車のフロントを覆う銀色みたいなやつ
もはや章わけがどうでもよくなってしまった。日差しを遮る銀色みたいなやつのことをなんというのか、僕は思い出せないが特に思い出す必要もない。というのもこの日差しを遮るこの銀色みたいなやつが、章を区切ってくれるからである。
ちょっと話が抽象的になりすぎたので、具体的な話に持っていくことにしよう。この日差しを遮るための銀色みたいなやつをサンバイザーと呼ぶのだが、僕はその名前を思い出せないと同時に思い出しているのである。それはつまり、名前を思い出すことと、名前が出てくることの違い、といったものなのだ。亜空間物質転送装置により名前は自ずから出てくるのだが、というのも亜空間物質転送装置は記憶の中にじかに接続されているからで、記憶の中にあるサンバイザーという概念そのものを現出させるべく機能しているのである。そうなると今まで章ごとに区切られていたのは一体なんだったのか。下手をすれば一章に一行しか書かれていないものもあったのに、どういう原理でそれが出現したのか。そういった謎が、サンバイザーの存在によってより明瞭になるだろう。読者がスマートフォンをスワイプしたりタップしたりして見ていたものというのは、最初からサンバイザーの存在によって成立していたのである。
さてここからは実際のサンバイザーの存在についての考察から入らなければならないだろう。しかし亜空間物質転送装置によってそもそも存在の実際性といったことは喪失しているので、サンバイザーの存在を、その実際の運用方法、すなわち車のフロント部分に貼り付けて熱を避けるといった用法で使用することは、文法的な不可能性が伴っているのである。それは夢の文法的な解釈における不可能性に相当する。すなわち、サンバイザーは車の遮熱という本来の用途ではないと考えるべきなのだ。
フロイト的な夢理論を援用するならば、サンバイザーは同音の別の意味を暗示する。三杯酢であったり参拝者であったりとか、そういったものの混淆の果てにサンバイザーがあるのである。では、サンバイザーについてこうして延々と語っているのは誰なのか? 少なくとも運転者であるという可能性は低い。というのもサンバイザーは運転時に使用するものではないからである。そもそも、サンバイザーは本来的な意味を喪失しているのだから、サンバイザーと運転者がイコールで結ばれる可能性はほとんどないのだ。では、ここではサンバイザーは何を意味し、何を意図するのか、この手のアポリアをどう処理するのか、それが当面の課題であろう。
少なくとも確実に言えることは、確実に言えることは何もないということである。
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