異種族帝国5

 街灯の明かりに照らされる夜八時半を迎えた公園のベンチに、女子高生が一人座っている。

 女子高生といっても、制服が高校のものだからそうだと分かるだけ。背格好は完全に中学生、いや、小学生高学年程度でしかない。気温もマイナスに突入する中コートすら着ていないという身形は、最早自殺行為と呼んでも差し支えないだろう。

 訳ありだと察するのは容易。家出か、素行不良か、或いは家庭的な不幸でもあったか。

 なんにせよ、『なんらかの事情がありそうな女の子』だと思うには十分な風貌。

「はぁぁぁ……せめて家に帰って、私服に着替えたい」

 そうした他人の視線を人一倍気にする性格である女子高生こと、大桐花中は大きなため息を吐いた。

「我慢なさい。あの町、もう完全にあのちびっ子軍団に支配されているんだから」

 花中の漏らした独り言に反応したのは、虚空に溶け込んでいたミリオン。周囲に散っていた個体が集結し、花中にも見える『身体』を形作った。

 花中はちらりとミリオンを横目に見て、それからもう一度大きなため息を漏らす。

「はい、分かってます……ちょっと、言ってみただけです」

「分かってるなら結構。とはいえ、これからどうしたもんかしらねぇ」

 ぽつりとミリオンは悩ましげにぼやき、花中は同意するように頷く。

 花中達が巨大円盤と幼女もどきの軍団から逃げ出してから、既に八時間ほどの時が流れている。

 今、花中は故郷の町から離れている状況だ。しかしその位置は、隣町なんてものではない……地元から県を二つも跨いでしまった。距離にして約百三十キロは移動しただろうか。

 ここまで離れた理由はただ一つ――――現代文明の機能が残っている町を探していたら、こんなにも遠くまで来てしまっただけだ。

 半径百二十キロ。

 それが巨大円盤が放った光の影響範囲である。円盤の高度が高かったため、それだけ広範囲に光が行き渡ったようだ。おまけに光の効力はコンクリートなどの遮蔽物をお構いなしに貫通するようで、フィアの能力で完全な遮光状態にあった花中以外に難を逃れた人はいない。そのため影響範囲内に居た全ての人の頭が幼児化し、結果日本の首都圏からケンカはなくなっていた。恐らく日本という国が成立して以来、今は最も平和な状態だろう。

 ……ついでとばかりに国会議員達と、日本の象徴である天皇の一族と、首都に本社を置いている大企業の経営者が巻き込まれた事に目を瞑れば。

 政府中枢が沈黙。皇室及び宮内庁も沈黙。派生して警察や自衛隊などの治安維持関係の組織も沈黙。大企業の本社も沈黙。これでクーデターや暴動が起きないのは、日本の治安が安定しているからでしかない。その安定した治安も警察などが沈黙した今、何時までも続くものではないだろう。

 このままでは間違いなくこの国は滅びる。一刻も早く幼女もどき達と対話し、被害者達の知性を元に戻してもらわなければならない。

 そしてその役目を果たせるのは、数々のミュータントと対話してきた自分だけ。

 そう、思っていた。今でも思っている。

 だけど……

「もしかして、まだあの時の失敗を悩んでる?」

 考え込んでいると、ふとミリオンから指摘の言葉が飛んできた。びくりと花中は身体を震わせ、思わず苦笑い。図星だった。

 花中は幼女もどき達との交渉に失敗した。彼女達が最も触れてほしくない『お母様』の名を出し、激しく怒らせてしまったのだ。あまつさえどうすれば彼女達の怒りを収められるのか、その道筋すら未だ立っていない。

 これでミュータントとの交渉なら任せろなどと、どうして大口を叩けるのか。

「……他の人なら、上手くやれたとは、思いません」

「そりゃそうよね。相手は集団。誰だって集団を相手するなら、代表との話し合いを要求する。勿論、最初は末端から懐柔なんて手もあるでしょうけど、最終的には幹部との接触を求めるわよね」

「はい。それでも、やっぱり引き金を引いたのは、自分ですから」

「ほんと、人間ってのは自責の念が強いわねぇ。あの人と一緒に暮らしていた時から疑問だったし、今でもよく分からないところね。回避不能の出来事を悩むなんて、非効率この上ないわ」

