超越種9

「うぐあああああああ! ぐが、が、がああああああああああああああ!」

 星縄の絶叫が、遥か彼方まで響き渡る。

 花中の指先から放たれた粒子の濁流は、ほんの二~三秒で止まったが……花中は自らが放ったエネルギーの総量を具体的に理解していた。

 凡そ十ペタジュール。

 これは長崎に投下された原爆の百倍以上のエネルギーである。ムスペル襲撃前の人類であれば長崎原爆の百倍程度の威力を持つ水爆など苦もなく開発出来る代物であり、フィアは更にその十倍以上のエネルギー量を誇る攻撃から平然と生存したが……花中が撃ち出した『粒子ビーム』はほんの数平方メートル程度に集中している。半径数キロに拡散してしまう水爆など、単位面積当たりの威力では比べものにもならない。

 花中と同系統の能力があるとはいえ、星縄にとっても危険な一撃だった。そう、とても危険な一撃。

 けれども死には至らない水準の筈。

「う、ぐ、くぅ……!」

 星縄は膝を付き、両手を地面に付けて身体を支えようとする。されど叶わず、星縄は崩れるように倒れ伏した――――が、絶命には至らなかった。

 花中は己の『目』を用い、星縄の状態を観察する。

 星縄の傷はかなり深い。星縄は『念力』によりなんとか花中の攻撃の軌道を変えようとしていたが、量があまりに多過ぎて処理しきれず、高出力粒子の直撃を受けてしまった。高エネルギーを纏った粒子というのは、実態としてはレーザー光線と大差ない。星縄の表皮のタンパク質は高熱で焼かれたのと同じように変性し、正常な機能を喪失していた……要するに火傷だ。『目』を用いて粒子レベルの診断など下さなくても、服が溶けて全裸になり、露出した肌の大半が黒ずみ、焼け爛れている姿を目にすれば、誰だって星縄の受けた傷が致命的なものと理解出来るだろう。

 放置すれば間違いなく、星縄の命は潰える。

 今はまだ潰えていない命が、消えるのだ。

「……………」

 攻撃を終えた花中は、足早に歩き出す。

 花中が向かった先は、その場に力なく倒れ伏している星縄。あと三歩も近付けばそのボロボロの胴体を踏み付けられるぐらい距離を詰めると、花中は無言のまま星縄に手を向けた。

 星縄はまだ生きている。

 フィアに酷い事をして、みんなで一生懸命作った避難所を滅茶苦茶にして、避難所の人々を傷付けて……そんな星縄に対する怒りは筆舌に尽くし難い。

 もしもここで念力の一つでも使えば、星縄への止めはすぐに刺せる。此度の元凶を終わらせる事が出来るのだ。

「……えい」

 だから花中は能力を用いる。

 変性した星縄の表皮の分子を、元のタンパク質へ戻すという形で。

 星縄が模倣した、『物質を触らずに動かす』程度の能力では怪我を癒やす事など出来ない。しかし花中の『粒子を操る』能力ならば可能だ。死んだ細胞の分子構造を、生きていた時と同じ状態に作り替えれば……生命活動は再開される。

 それは部分的な死者蘇生と変わりない。

 以前の花中ならば、もしくは多くの人間達は、これを『神の御業』と呼ぶだろう。しかし今の花中はそう思わない。生命を特別な存在だと思うのではなく、ある種の化学反応の連鎖であると考えれば、火傷した皮膚の再構成なんてものは錆び付いた鉄を加熱するのと大差ないのだ。

