透明な小説 10

 滔々と流れる語りが脈絡もなく風に乗ってきた。風媒花の実の香りがして、とりとめもないことを考えるようになる。透き通る声のトーンが低い方から高い方へと変わり、それが鳥の囀りだと気づくまでに時間がかかった。ため息が加湿器の水のように白く蒸気になっているのにもかかわらず、外は真夏のような暑さだった。どういうわけだろうか、この不文律は。

 風を意識して日差しを避けながら帰宅すると、今まで見えなかったものが見えてくるのだ。それまで透明であったものが透明でなくなり、それまで空であったものが水に変わり、それまで流れであったものが熱に変わっている。その様子を観察する一つの眼になり、私は今高速道路の人々を観察している。

 集中線のトーンが華麗に私の元へ降り注ぐ光となってやってくる。それを交わして回り込むがやはり光という現象そのものは回避できない。私が今見ているのが光ではなくトーンであるがゆえに、私に注がれる注意の眼差しを上手く回避しなければならず、しかしそう思えば思うほどに上手くいかない。線状になったものからの回避、すなわち線形を避けるための唯一の描写方法は、写真である。しかし写真は車体を判定するための情報が膨大であるため、フィクションには向かない。私には知らない車種が沢山ある。それの中では少し古臭いハイブリッド型エンジンや最新式のオートマチックハイビームを搭載したものなどが散見されるのだろう。

 私の目は上空へと舞い上がり交互に行き交う車々の群れを眼下に観察する。赤や青、白や黒の下地が絡まり合って、混ざり合う色素のような薄い透明な液体になっている。眼下に捉えられた視界は良好、川を挟んでいる橋に架かっているこの高速道路では、どんな風景画もにべもなく忘れ去られてしまう。景色は私にそのような強い確信を抱かせるのだった。

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