 花中の悩みを非効率の一言で片付けるミリオン。あまりにもあっさりした感想に、花中も少し心が軽くなる。

「あと、そのアフロヘアーでシリアスやっても、シュールギャグにしかならないわよ」

 ただ、最後のこの一言は受け入れ難いものだったが。

「……この髪型は、わたしがやった訳じゃ、ないですし」

「それは勿論分かってるけど、でもねぇ?」

「むぅー……こっちは真剣なのに……」

「真剣でもねぇ」

 ぽよんぽよん。花中の白銀アフロヘアーに手を乗せ、弾力を楽しむようにミリオンは触れてくる。

「ま、確かにこれからの事は真面目に考えないといけないわね。このままじゃ日本が滅びちゃうし」

 ぽよんぽよんぽよん。

「対話のための糸口を掴むためにも、まずは相手と打ち解ける方法探しかしら」

 ぽよんぽよんぽよんぽよん。

「甘いものが好物みたいだし、案外ある程度貢ぎ物をしたら仲間と認めてくれるかも……ぷくくく」

 ぽよんぽよんぽよんぽよんぽよん。

「むぁーっ! わたしの髪で、遊ばないでくださいっ!」

「えー、楽しいのに」

 止める気配のない髪の毛ぽよんぽよん攻撃に、ついに花中は怒りを爆発させた。ミリオンは軽々と飛び退き、まるで反省していないおどけた笑みを見せる。

 その笑みがあまりにも無邪気だったから。

 悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきて、花中はつい吹き出してしまった。ミリオンもくすくすと笑う。深夜の公園に、少女達の明るい笑い声が木霊した。

 ――――そしてその笑い声に混ざるように小さな地鳴りもしていたのだが、すっかり楽しくなっていた花中は気付かない。

 故に正面一メートルほど先の地面がぼこりと盛り上がった瞬間を目の当たりにして、花中はベンチから跳び上がってしまった。なんだなんだと戸惑う花中だが、地面の盛り上がりは花中の驚きなど構わずどんどん大きくなり、

「ただいま帰りましたー」

 やがて金髪碧眼の美少女フィアが、地面から顔を出した。

 フィアの顔を見て、花中は身体の震えが収まり、安堵の息を吐く。異常の正体がフィアだった、というのも勿論あるが……何より、友達が無事に戻ってきた事に安堵した。

 何しろフィアは『潜入任務』を行っていたのだから。

「あ、フィアちゃん……おかえり」

「おかえり。で、どうだった?」

「いやーやっぱり駄目ですね」

 ミリオンからの問いに、フィアは肩を竦めて降参と言わんばかりの口調で答えた。よっこらしょ、と言いながらフィアは地面から這い出し、花中に背後からぴたりと抱き付いてくる。ちょっと土臭い友達を、花中もぎゅっと抱き締めた。

 フィアが潜入していた場所。それは幼女もどき達に占領された、花中の地元である町だ。

 幼女もどき達は、どうやら花中達を危険因子として記憶したらしい。花中達が町に入ろうとすると、即座に攻撃してくるようになったのである。しかもその攻撃は町に入り、幼女もどきと出会ったタイミング。円盤直下から約五十キロ以内に侵入しようとした瞬間、町にそびえる無数の塔からレーザー光線が放たれるのだ。フィアの力ならば易々と弾ける程度の威力しかないものの、五十キロという距離から考えればレーザーは『牽制』である筈。本気の交戦となれば、牽制レーザーの比ではない攻撃が来るだろう。

 花中としては戦って幼女もどき達を黙らせたい訳ではない。彼女達が『お母様』と呼ぶ代表的存在と対話し、この事態を解決したいだけ。戦わずに済むならそうしたいし、戦うにしてもそうしないといけないという理由が欲しいのである。

 だからなんとしても、彼女達の『お母様』と接触したい。多少強引で不躾な方法になったとしても、だ。

 故に花中は、フィアに大型円盤に近付く方法を模索してもらっていたのだが……

「えと、フィアちゃん。具体的に、どうダメだった、の?」

「言われた事は一通りやりましたけど全部です。アイツ等全然違う姿になっても瞬時に見抜いてきますし適当な顔にしたり小田さん達の顔にしたり動物に化けたりあの虫けら共に化けたりしてみましたがどれも効果なしですよ。すぐに見破ってきます」

「えと、臭い、とかは?」

「そっちは割と効果ありでしたけど長持ちしませんね。十分ぐらいが限度かと」

「十分……その間に、例えば大きな円盤に、乗り込むとか、出来そう?」

「無理です。いくら臭いで誤魔化してもアイツ等の作ったものを壊そうとするとその瞬間に襲い掛かってきます。一度やってみましたがほんと一瞬で町中からやってきますよ。そもそもアイツ等の発明品はどれも滅茶苦茶硬いです。円盤が同じかそれ以上の硬さだとすればこの私が本気を出しても侵入するには五分ぐらい必要かと。ああこの五分というのは邪魔がなければの話ですので実際は何倍も掛かると思いますよ?」

