地獄の魔物2
「何が起きているか全くさっぱり分かりませんね!」
豊満な胸を張り、自信たっぷりな笑みまで浮かべながらフィアはそう答えた。
とても爽やかな答えだった。嘘を吐こうとしている素振りどころか、自分の辿り着いた答えになんの疑念も持っていないのが窺い知れる。昔から自分に自信がなくて何時もおどおどしてしまう花中には、とても格好良く見える姿だ。降り注ぐ秋晴れの日差しを浴びてキラキラと輝く金髪が、その自慢げな顔を一層魅力的に引き立てる。
そしてこんなにも自信たっぷりに告げられた答えなのだ。異を唱える事自体が失礼に思える。
「そっかー、分からないんだねー」……花中の口から出てきたのは、納得を示す答え。フィアは花中の反応に満足げな笑みを返し、それ以上は何も言わない。
とことこ、とことこ。花中とフィアは仲良く歩く。今の時刻は十六時半過ぎ。秋を迎えて短くなった陽はかなり傾き、空がほんのり赤らむ。市街地の中を照らす太陽の輝きを浴びてぽかぽかしてきた身体の感覚に身を委ね、花中は柔らかな微笑みを浮かべた
「大桐さん、安心してる場合じゃないからね? 何も分かってないんだから」
最中に晴海からツッコミを入れられ、花中はようやく我に返った。空気に流されてしまったと分かり、花中は顔を赤くする。
今は学校からの帰り道。元気に遊び回る子供達の姿が見られる市街地の中を、花中はフィアと晴海と共に歩いていた。ちなみに加奈子は今日、用事があるとの事で一人早めに帰っている。彼女の親戚……勇の旅館が四ヶ月ほど前に『営業停止』となり、新生活を迎えるための手伝いをするそうだ。引っ越し先は加奈子曰く「ド田舎中のド田舎」。今頃彼女は電車に乗り、町から遠く離れたのどかな景色を堪能しているだろう。
そしてミリオンとミィは現在調査をするため遠出中。今日はこの町の中心付近を通る下水道に居る筈だ。フィアだけがその報告のために戻ってきていた……という訳ではなく、単に花中の登下校に付き添いたいだけ。自分のする事に恥など感じないフィアは臆面もなくそう語った。
そんなフィアは晴海からの指摘に眉一つ動かさず、肩を竦めるだけである。
「だって分からないものは分からないですもん。お手上げです。なーんの手掛かりもないからやる気も出ませんし」
「アンタねぇ……頼んでる側が言うのも難だけど、分からず終いじゃアンタにとっても都合が悪いって分かってんの?」
「んぁ? そうなんでしたっけ?」
「分かってないんかい!? 世界が終わるかもって話をなんで忘れられるのよ!」
「あ、あはは……」
自分達がしている『調査』の理由をすっかり忘れているフィアに、晴海はキレの良いツッコミを入れ、花中は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
フィア達に調べてもらっているのは、地下奥深くの状況。
具体的には、四ヶ月前フィア達が遭遇したという謎の『気配』の動向についてだ。加奈子の叔父が旅館を営んでいた町・喜田湯船町をマグマの海に沈めた元凶……正体不明の『生命体』。真意はこれっぽっちも分からないが、そいつは破局噴火を引き起こし、地上環境そのものを変えようとしていた。無論そいつから破局噴火を起こすと告げられた訳ではないが、フィア達が食い止める度、より大きな破局噴火を仕込んできたのだ。噴火を起こす事が目的なのか、ただの手段なのかは分からないが、そいつは噴火を起こしたがっていた筈である。
破局噴火が起きれば、地上に築かれた生態系は崩壊してしまうだろう。
だからこそミリオンもミィも協力してくれている。ミリオンからすれば人間が絶滅しては困るし、ミィからすれば猫達が絶滅の危機に陥るのは見逃せない。
唯一フィアだけが、世界が終わろうとも自分と花中が無事ならそれでOKという考え方だった。
「えっとね、要するに、放置すると大量絶滅が起きて、世界が、滅茶苦茶になっちゃうから、調べてほしいの」
「はぁ。そういえばなんかそんな話をしたようなしていなかったような」
「全く、世界が滅茶苦茶になるかも知れないのに、どーしてそれを忘れられるんだか」
「だって世界が滅茶苦茶になろうとあまり興味ないですもん。大昔にも破局噴火とやらは起きているみたいですが今も生物は存在しているでしょう? つまり普通の生き物でも問題なく生き残れる程度の災害という事じゃないですか。この私の力なら問題なく生き抜けます」
「ぐっ、ぬぬぬぬぬ……」
一切虚勢を感じさせないフィアの答えに、晴海は唸るような声を漏らす。晴海には否定出来ないのだ。フィアの力ならば、確かに破局噴火後の世界を生き残れるだろうから。とはいえ生き残れる事と、楽しい事は別問題だ。だからこそ理由を忘れてしまうぐらい無関心なフィアも、なんやかんや『調査』に協力してくれているのである。