 皮膚の分子構造を修復し終え、花中は星縄に向けていた手を下ろす。先程まで倒れ伏していた星縄はぴくりと動くと、ゆっくり、その顔を上げる。

 何時も胡散臭い笑みばかり浮かべていて、先の戦いでは狂乱したように喜んでいた顔は今、困惑で染まりきっていた。

「……なんで、助けたんだい?」

「ちゃんと、話を聞かせて、もらっていませんから。星縄さんが、何故、こんな事をしたのか……知らないまま、倒すなんて、出来ません」

「なんとまぁ、花中ちゃんらしいというか、お人好しというか」

「お人好しで、結構です。わたしは、こういう性格ですし。それに」

「それに?」

「……今のわたしなら、星縄さんが何かしてきても、返り討ちに出来そうなので」

 きっぱりと自分の方が『格上』だと伝えてみる。

 変な事を言ったつもりはない。先の戦いでも終始優勢を保っていたし、星縄の力量は『目』を通してよく理解している。負ける要素がない、とまでは言わないが、真面目に戦えばなんとでも出来るという確信があった。

 なので自分の意見を正直に伝えただけなのだが、星縄はキョトンとした表情を作る。次いでゲラゲラと、愉快なものでも見たかのように大笑いした。

「あっはははははは! そうか、ボクなんか簡単に返り討ちか! なら助けても問題ないよね! あはははははははは!」

「……星縄さん」

「あはははは! いや、すまない。ちょっとばかり、嬉しくなってね」

「嬉しい? えっと、どういう、意味ですか?」

「そうだね、これを話さないのはちょっと良くない。いやぁ、殺されてもかまわないとは思っていたけど、正直ここまで一方的にやられるとは思わなかった。遺言の一つぐらいは残せると踏んでいたのに、これは嬉しい想定外だよ」

 ぶつぶつと楽しげに、星縄は一人で話を盛り上げていく。

 その反応が、花中には『不気味』に思えた。星縄から不意打ちを喰らっても大したダメージにならないという自信が今の花中にはあるが、ちょっと心理的に受け付け難い。ニヤニヤと浮かべている笑みの胡散臭さが、そんな精神的不快さを助長している。

 だけどそれは、何時もの星縄らしい顔でもあり。

 自分の知っている星縄が戻ってきてくれたのだと、花中にはそう思えて少し嬉しくなった。全身から力が抜け、花中の顔には自然と笑みが戻る。

 だけど、このまま仲直りして、じゃあさようなら、とはいかない。

「……どうして、こんな事をしたのですか?」

 まだ星縄には、避難所を破壊し、フィアを傷付けた理由を教えてもらっていないからだ。

 襲撃の理由が、極めて身勝手で、残虐なものであるなら……必要があるだろう。そのための力は今の花中の身に宿っているが、覚悟までは出来ていない。いざそんな理由を告げられたなら、心が『行動』を拒否して動けなくなるだろう。

 尤も、花中はその『心配』についてはする必要なんてないと思っていたが。

「一つ、先に訊かせてくれ。どうして何か理由があると思ったんだい?」

「これでも、家族として、付き合ってましたから。星縄さんの事、信用、しているんですよ。それに……」

「それに?」

「星縄さん、避難所を滅茶苦茶にした時も、人に酷い怪我させるような事は、してなかったじゃ、ないですか。フィアちゃんが、避難所に突っ込んできた時も、瓦礫が、みんなのところに飛んでいかないよう、止めていたように、見えましたし」

 尋ねてくる星縄に、花中は自分が感じていた『違和感』を正直に打ち明ける。

 確かに星縄の暴虐により、みんなで一生懸命作った避難所の施設は数多く破壊されてしまった。けれども大きな、少なくとも命に関わるような怪我をした人は出ていない。晴海や加奈子についても、気絶させられただけで生きてはいた。

 星縄の力を用いれば、避難所を丸ごと吹っ飛ばすぐらい容易い筈だ。むしろ本当に『旧人類』を根絶やしにするつもりなら、丸ごと吹っ飛ばす方が一人一人息の根を止めるよりずっと効率的かつ確実である。