「そっか……」

 フィアからの報告に、花中は小さく俯く。

 幼女もどき達は、視覚以外のなんらかの方法で個人を識別している。新たな情報が得られた事は素直に喜びたいが、相手側のセキュリティ体制が万全である事を突き付けられたショックの方が大きかった。

 臭いでも長時間誤魔化しきれない辺り、複合的な方法で敵性存在を識別しているのだろうか。案外シンプルにマーキングでもしているのかも知れない。無論、人類には検知出来ない方法であるが。

 幼女もどき達は余程他者と『お母様』を会わせたくないらしい。人類には想像も出来ないほど、強固な意思で。

「……お母様って、何者なんだろう」

 ぽつりと、花中は疑問を言葉にする。

 文字通り幼女もどき達の母親だとしたら、幼女もどき達の反応が過敏に思えた。どうして幼女もどき達は、部外者を母親に会わせる事すら嫌がるのか? これが『お母様』に指示を求めた結果ならばまだしも、幼女もどき達はほぼ独断でこの方針を ― しかも仲間内で意見の相違がほぼないまま ― 決めていたように見える。そこまでして他人に会わせたくない『お母様』というのは、本当に彼女達の母親なのか?

 大体、幼女もどき達の正体はなんだというのか。

 ミュータントへの対処方法が分からなくなった時、その正体こそが状況打開のヒントとなる事は多々あった。今回もそうなるとは限らないし、もっと言うなら幼女もどき達がミュータントであるかも確かではない ― もしかしたら本当に宇宙人という可能性だってゼロではないのだ ― が……考えなければ何も変わらない。どうせ今は何も分からず、何をしたら良いかも不明なのだから、考え込んで損はない。

 花中はこれまでに見てきた幼女もどき達の情報から、その正体を探ってみる。

 幼女もどき達の能力については、今更考えるまでもない。『超科学力』……人類の頭脳では理解も真似も出来ない、摩訶不思議なインチキテクノロジーを生み出す事だ。ミュータントの能力は、ミュータント化する前の生態に関係しているものが多い。高度な技術力を有する幼女もどき達は、ミュータント化する前から何かしらの『建設』技術を有していたのだろう。とはいえ何かしらのものを建てる生物なんてものは、実のところ案外有り触れている。パッと思い付くだけで蟻塚を作るシロアリ、巣を作る鳥達、ダムを建設するビーバー……高度な科学力という面だけでは、種を特定するのは難しい。

 ジュースと肉類が好物というのも、ヒントになりそうでイマイチだ。糖質も肉もエネルギー源として優秀なため、雑食性の動物は大概どちらも好物である。犬猫も甘いものは好物らしいので、純粋な肉食動物でもジュースは好むかも知れない。食性から種を絞り込むのも難しそうだ。

 社会性があるのも、果たして何処まで信じて良いのか。例えばフィアはフナであり、社会性など微塵も持っていないが、こうして大好きな花中と何時も一緒にいる。人間並の知能を有した彼女達は、時として種の性質を乗り越えるのだ。社会性を持たなくても集団を作り、皆で一つの『作品』を作り上げる事も、或いは可能かも知れない。

 疑い出すときりがない。もっと視線を変えるべきではないだろうか――――などと考え、花中は一層思考を巡らせようとした時だった。

「……あらあら、これは大変ね」

 不意に、ミリオンが暢気な声で独りごちたのは。

「? えと、何かあったのですか?」

「ええ。情報収集のために、とあるご家庭のテレビを見ていたんだけどね。中々面白い光景が映っていたわ」

 尋ねると、ミリオンはそのように答えた。ミリオンは群体だ。身体を構成する個体を分散させれば、遠くの情報も容易く入手出来る。今もそうした活動をしていたのだ。

 問題は、彼女が何を見たのか。

 ミリオンの語る『面白い』という言葉が、その文面通りの意味合いという事はないだろう。

「……何が、起きてるんですか」

 尋ねると、ミリオンが指し示したのは頭上。花中が示された方を見れば、そこには満点の星空が広がっていた。そして幾つかの流れ星が空を駆けていて――――

 否、違う。

 流れ星ではない。何か、ものが空を駆けているのだ。恐らく飛んでいる高度は飛行機とかと同じぐらい。しかし流星と見紛うほどの超高速を誇り、花中達の頭上を一瞬で越えていく。