ミリオンやミィも同じだ。自分だけが生き残る分には、破局噴火だろうが巨大隕石だろうが、彼女達からすれば大した困難ではない。だからもしかすると、モチベーションが上がりきっていないという事もあり得る。
しかしそれを差し引いても、人智を超える能力の持ち主である彼女達が四ヶ月近くも情報を得られないというのは……調査のやり方が良くないという可能性も、十分考えられるだろう。
そして一番有力な『原因』はすぐに思い至る事が出来た。
「……まぁ、ぶっちゃけ真下に居ないと、どんだけ真面目に探しても、見付けられないもんね。そいつ」
「そうなんですよねぇー……」
晴海の意見に花中はこくりと頷き、深々と項垂れる。
フィア達がしている調査方法は極めてシンプル。相手は地中奥深くに潜んでいるのだから、可能な限り地中深くを探知する……ただそれだけだ。
まずフィアが能力によって水を操り、地中深くまで浸透させる。そしてフィアは操作している水に伝わった振動や、音や光さえもキャッチして地上まで引き上げるのだ。これにより地中深くの様子を把握出来る。勿論フィアだけでは分析に限度があるが、そこにミリオンとミィが協力して多面的に調べれば、より多くの情報が得られるだろう。
しかしこの方法だと、真下しか調べられない。
フィアが『気配』を感じ取ったという深度七十キロ前後の深さとなれば、地球の何処でも大した違いはあるまい。故に喜多湯船町の地下に潜んでいた何かが別の地域に移動していたとしても、環境的にはなんの問題ないのだ。おまけに海や山のように移動を阻むものもない。もしかすると日本を離れ、朝鮮半島やオーストラリア大陸、北極海やアメリカ大陸に移動している可能性もある。
勿論これぐらいの可能性は調査時点である程度考えていた。それでも自分達の地域でも地震が頻発している事から、本体が存在せずとも何かしらの痕跡はあるのでは……と期待していたのだが。
「どうします花中さん。何か良い案とかありますか? やれと言われれば暇な時は調べますけど」
「うーん……」
花中は唸りながら考え込む。とりあえず調査を続けてもらうのは、確かに手の一つだろう。もしかすると明日には新発見が、という可能性はゼロではないのだから。
しかし限りなくゼロでもある。偶然に期待して何も手を打たないのは愚行と言う他あるまい。何か、新たな一手を打つ必要があるだろう。
考えろ。地中に潜む何かは、破局噴火というとんでもない大災厄を起こそうとしていたのだ。何処かに、なんらかの痕跡は残っているに違いない。
何処に、どんなものが残り得るのか。花中は考える。あらゆる知識を動員し、思考をフル回転させて、小さなヒントを見付けようとする。
――――そうして考え込んでいくと、妙に頭が冴えるような感覚に見舞われた。
言葉になっていない何かが溢れ、頭の中を水のようにするすると駆け巡る。流れ出した感覚はぽつぽつと芽吹くように『考え』を生み出した。その『考え』は段々と大きくなり、理解という名の果実を付けようとする。
そして、
「……うく」
不意に襲われた『痛み』に、花中は呻き声を漏らした。
やってきたのは強く、鈍い痛み。花中は足を止め、その場で膝を折り蹲ってしまう。しかし頭の痛みは治まるどころか一層強くなり、苦しさのあまり両手でこめかみの辺りを押さえずにはいられなかった。
「花中さん? 大丈夫ですか?」
「え? ちょ、大桐さん!? 大丈夫!?」
花中が足を止めた事に、フィアが真っ先に気付く。続いて晴海も気付き、晴海の方は大慌てで花中の下へと駆け寄った。フィアはマイペースな歩みで、晴海より遅れて花中に寄り添う。
花中は痛みを堪えながら顔を上げ、大丈夫だと伝えるため笑ってみる。が、上手く出来ず引き攣ったものになってしまった。
「……すみません。ちょっと、考え過ぎて、しまったようで……」
「考え過ぎたって……」
「なんか花中さん最近よく頭痛を覚えていますよね。体調が良くないのですか?」
「そういう訳じゃ、ないけど……」
フィアからの問いに、言葉を濁らせながらも花中はそう答える。
実際、体調は悪くない。むしろすこぶる良いぐらいだ。数ヶ月前までなら歩きでも疲れてしまう距離を、何時もならすぐへとへとになってしまうぐらい重たい荷物を持って、平然と踏破出来る。今になってようやく体力が……と思いたいところだが、特段トレーニングもしていないのに筋肉が付いても、なんというかピンとこない。
加えて頭痛が酷くなるのは、決まって深く考え込んだ時だ。しかも途中までは、かなり好調に思考を巡らせられる。あるところを境にして、爽やかな思考が一気に反転するような感覚。こんな変な頭痛は聞いた事がない。
自分の身体は、何か妙な事になっているのだろうか?