 そうしなかった星縄の行動は、花中には、出来るだけ人を傷付けないようにしているとしか思えなかった。

 勿論晴海や加奈子達は攻撃を受けているし、フィアに至っては危うく殺されるところだったのだから、絶対とは言えないが……

「敵わないなぁ。そういう鋭さは、玲奈さん譲りだ」

 星縄のぼやきが、自分の感じたものが正しかった事を裏付ける。

 星縄は大きなため息を吐き、花中と向き合う。今の彼女は、何時ものような胡散臭い笑みを浮かべていない。真剣で、思い詰めたようにも見える顔付きだ。

 何か、大切な事を星縄は語ろうとしている。

 それを察した花中は、星縄の言葉に耳を傾ける。花中の心構えを雰囲気から察したであろう星縄は、淡々とした語り口で話し始めた。

「……事の始まりは、花中ちゃん、君が産まれた時だ」

「わたしが、産まれた時……?」

「そう。まぁ、君が何かをしたとか、君によって何かが変わったって意味じゃないけどね。ただ、ボクがミュータントの力に目覚めた。それだけの事さ」

 肩を竦め、本当にそこは大して重大な事ではないかのように星縄は語る。

 花中が産まれた時、花中の母である玲奈の部下だった星縄もまたお祝いにいった。

 新生児であっても脳波は発する。花中の脳波を受け取った星縄はミュータントと化した。尤も星縄は人間であるため、ミュータント化しても知能面での変化はない。精々不思議な力が……『念力』が使えるようになっただけ。

 しかし仕事の中で様々な怪物と出会い、時には自身と同じくミュータント化した存在と遭遇する事で、星縄は少しずつだが己の力を高めていった。数多の能力を会得し、困難の中で能力を極めながら、されどあくまで人間として日々を過ごしていた。

 四年前、あの事に気付くまでは。

「あれは、本当にただの気紛れだったんだ。ボク達は地球上の怪物について調査し、研究していた。だけど地下については何も知らなかった。地下を調べるというのは、一般の人が思うよりずっと困難なものだからね」

「えっと、つまりなんらかの……透視のような力を用いて、地下深くを探ってみた、という事ですか?」

「その通り。最初はね、純粋に感動したものさ。地下深くには多数の怪物、その怪物を支える巨大な生態系が出来ていた。地熱という太陽光さえも凌駕するエネルギーを糧にして作られた生態系は、探っていて心が弾んだものさ……地球の、一番奥底まで見るまでは」

「地球の、一番奥? 何があったのですか?」

「花中ちゃんも見てみると良い。ボクでも出来たんだから、今の花中ちゃんなら地球の最深部を観察するなんて簡単な筈だよ」

 尋ねると、星縄は地面を指差しながらそう答える。

 星縄の予想通り、花中の身に宿った粒子操作能力を応用すれば、地中深くを観察する事はさして難しくない。『見』るだけで分かるものなら話してもらうよりもその方が早いと思い、花中は言われるがまま地下深くに意識を向ける。

 地下に広がる粒子の流れ。能力の応用によりその動きを頭の中で構築すれば、目の前にその景色が広がるかのようにイメージ出来る。マグマが激しく動いていたが、これは地熱による対流だけでなく、大きな生命……ムスペルだけではない。ムスペル以外にもたくさんの生命が泳いでいる……の動きにより生じたものだ。何かが何かを捕食したり、或いは何かが何かを産み落としている。

 途方もない数の生命が自然界を生き抜こうとする姿は、星縄が言うように『見』ていてワクワクしてくる。出来ればずっと見ていたいぐらいだが、しかし今の目的は自然観察ではない。

 花中は意識を更に地下深くへと向ける。どんどん、どんどん深くに意識を沈めていく。

 やがて花中は違和感を覚えた。

 熱くないのである。

 熱くないといっても粒子の運動量から推測するに、花中の意識が到達した場所は二千度近い高温となっているのだが……これはおかしい。花中が今能力により感知している場所は、地下五千キロ地点。地球の中心である地核、その地核の中でも外側にある外核と、内側にある内核の境界線付近だ。あくまで一説ではあるが、この辺りの温度は六千度近いものとされている。二千度というのはあまりに温度が低過ぎるのだ。

