透明な小説 i

 榊は、『火星の書』を携えた魔王になっていた。目の前ではイマニュエルがエクスカリバーを振りかざして突進してくる、のではなく、確かにエクスカリバーのような風圧は感じたかもしれないが、イマニュエルの車が自分に向かって突進してくるのだと認識した。イマニュエルはこの突進が、反動で受けるダメージと法規制のために自分への被害が大きいと知っていたものの、『火星の書』をまともに手に入れようとするにはもっとも効率が良いことを直感しており、それに従ったのだ。榊はというと、この突進を真に受けるつもりはなかった、しかしそれを交わすために必要な直感、すなわち避けるためのこちらの反射神経が働くためのエネルギー源であるATPアーゼの生成する、ATPをADPに変換する際に生じる、僅かなエネルギー、これの反応機構そのものが実にゆるやかであったために、すなわち反応の緩慢さのために、反射神経の尋常ならざる存在でさえ反射に時間がかかっているというこの現状を、言わずもがな認識させられた。その直後には認識の直後に突進したイマニュエルの車が庇いきれずに人形の痛手を負い、イマニュエルは左手に『火星の書』を掴んでいた、榊で貫通した車の残骸が爆発するまでの数秒の間にイマニュエルは逃げ出し、夢を離脱したい、そういう意志を伝えようとして、

「夢を……」

 と言いかけたときにはイマニュエルは、反応の完了したADPによる敏捷な身のこなしによる榊に『火星の書』を奪われていた。

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