異世界、SF、そして愛
- ★★★ Excellent!!!
面白くて読みはじめたら止まらないお話というのがありますが、まさにこれはそのひとつでした。思いがけない宝物を見つけた気分です。
道具立てはオンラインゲームを下敷きにした異世界転生ものに美少女同士の恋愛を沿えて……というものですが、転移した先の世界が実に面白い。読み進めているうちにわかってきましたが、これはある種のSpecEvo、仮想進化SFの側面がありますね。具体的にはドゥーガル・ディクソンの著作群やH.シュテンプケ『鼻行類』を参照していただきたいですが、地球と異なる環境(何せ魔法がある!)で独自の進化と適応放散を遂げた生物の描写はそれだけでとても面白い。また、社会の描写についても同様のSF的アプローチが感じられ、いちSF好きとしてとても楽しいものでした。堅固なロジックと外挿法的思考のもたらす知的興奮がある。
また、独特の社会の描写、特に食文化の部分は緻密で多大な説得力があり、そしてどの料理もとてもおいしそう! 文章だけなのにいい匂いが感じられ、お腹が空いてきてなんだか困ってしまいました。
そして何よりわたしがよいと感じたのは、人間の細やかな描写。主人公三人はもちろんですが、ほんの端役に至るまでとても魅力的……掛け合い漫才めいたやり取りはユーモアたっぷりで飽きませんし、恋愛描写もなかなかのものです。そして、ここがいちばんわたしの好きな部分ですが、それぞれの登場人物の心の底にある痛みや悲しみ……浮世につきもののどうにもならなさ、無常への切なさを感じさせるあたりが、とてもよいと思いました。こういう物悲しさをきちんと描いている作品は好きです。だからこそ、いまこのときをいとおしみ、大切にしようという思いがくっきりと浮き彫りになりますから。
ともかくも壮大で、それでいてミニマルな人間の思いも大切に汲み取っている、よい小説だと思います。おすすめです。