 違和感から感覚を研ぎ澄まし、更なる情報を探る。すると違和感が次々と噴出した。

 本来地殻内部は強力な放射線に満ちている。地殻内にある多量の元素が放射性崩壊を起こしているからだ。しかしその放射線が殆ど検知出来ない。加えて地殻内に含まれる鉄やニッケルから生じる筈の地磁気も殆どないではないか。

 勿論これらの知識は、現代科学から導き出した推測でしかない。地中深くの過酷な環境に送り込めるような機械を、人類はまだ発明していないのだから。所詮は想像であり、誤っている可能性はゼロではないのである。しかし現代までに蓄積した科学的事実より導き出した『学説』が、こんなにも現実と大きな乖離をしているというのも考え辛い事だった。

 何か奇妙だ。疑問は好奇心へと変わり、花中は更に地中奥深く、内核内部にまで意識を向かわせた――――丁度その時だった。

 

「ひっ!?」

 本能的に感じた視線に花中は悲鳴を上げ、地球の最深部まで伸びていた意識を地上まで引き上げてしまう。

 あり得ない。

 確かに地核周辺にも多数の生命体が生息していたが、今の視線は何かおかしかった。感じたものをなんとか言語化しようとするが、上手く説明出来ない。強引な表現を用いるなら、ティラノサウルスを前にしたネズミのような気分というべきか、おぞましいほど桁違いの『生命力』と対峙したような……

 いや、そもそもこちらの『視線』に気付くというのがあり得ない。花中はあくまで粒子の動きを探知する事で、地球内部を探っていた。例えるなら、葉の擦れる音で草むらに潜む小動物の存在を知るようなもの。草むらに何かが潜んでいたとして、どうしてそいつが花中の存在を感知出来るというのだ。

 あり得ない。絶対にあり得ない。

 こんなものが存在する筈が――――

「どうやら花中ちゃんも見付けたようだね」

 星縄が声を掛けてくれた事で、花中はようやく我を取り戻す。落ち着いてみれば、自分の身体がぶるぶる震えていると今更ながら気付く。

 正体不明を目の当たりにした恐怖から、本能的に怯えていたようだ。今の自分の力なら、ミュータントが相手でも簡単には負けないというのに。

「ボクも初めて『コイツ』の存在を知った時、とても震えたものさ。とても恐ろしい、勝ち目のない存在だからね。そしてこうも思った。もしも『コイツ』が少しでも活動したなら、地球はどうなってしまうのだろうか、と」

 星縄の言葉に、花中は思わず息を飲む。

 相手はただ『視線』を向けてきただけ。ならば花中が感じ取ったのは、地核に潜む何かが持つ力のほんの一端だろう。全体像なんてとても把握出来ない。出来ないが……感じたものを単純に百倍ぐらいしたら、それだけで地球が何もかも滅茶苦茶になるような気がした。言うまでもないが、視線に含まれている力が本体の百分の一もある筈ないのに。

「そしてボクが何度か調べたところ、そいつは少しずつだが活動を活性化させていた。或いは段々と成長していたのかも知れない。なんにせよ、そう遠からぬうちに何か、恐ろしい事をしでかすと感じたんだ。勿論そいつに人間に対する悪意があるとは限らないけど、人間が歩けば足下の虫なんて簡単に潰れてしまうように、そいつはただ動くだけで人を滅ぼしかねない強さがある。だから何かをしなければならないと思った」

「……それは……でも、どうするつもりだったのですか」

「簡単な話だ。一人じゃどうにもならないなら、戦力を補充すれば良い。とびきり大きな戦力をね」

 星縄はニコリと微笑みながらそう語り、花中の事をじっと見つめる。

 星縄の言いたい事は察せられた。

 彼女のいう『とびきり大きな戦力』とは、花中の事なのだ。

「ボクは人間のミュータントだ。他の生物の力を模倣するというのが、人間の能力……だけど花中ちゃん、君の力は違う。その力はボクでは。単に出力が下がった訳じゃない……小規模な真似すら完全には出来なかったんだ」

