第42話
部屋に戻ってから、わたしは壁さんに相談してみた。
奥のお弁当置き場をエミちゃんたちに知られたらどうしよう。
ダーちゃんやハッピーさんやシーちゃんたちがお弁当食べられないのは困るよね。
どうすればいいのかなと聞くと、壁さんは意外なことを言い出した。
「なんにも心配ないんやで」
いつもの口癖だ。
わたしは不思議に思った。
「もともと青草でお腹いっぱいになれるから、お弁当はなきゃなくてもええんやで」
そうなの?
「どうしても足りないとなればお兄さんたちがまた考えるやろけど、今んとこはそのままにしててええんやで」
そうなのかぁ。でも食べられないのはなんだかかわいそうだよ。
「シュシュがエミちゃんやシャーマンさんを蹴散らして桶確保したらええんやで?」
壁さんは笑いながら言う。そこまでは出来ないしなあと思っていたら、壁さんはこんなことを言い出した。
「もっとも、現役のダーちゃんだってここにいる間はあまり走るわけやないし、シーちゃんたちもじきに本家に帰るし、ほっといてもなんとかなるやで」
そうなのかなぁ……。
それからしばらくして。
シーちゃんたちは本家に帰っていった。
わたしたちとはほとんどお話もしないままに。
ふたりがお兄さんたちに引かれて帰って行くところを、わたしはダーちゃんやハッピーさんと見ていた。
「おふたりにもいっぱい教えてもらいたかったですー」と、ダーちゃんは残念そうに言う。
ハッピーさんも「……そうだね」とポツンと言う。
わたしも同じように思った。
本家はわたしもいつか行くかも知れないし、いろいろと教えてほしかったんだけどな。
そうして、お弁当の時間。
わたしとハッピーさんは桶を確保出来たけど、ダーちゃんは出遅れてまた食べられなかった。
ひとしきりお弁当を食べたあと、ダーちゃんは「わたしが勝てなかった理由がわかったです」と言い出した。
どんな理由なのと聞くと、ダーちゃんは「わたしには勝たなきゃって気持ちが少し足りなかったみたいなのです。だから競馬場でも勝てなかったかもなのです」と、まっすぐにわたしを見て言う。
そっかぁ。まずは勝たなきゃって気持ちがないとだよね。
「競馬場に行っても、勝たなきゃって思って走るのです……」と、ダーちゃんは遠くを見ながら言った。
そういえば、ダーちゃんはまだレースで勝ったことがないって言ってた。
「お世話になった皆さんのためにも、今度こそ勝ちたいです……」
わたしは何も言えなかった。
わたしが走ってたときもそうだった。
みんなに喜んでもらいたくて、一生懸命走ってた。
でも、なかなか勝てないのが辛かった。
だから、今のダーちゃんの気持ちは痛いほどよくわかる。
わかるからこそ、何も言えない。
下手なことを言っても、なんにもならないから。
すると、ハッピーさんが一言。
「……その気持ちがあれば勝てる」と、ダーちゃんに言った。
「そうなんですね!頑張るのです!」と、ダーちゃんは目を輝かせてハッピーさんに返事をした。
「そうと決まったらもっと食べるのです」と、ダーちゃんは青草をすごい勢いで食べ始める。
わたしとハッピーさんはそんなダーちゃんを見ていた。
わたし、サラブレッド。
名前はシュシュブリーズ。
ダーちゃんの苦労もわかった。
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