第44話

ダーちゃんが育成場に行って、庭にいるのはわたしたち繁殖だけになった。

これからまたいつもどおりの日々が戻ってくる。

そう、思ってはいたのだけれど。


お兄さんたちがわたしたちを呼びに庭にやってくる。

わたしはすぐにお兄さんのところに来たのだけれど、エミちゃんがなかなかやって来ない。

代わりにシャーマンさんがお兄さんのところにやってきた。

お兄さん、少し考えてわたしとシャーマンさんを連れて帰ることにしたみたい。


部屋に戻る途中、隣が落ち着かないのかなって思った。

でも、気にしても仕方ないよね。

そういえば、エミちゃんこの前こんな事言ってた。

「今度はあの赤いのが怖くないようにしないと。ここのリーダーはわたしなんだから」

まさか、エミちゃん秘密の特訓とかしてないよね?


部屋に戻ったら、案の定シャーマンさんが騒ぎ出した。

「やだあああああああ外に出たいいいいいいいい!アツコどこおおおおおおおおお!?」

部屋の中でグルグル回ってはこうやって叫んでる。

壁さんも「こればっかりはどうにもならんやで」って苦笑いしてる。

わたしはと言えば、シャーマンさんがずっと騒いでるから、部屋にいたのになんだか落ち着けなくて。

庭に出てきたらドッと疲れてしまった。

でも、そんなこと言ってられないよね。


それからは毎日、一緒に部屋に戻る馬が変わった。

アツコさんは部屋にいても細かいことを気にしないせいか、ずいぶんと落ち着いていられた。

ハッピーさんが隣の日は、ふたりでとにかく牧草を食べてた。

だって、ハッピーさんがモリモリ食べてるのを見てたら、わたしもお腹が空いてきたから。

そうしてふたりで牧草を食べていると、壁さんが「大食い競争みたいやで」って笑う。

いいじゃない。お腹空くんだもの。

ハッピーさんも無言でうなずいてた。


「そうそう、近々シュシュも外に出っぱなしになるらしいやで?」

不意に壁さんが話しかけてきた。

そうなの?わたしもずっと庭にいることになるの?

「そうやで。お兄さんたち1歳のしつけとかセリとかで忙しくなるから、しばらく外にいるらしいやで」

そっかぁ……。

庭にいると、お兄さんたちが1歳の仔たちを引いて歩いてるのが見えることがある。

1歳たちもたくさんいるから、お兄さんたちも大変そうだなあと思ったこともある。

それなら、わたしも協力しなくちゃだよね。でも壁さんはどうするの?

「せやなあ。シュシュたちのことはワイの友達に頼むことにするやで」

壁さんはそう言って笑った。

壁さんにお友達っていたのかな?

「実はもう頼んであるやで。ワイはここに来る1歳のお守りでもしてるやで」

壁さんは大事なことは話してくれない。お友達が誰か知りたかったんだけどな。


次の日には壁さんの言ってることがわかった。

一羽のカラスが庭の入り口の柵に止まってる。

他のカラスは飛んだりわたしたちのご飯をもらいに来るのに、このカラスだけ何もしない。

たぶん、このカラスが壁さんのお友達なんだね。

そうとわかったら、なんだか安心した。

これなら、一日中庭にいても大丈夫。

そんな気がした。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

外は暑くないかなぁ。

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