに気にしてたみたい。

飛んで跳ねてってことはないけど、足取りも軽そうに歩いてる。


ダヨーさんの子供を、お姉ちゃんたちは「りくくん」と呼んでた。

娘を連れて庭に出る。ダヨーさんとりくくんもいる。

りくくんが娘と遊びたそうな顔をしてこっちを見ているけど、娘は気にしてない様子。

遊ばないのと聞いても、「おかあさんと一緒にいる方がいい」と言う。

その方がわたしも安心。

まだりくくんがどんな仔かもわからないのに、一緒に遊ばせるのは少し考えてしまう。

りくくんが近くに来たけど、つい耳を絞って威嚇してしまった。

りくくんはダヨーさんの方に飛んでいってしまったし、ダヨーさんはそれを見てびっくりしてる。

悪いことしたかなぁ……。


「最初のうちはそんなもんやで。気にせんでええやで」

部屋に戻ってから壁さんに言われた。

「そのうちどんな仔かわかってから遊ばせてもええんやで。もっとも、りくは大人しくてええ仔やで」

そうなんだねぇ。次来たら挨拶しないとだね。

「挨拶せんとダヨーさんに怒られるやで」

壁さんが笑いながら言う。わたしもつられて笑ってしまった。


次の日。

りくくんは寄って来なかった。

娘はと言えば、柵の近くに生えてる草を見て、「おかあさん、これ食べられる?」と聞いてくる。

それは固くて食べられないよ。こっちのにしなさい。

そう言って牧草を指す。

最近は娘も草に興味を示してくれて、少しずつ食べている。

わたしのルーサンまで食べてたのには少しびっくりしたけど。

「ねぇねぇおかあさん、これは食べられる?」

今度はクローバーを見つけてこう言ってる。

それはおいしいんだよ。あんまりないから食べてごらん。

こう言ったけど、娘は少しつまんだだけで結局牧草のところに戻ってきた。

まだ牧草やルーサン以外の味はよくわかってないみたい。

ルーサンの味を覚えるのは早かったのに。


部屋に戻ってご飯を食べ終わると、待っていたかのように娘がお乳を飲みに来る。

飲み終わると廊下に出て、首のあたりを柱にこすりつけて掻いてる。

ああ、身体かゆいんだね。こっちおいで。

娘を呼んで身体をなめる。

すると、娘も「わたしもやるー」と言って、わたしの身体をなめてくれる。

なんだか嬉しくなった。

あちこち娘となめていたら、ずいぶんと時間が経ったらしい。

壁さんが「あんまやってると毛がなくなってまうやで」って呆れてた。

ダヨーさんも「そこまでやんなくていいんダヨー」って言ってる。

でも、出来ることはなんだってしてあげたいんだもの。

おかしいことじゃないよね?


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

くぅちゃん、おかあさんのルーサンは食べないでね。

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