 そんな塔の後ろには小さな円盤が幾つも追随し、大編隊を形成していた。何百? 何千? あまりに多過ぎて数えきれない。円盤もまた塔と同じく、流星染みた速さで飛行している。

 それらが幼女もどき達の『兵器』なのは明らかだった。

 しかしおかしい。あれらは一体何処に向かって飛んでいるのか。もしも自分達の存在を感知して迎撃に出たのなら、こちらの頭上を通り過ぎる筈がない。五十キロも離れた侵入者さえも察知する彼女達の索敵能力を思えば、地上でぼんやりしている自分達を見落とすとは考え難いからだ。

 恐らくあの飛行物体達には何か、別の目的があるに違いない。

「み、ミリオンさん!? これは……」

「テレビでやってたわ。色んな国が日本の円盤騒動に対し正式なコメントを発表したの。大半はこんな感じの内容よ……彼等のした事は遺憾だが、解決は平和的に行われるべきだ。我が国には対話の準備がある。だから代表者同士で直接会って話そう、てね」

「……えっ」

 訊けばミリオンはすぐに答えてくれた。答えられた内容を花中はよく頭の中で噛み砕き、飲み込み、理解するのと共に顔を青くする。腰が抜け、座っているベンチからずり落ちそうになった。

 各国政府は、恐らく今になってようやく日本の惨状と原因を知ったのだろう。日本は世界に対し、それなりに強い影響力を持つ国家だ。その日本の首都を『攻撃』した『円盤人』に対し何かしらの声明を出すのは、一国の政府として当然の反応と言えよう。

 問題は、何を語るべきか。

 先進国の首都機能を一瞬で黙らせた、圧倒的科学力を誇る相手である。下手に強硬な意見を言って今度は自国が目標になれば、どう考えても勝ち目はない。かといって卑屈になれば、自国民の反発に遭いかねない。国際社会の目だってある。

 必然、コメントは穏便で当たり障りのないものになるだろう。そう、無益な争いは避けて歴史的な会談をしよう、とかの。

 しかしそれは幼女もどき達にとってのNGワード。『お母様』に会わせてほしい……個人がこれを述べただけで、彼女達は激烈な攻撃を行ってきた。花中達は幼女もどき達のテリトリーである半径五十キロより離れる事で難を逃れたが、未だ彼女達は花中達を許していない。見付け次第攻撃し、排除しようとしてくる。恐らく永遠に許さないだろう。たった一言だけで、それほどの敵意を買ったのだ。

 もしも個人よりもずっと大きく、ミサイルなどの遠距離攻撃能力がある国家が、『お母様』は外に出て来い、こちらのテリトリーで話し合おうなんて言えばどうなるか。

 幼女もどき達の答えは、危険因子の排除だった訳だ。

 彼女達は社会性を有している可能性が高い。ならば人間が持つ国家の概念のみならず、大統領などの政治的トップの概念も理解しているかも知れない。いや、むしろ社会性があるからこそ、個人よりも『社会』の方を警戒している可能性もある。政治的トップが『敵対的』な発言をしたならば、『社会』そのものを敵だと判断して攻撃しようとするだろう。例えその『社会』が、自分達から何万キロ離れていようとも。

「いやー、これは本当にヤバいわね。マジで宇宙戦争染みて来たわ。あ、スマホ貸してくれる? 現地のSNS、ちょっと見てみたいから」

「あ、は、はい……」

 言われるがまま、花中はスマホをミリオンに渡す。ミリオンは慣れた手付きでスマホのロックを解除し、すいすいと操作してネット上の情報を集めていく。

「……ざっと集めただけでも、イギリス、フランス、ドイツ、インド、中国、韓国、カナダ、アメリカが攻撃されてるわね。軍事基地に塔が撃ち込まれ、レーザーであらゆる兵器が焼き払われてるみたい。的確に攻撃能力を奪ってるわね」

「れ、レーザーで……!?」

「一応銃火器による反撃が行われたけど、塔には傷一つ付いていないそうよ。あとミサイル系は発射前に全システムがダウンしたとか。ま、そりゃ撃たせない方が楽でしょうね。仮に命中したところで、ただのミサイルどころか水爆すら効きゃしないだろうけど」

「ぎ、犠牲者は……」

「さて、どうかしら。人が死んだ系の書き込みはあるけど、思ったよりも少ないわね。拡散希望とか、なーんかデマ臭い書き込みばかりで、何処が発表したっていうソースは載ってないし。案外、怪我人ぐらいで済んでるかもね」