「……それは、つまり、わたしは……」

「酷な言い方をするようで申し訳ないが、花中ちゃんは……正確には、人間じゃないんだろうね」

 星縄が告げる『真実』。その言葉は花中の心に真っ直ぐ突き刺さる。

「生物は常に進化している。人間だって同じだ。なんらかの突然変異か、未解明の力によるものか。なんにせよ花中ちゃんは、人間よりも進化した存在となった。種として認めるには『個体数』が足りないけど……ボクは人を超える種という意味を込めて、超越種と呼んでいる」

「超越、種……」

 星縄の言葉をオウム返しする花中に、星縄は深く頷いて肯定した。

 自分は人間じゃない。

 星縄の言葉の意味を、花中の頭はしかと理解する。超越種だの大層な名前を付けているが、結局のところ『人外』でしかない。人間を容易く殺せる、いや、滅ぼせるほどの力を有した怪物。

 化け物なのだ。人の形をしていたとしても。

 ……尤も、これを理解しても花中はあまり堪えなかったが。

「成程、そういう事でしたか。どうりで、星縄さんと、わたしの能力が、異なる訳です」

「え? あ、うん……あれ? ショックじゃないの?」

「ええ、まぁ、あまり。人間じゃなくても、わたしは、わたしですし……お母さんから、産まれたのは、間違いないんですよね?」

「あ、ああ。それは、そうだけど」

「じゃあ、大丈夫です」

 あっけらかんと花中が答えると、星縄は目を丸くして固まった。余程想定外の反応だったらしい。

 伊達に人間じゃない友達と何年も暮らしてはいないのだ。それに去年は自らを人間と思い込んでいるミュータントと出会い、『人間』とは何かについて考えている。自分が生物学的には人間じゃなかったところで、そんなのは花中にとって些末な話なのだ。

「そんな事より、話を続けて、くれませんか?」

 本心からあまり気にしていないので花中が話の続きを促すと、星縄は噴き出すように笑った。まるで、この時のために色んな返事を考えたのに全部無駄になった、と言いたげに。

「そうだね。話を続けよう。まぁ、君が人間を超える存在なのは分かったけど、花中ちゃん自身は全く普通の女の子だった。むしろ年下の子よりも貧弱なぐらいだ。ボクにも模倣出来ない力があるとは、到底思えないぐらいに」

「……確かに、へなちょこでしたけど」

「自分が人間だという意識が抑え付けているのかとも思ったけど、だとしても無意識に能力が使われている形跡すらない。そこで色々調べていたんだけど、ある日をきっかけに一つの事が分かった」

「ある日?」

「君がフィアちゃんとミリオンさんに出会った日だよ。あの日から花中ちゃんの脳の働きが、一層強まっている事が判明したんだ」

「え……え?」

 星縄の語る内容に、花中は戸惑いを覚える。

 だが、星縄は止まらない。

「そう! 花中ちゃんは、ミュータントからも脳波を受け取っていたのさ!」

 ミュータントは人間から脳波を受け取り、超常の力を振るっている。

「相互的な演算補助と言うべきだろうか。兎に角、ミュータントと出会うほどに脳が活性化していたんだ!」

 ならば人間がミュータントから脳波を受け取れば?

「勿論それでもミュータントの能力に目覚めなかったのは、花中ちゃんが一番よく理解しているだろう?」

 人間と比べれば微々たる脳波だ。効果は決して大きくない。

「だけど、もっとたくさんのミュータントと出会ったなら?」

 しかし塵も積もれば山となる。

「ミュータントと出会えば出会うほど、脳が活性化していくとすれば?」

 ミュータントは一度脳波を受け取ってしまえば、その後脳波が途絶えたとしても五年は能力を使える。

「出会って、出会い続けて、限界まで脳波を活性化させれば……」

 そう、一度の出会いだけで十分。

「ミュータントと遭遇させれば、何時か君の力が目覚める」

 繰り返す出会いの果てに、やがて自分は覚醒する。

 星縄と共に辿り着いた結論に、花中は息が止まった。自分が人間じゃないという事実よりも……今まで出会ってきたミュータントに、星縄の思惑があったという事の方がショックだった。