「(……まぁ、調子は良いし、別にいっかなぁ)」
過去の花中なら不安でぶるりと震えただろうが、しかし今の花中はあっけらかんとしていた。フィア達の能天気が移ったのかも知れない。
加えて考え過ぎない範囲でなら、むしろ頭の調子も良いぐらいなのだ。なら、出来るだけ有意義に使うべきだろう。今の『地球生命』に頭痛で悩んでいる余裕などないのだ。
「……うん、大丈夫。もう、頭の痛みは、引いたから」
「そうですか? あまり無理はしないでくださいね花中さんは顰め面より笑顔の方が可愛いのですから」
「可愛いかどうかが判断基準かい……まぁ、あたしも笑顔が可愛い事には同意するけどね」
回復を証明するべく立ち上がる花中に、フィアは大変自分本位な意見で励ます。晴海もこれに少しは同意し、可愛いと言われた花中は顔を赤くした。
ぷるぷると顔を左右に振り、花中は頬に溜まった熱を追い払う。頭の痛みはすっかり良くなった。勿論また深く考え込めば頭痛に見舞われるだろうが、加減すれば問題はない。今度こそ、地中に潜むナニモノかを探るためのヒントを考えようとした
直後の事だった。
大地が、唐突に揺れ始めたのは。
「ふぇ? にゃ、ぴゃっ!?」
「おっと危ない」
「おわっ、とっとっ!?」
揺れに足を取られ転びかけた花中を、フィアが素早く抱き止める。花中はそのままフィアにしがみつき、晴海もよろめきながらフィアの側まで近付き、フィアの『服』の裾を掴んだ。
地震だ。それも中々大きなもの。朝の教室で起きたものより、ずっと激しい揺れである。電柱や街路樹がぎしぎしと不気味な音を立て、家々の塀が目に見えて揺れていた。家々からも身の毛のよだつ音が鳴り、時折パリンッという音が聞こえてくる。
震度六弱はあるだろうか。とても大きな地震だ。この辺りの地域では、少なくともここ最近は起きた事がない規模である。電線が切れたり、道路が陥没するという被害もあり得るだろう。それらに巻き込まれれば人間なんて簡単に死んでしまうが、しかし花中と晴海の傍にはフィアが居る。彼女ならば、電線が直撃しようが建物が雪崩のように崩れてこようがへっちゃらだ。花中は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる事にした。
……落ち着かせて、ふと思う。
この地震、何時まで続くのだろう?
「ね、ねぇ、大桐さん!? なんか、こ、この地震、全然止む気配がないんだけど!?」
悲鳴のように叫びながら、晴海が今自分達の身に起きている事を言葉にした。
地震というのは、地中奥深くにある断層がズレる事で起きる事象だ。そのため断層の規模が大きくなり、ゆっくりと破壊が進行すれば、その継続時間は長くなる。しかしそれでも通常の地震なら、十数秒~三分に満たない程度でしかない。
だが、花中達を今襲っている地震は、何かがおかしい。
一分ぐらい過ぎても揺れは収まらない。二分経っても弱まるどころか強くなるばかり。三分近く経てども治まる気配がまるでない。
地震は、何時までも終わらない。いや、それどころか際限なく強くなっている!
「お、おかしいでしょこれ!? なん、なんな、なん……!?」
揺れはあまりに強く、晴海は声すらまともに出せなくなっていた。いや、この状態で喋ると舌を噛んでしまいかねない。花中はぐっと口を閉ざし、晴海に喋らないよう無言で訴える。
晴海が花中の視線に気付き、強く口を閉ざして揺れに耐えようとした。この間も大地の揺れは収まらない。地響きが町を満たし、あらゆるものが激しく揺さぶられている。電柱が伐採された樹木のような音を立てて倒れ、家々が浮かび上がっては崩れ落ちていく。街路樹も耐えかねたように倒れ、道路がぐにゃりと曲がって弾けるように砕けた。
最早地震なんて規模ではない。ついに地震兵器が完成しただとか、水爆を立て続けに落とされてるだとか、そんな『滅茶苦茶』な説明ですら納得出来そうなぐらいおかしな事態が起きている。頭が痛くなるほど考え込むどころか、周りを見渡す余裕すらない有り様だ。こうなると花中にはもう何が起きているのかさっぱり分からない。
けれどもフィアなら。
彼女ならこの状況下でも冷静な筈だ。こんな揺れ、フィアにとってはなんの脅威にもならないのだから。だから花中は身体の自由すら奪うほどの揺れに耐えながら必死に顔を上げ、何が起きているか訊くべくフィアの顔を見遣った。
瞬間、ぞわりとした悪寒を花中の身体は覚える。
フィアは彼方を眺めていた。それはなんの問題もないし、むしろそうであってほしいぐらいだ。彼女が何処かを見ているという事は、その視線の先で何かが起きているという確かな証なのだから。
しかしその顔が、引き攣っているのはどうしてなのか。
どんな相手にも不遜な態度を崩さず、己の力に揺るぎない自信を持つ彼女が表情を強張らせる……ただそれだけで、花中は今この地でどれだけ恐ろしい事が起きたのかを察した。
とはいえ察しただけで実感は湧いていない。故に花中は無意識にフィアの視線を追う。
フィアが見ていたのは、地平線のずっと先。西日になった太陽があるのとは逆の方角なのだが、しかしどういう訳かその先の景色はうっすらと赤らんでいて
「――――ひっ」
花中は、思わず悲鳴を漏らした。
何かが見えた訳ではない。音だって今は地震の地響きしか聞こえない有り様だし、フィアが何かを教えてくれてもいない。
だけど、花中は確かに感じ取る。
『何か』がいる。そう何か……とんでもない存在感を発する何かが……
得体の知れない感覚に花中は顔を青くし、全身が震え始めた。丁度そんなタイミングで、ようやく地震の揺れが鎮まり始める。その鎮まり方は酷くゆっくりなもので、完全に治まるまで更に数分ほどの時間を有したが、兎に角地面の揺れは終わった。
しかし未だ地平線の彼方にある気配は消えていない。花中の身体の震えは止まらず、冷や汗がだらだらと流れた。
「お、大桐さん、大丈夫? その、顔色が酷いけど」
あまりにも怯え方が酷いからか、晴海が声を掛けてきてくれた。背中を擦り、こちらを気遣ってくれる。その優しさはとても嬉しいが、しかし甘えているような余裕すら今の花中にはない。
「あ、ぅ……あ、あそ、こ……」
花中は震えながら地平線の先を指差す。あそこに、何か恐ろしいものがいると伝えるために。
「……えっと、あそこに何があるの?」
ところが晴海はキョトンとするだけ。
もしかして何も感じていないのか? いや、鈍感な自分にも感じ取れたのだ。晴海に分からぬ筈がない……花中はそう思い、今度こそちゃんと伝えるべく、正確に『何か』の場所を指し示そうとする。
「……あれ?」
が、分からない。
気持ちが晴海の方へと向いた瞬間、『何か』の存在感が感じられなくなってしまった。何処かに移動したのかとも思ったが、フィアは今も先程までと同じ場所を見つめている。ならばフィアが感じ取ったものは未だ動いていないのだろう。
だとしたら、先程の感覚は自分の勘違いか。
いや、間違いなくそうだ。思えば『何か』の気配なんて、達人ならまだしも一般人の中ですら鈍感な自分に感じ取れる筈もない。フィアの見ている方角に『何か』が居るという確信と、恐ろしい大きさの地震による恐怖から、ちょっとした錯覚を覚えてしまったのだろう。
「あ、ご、ごめんなさい。わたし、何か勘違い、していたみたいです」
「そうなの? それなら、良いけど……フィアはどうなの?」