「……わたしが会った、ミュータントの中で、どれが、星縄さんの思惑で、会わされたの、ですか……?」

「実のところあまり多くないよ。ゴリラとラフレシアだけ。本当はもっと会わせたかったけど、君の周りには自然とミュータントが集まっていたからね。思いの外計画はスムーズに進んだよ」

「……そう、ですか」

 確かにあの二匹は、色々不自然な出会いだった。ゴリラは何故花中の前に現れたか分からないし、ラフレシアは星縄に誘われた『植物園』で出会っている。裏に星縄が暗躍していたとなれば、色々得心がいく。

 ……大半の子との出会いには星縄が拘わっていない点に、安堵しなかったといえば嘘になる。仮に星縄が裏で糸を引いていたとしても、その出会いの価値が変わる訳ではないのに。

「そうしてムスペルのミュータントとの遭遇により、君はようやく力を使えるようになった。花中ちゃんが使った力は、遠く離れていたボクにもひしひしと感じられたよ。だけど同時に、その覚醒が不完全である事も」

「だから、わたしを目覚めさせるために、今回の『芝居』を打った、のですか?」

「……そう。人を、この星を守るために、一刻も早く君には目覚めてほしかった。その力を高めれば、地球の奥深くに潜む『アレ』が何かをしても、対抗出来るかもしれないと考えたからだ」

「そのために、わたしを怒らせるために、あの避難所を、滅茶苦茶にしたのですか?」

「……そうだ」

 花中の問い掛けに、星縄は一つ一つ頷き、肯定する。

 質問が終わると沈黙が場を満たす。花中は空を仰ぎながら、大きく息を吐いた。

 星縄の目的は理解した。

 星縄が言うように、地核に潜む怪物は恐ろしいほどに強大だ。ちょっとした気紛れで人類を根絶やしに出来るだろうその存在感は、『神』と呼んでも差し支えない。なんらかの対抗手段を模索しようとするのは当然であり、時間があるか分からないなら強硬な手に出るのも頷ける。