花中の感じたものが錯覚であると納得した晴海は、次いでフィアに尋ねる。
晴海も分かっているのだ。花中の恐怖は勘違いでも、フィアの『感覚』は確かなものであると。
フィアは答えない。口をぎゅっと閉ざし、警戒心を露わにするだけ。しばらくそのまま無言を貫いていたが、やがて何も言わずに花中を抱き寄せ、腕に力を込めてきた。なんだろうと花中が思った瞬間、フィアの『身体』が僅かに強張ったような気がして
「はぁーい、さかなちゃんストーップ。一旦止まりましょうねぇ」
不意に、虚空から声が聞こえてきた。
その言葉で花中は気付いた。フィアは逃げようとしていたのだ――――花中の大事な友達である晴海を置いて、この場から。
そしてそれを花中よりも先に察知し、声を掛ける事で止めたのが
「ミリオンさん!」
下水道内部で地下の調査を続けている筈の、ミリオンだった。
ミリオンは空からふわりと舞い降り、軽やかに着地する。呼び止められたフィアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ミリオンを鋭い眼差しで睨み付けた。
「あなたですか。何故止めるのです? いずれボコボコにするとしても今は一旦距離を取るべきだと思うのですが」
「そこまで急がなくても良いでしょ。少なくとも立花ちゃんを置いていくほど、切羽詰まった状況じゃないと思うけど」
「えっ。あたし放置されるところだったの?」
「私が止めなかったら、そうなってたでしょうね」
ミリオンがあっけらかんとバラし、晴海はフィアをジト目で睨む。尤も人間の小娘に睨まれた程度でフィアが怯む訳もない……抱き寄せられている花中は違うが。
申し訳なさからフィアに代わって謝ろうとする花中だったが、その気持ちは側面より聞こえたズドンッ! という爆音が吹き飛ばす。爆音に混ざり、何か硬いものが崩れる音も聞こえた。
驚きから飛び跳ねてしまった花中は無意識に音がした方へと振り返れば……見知らぬ誰かの家の塀が瓦礫となっていて、その上に立つミィの姿があった。
「あちゃー、着地失敗……まぁ、いっか」
ミィは頭をポリポリと掻きながら独りごち、しかしそこまで気にした素振りもなく自らの失敗を流す。
どうやら着地する場所を見誤ったらしい。超音速すら見切る動体視力を誇るミィだが着地場所を謝るとは、余程急いで来たのであろう。
「ちょ!? アンタ人の家の塀壊して……!」
とはいえだから被害を見逃すというのは、ごく一般的な女子高生である晴海には出来ない事。晴海は感情的に叫びながらミィを問い詰める。下手な言い訳は晴海の感情をますます強めるだけだろう。
「あ、今それどころじゃないよ。めっちゃヤバい。出来ればさっさと逃げた方が良いぐらい……何処に逃げりゃ良いのかは分かんないけどね」
されどミィから淡々と告げられた言葉は、一瞬で晴海の口を閉じさせた。
晴海はちらりと花中の方を見て、花中も晴海の方を見る。目を合わせた二人は、ぐるりと辺りを見回す。
自分達の周りに立つ、三匹の人外。
彼女達の誰もが同じ方角を見ていた。笑み一つ浮かべず……否、浮かべる余裕がないほど真剣に。
ごくりと、花中は自然と息を飲んでいた。晴海は花中の下へと歩み寄り、不安そうに花中の手を握る。花中は晴海の手を優しく握り返し、晴海はその手を更に強く握ってきた。
花中は薄々勘付いている。
同時にこれはまだ想像だ。ほんの少し、ほんの少しだけだが、否定される可能性はゼロではない。だから確かめる必要がある。現実を正しく認識しなければ、これから起きる事に対して正しい対処が出来なくなってしまうのだから。
そしてもしも花中の想像通りなら、正しく対処しなければ――――人類は終わり。
「……フィアちゃん、何が、起きてるの?」
花中は勇気を振り絞り、親友に尋ねる。
フィアはすぐには答えてくれなかった。しかしそれは花中の気持ちを気遣って、ではない。『あっち』に意識の殆どを傾けていて、花中への反応が遅れただけ。
しばらくしてフィアは淡々とした無感情な声で、故に一切偽りがないと分かる言葉を告げるのだ。
「ついに出てきたようです。四ヶ月前我々の足下に陣取っていた化け物が」
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