 だけど。

 それでもたくさんの人の暮らしと、大切な友達を傷付けた事には変わりない。

「申し訳ない事をしたと思っている。だからボクの事を殺したいほど憎いのなら、好きなようにしてくれて構わない」

 一通りの話を終えた星縄は、全身から力を抜いた。感じ取れる気配からして、なんの守りも展開していない。

 花中がちょっと魔が差せば、それだけで今の星縄はバラバラになるだろう。

 星縄の言葉は、この場をやり過ごすための方便などではない。星縄は本心から、花中に殺されても良いと思っているようだ。

 だから花中は、息を吐いた。

 うっかりなんかで間違いを犯さぬように。

「……星縄さんのした事は、酷い事だと、思います」

「ああ、ボクもそう思う」

「だけど星縄さんが、本当に必死になって、悩んでいた事も、分かります」

「……………」

「だからわたしは、あなたを罰しません」

 自らの考えを告げるや、星縄は大きく目を見開いた。それから呆然としたように何度か口を空回りさせ、ややあってようやく声を絞り出す。

「ボクを、許すのかい?」

「許しません。まだ、許しません」

「まだ?」

「はい。だって星縄さん、わたしにしか謝っていないじゃ、ないですか。他にも、謝らないといけない人、たくさんいますよね?」

「……花中ちゃん……君は……」

「あと、地球がピンチの時に、一人だけ天国に行こうとするのはズルいです。のんびり隠居するなら、盾ぐらいには、なってください」

「……ぶ、ぶはははっ! ははっ! 確かに! 一人死に逃げるのはズルいか!」

 星縄は笑った。目に涙を浮かべ、ゲラゲラと、楽しそうに。

 花中も笑う。大切な人は、やっぱり笑ってくれている方が嬉しい。ましてやいなくなるなんて絶対に嫌だから。

 そう、誰かがいなくなるなんて嫌だ。

 地球の奥に何が居るのかなんて分からない。だけどそれが友達や家族を傷付けるのなら、なんとしても止めよう。例え相手が、どんなに強大でも。

 花中はそう心に誓いながら、星縄に向けて親愛の笑みを送るのだった。































「おんどりゃああああああああああっ!」

 なお、その笑みは唐突に聞こえてきた雄叫びに驚いて、引き攣ったものに変わってしまったが。

「え、がぶべっ!?」

 そして星縄が無様な呻き声を上げる。

 少女の姿をした『猫』の膝蹴りを、顔面に喰らったがために。

「み、ミィさん!? え、なん」

「お待たせ花中ぁ! なんか星縄がヤバい奴で花中を虐めに来たってフィアから聞いたよ!」

「え、あ、えと、それは」

【カナカサアアアンッ!】

 「その星縄さんは自分がやっつけました」とミィに答えようとする花中だったが、背後より聞こえてくる、自分の名を呼ぶ獣の雄叫びに驚いて声が詰まってしまう。

 ぞわぞわと背筋を震わせながら振り返ると、そこには魚面をした怪物……『身体』を戦闘向きに変形させたフィアが、こちら目指して突撃してくる姿が目に映った。

 あれだけ重傷だったのに、もう回復したのか? 野生生物の途方もない生命力の産物か、はたまた『大好きなもの』を守るための執念か。フィアならばどちらもあり得そうだ。

 怪物と化したフィアは花中の下まで来ると、しかし花中を呼んだ癖に一瞥もせず――――丸太のように巨大な腕を、顔面の痛みに藻掻き苦しんでいる星縄に向けて振り下ろす!

「ぼぐぇっ!? え、あ、待って!? 本気でま、ぶぎゃっ!? おぶえっ!? げぼぁっ!?」

 フィアに制止を求める星縄だったが、フィアは一切容赦しない。何度も何度も、星縄に巨大な拳を叩き付ける。ミィもフィアが繰り出す打撃の合間を縫って、星縄に強烈なキックをお見舞いしていた。

 ……恐らくフィアは花中と星縄が戦っている最中に、花中を助けるためミィに協力を求めたのだ。行方知れずのミィだが、フィアの嗅覚ならば簡単に見付け出せてもおかしくはない。ミィにとっても花中は友達であり、襲おうとする輩は許せないと思って助けに来てくれたのだろう。

 ならば当然、フィア達は花中と星縄の決着など見ていない。

 だとすればフィア達が、未だ星縄が自分を襲おうとしているという認識だとしてもおかしくない。花中が放った粒子ビームの輝きも、星縄の攻撃と思っている可能性もある。そしてフィア達の感覚の鋭さならば、粒子ビームの力がどれほど強大なものであるかも推測出来る筈だ。

 成程、フィア達からすれば二匹で協力し、本気で叩き潰さねば負けるという考えがある訳だ。実に合理的で、尚且つ正しい判断である……粒子ビームを撃ったのが星縄だというのと、星縄との戦いがまだ続いているという、二つの大きな勘違いさえなければ。

 基本星縄が模倣した能力は、コピー元である生物よりも出力的に大きく劣る。多種多様な力で戦術を練って、やっと自身と同等の体躯の生物に互角といったところ。そして体格的に下回る相手にはめっぽう強いが、上回る相手には悲しいぐらい通じない。見た目は小柄でも実体重が数十トンに達するミィは、星縄人間にとって相性最悪の相手なのだ。おまけにフィアまでミィの仲間に加われば、もう本当に勝ち目などない。

 全くの無傷であればなんとか逃げ果せる事も可能だったかも知れないが、今の星縄は花中によってズタボロにされている。怪我こそ治療したが、体力的にはほぼ底を付いた状態。このままでは星縄が死んでしまうかも知れない。というか間違いなく死ぬ。

「あ、ま、待って!? フィアちゃんも、ミィさんも、ほんと待って! 一回落ち着いてぇ!?」

 神にも等しい力を手にした花中は、友達二匹の暴走に右往左往するのであった。

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