 ミリオンの答えに、花中は僅かながら希望を抱く。幼女もどき達の目的はあくまで『お母様』の安全確保なのだろう。わざわざレーザーで攻撃しているのが、その証とも受け取れる。もしも敵性存在の完全排除なら、気候コントロール装置で凍らせるなり焼くなりする方が早いし簡単なのだから。それに幼女もどき達は人間が与えるジュースや肉を好んでいた。人間を殺したら、それらをもらえなくなってしまう事ぐらいは分かっているのかも知れない。

 だが、安堵をするには早い。

 恐らく政府、いや、人間達は何故幼女もどき達が怒ったのか分かっていない。何しろ状況的には、対話の意思を伝えたらいきなり攻撃されたようなものなのだから。大多数の人間には、異星人の侵攻が始まったとしか受け取れない筈だ。

 こうなれば、未だ標的にされていない国も何かを言わない訳にはいかない。まさか『無視』すれば済むなんて、誰も思わないのだから。そして各国政府が選べるコメントは二つ。和平のため意思を示すか、生存のため意思を示すか。

 どちらを言っても最悪だ。発言した瞬間、幼女もどき達のターゲットとなりかねない。彼女達の攻撃は更なる誤解を招き、あらゆる国が次々とコメントするだろう。何回もやるうちに、どの発言が怒りを買っているか分かるかも知れないが……その時にはもう、人間社会は壊滅している。

 武力を喪失した現代人類など、動物園の猿よりも貧弱だ。昨今頻出している怪物どころか自然災害、イノシシや鹿などの一般的な動物すら脅威となるだろう。原始人は自然界に適応していたのだから絶滅まではいかないにしても、現在の七十億なんて人口は維持出来ない。いや、人間自らが破壊してきた自然に、果たしてどれだけの人口を養う力が残っているのか……

 ただ一個の『群れ』。

 その群れの感情を逆撫でしただけで、人類は終わろうとしている。これがミュータントの、フィア達の力なのだ。ほんの小さな気紛れで滅びが始まり、訳も分からぬまま終わらされる。万物の霊長を自称しておきながら、なんと惨めで間抜けな最期なのか――――諦めの感情が、花中の中にふつふつと湧いてきた。

 しかし、どうにかではあるが花中の心は踏み留まる。

 まだ諦めるには早い。いや、ここで諦めたら本当に終わりなのだ。犠牲者も出ていない可能性があるし、軍事兵器の被害も致命的なものとなる前かも知れない。ならば今すぐにでも解決出来れば、まだ取り返しが付く筈。

 そう、今から『お母様』と対話が出来れば……

「(……そもそも、なんで『お母様』との対話をそんなに嫌がるの?)」

 諦めを耐え凌いだ花中の脳裏に、ふと一つの考えが過ぎる。

 いくらなんでも、反応が過敏過ぎないか?

 彼女達はミュータントだと思われる。だから知能は人間に比類する水準まで高まり、事実 ― 結論は誤っていたが ― 人間が喜びそうなプレゼントを渡そうとするだけの思考力を有していた。そんな彼女達に「話し合いをしよう」という言葉の意味が分からないとは思えない。

 だとすると、あの反応は思考とは別、本能に依るものかも知れない。

 根拠はある……フィアだ。彼女は自らの頭上にあるものを本能的に察知し、誰よりも早くその危険に気付ける。されど大半のフナは、高高度爆撃を察知したり、ましてや『神の杖』を避けたりは出来まい。あくまで程度の話だ。

 幼女もどき達も同様なのかも知れない。元々家族への接触に敏感な性質があったが、それがミュータント化によって強化されたのだとすれば――――その性質から、種を特定出来る筈。

 花中は考える。己の知識を、経験を総動員し、あらゆる可能性を考慮する。人類の未来が、自分の小さな頭の中身に掛かっているというプレッシャーと戦いながら。

 人智を超える超生命体に、花中なりに抗おうとしていた。

「全く忌々しい虫けらです。別段恐怖心などありませんが頭の上を悠々と通り過ぎていくのは不愉快極まりない」

「随分苛立ってるわね。何時もなら面倒臭がって無視するのに」

「虫けら風情がこの私の頭上を悠々と通る事が腹立たしいのです。身の程を知れという事ですよ。それを言うならあなたこそ何時もなら面倒臭がって動かないと思うのですが」

「日本が潰れるだけなら、別に何もしないわよ。でも文明崩壊、その結果世界人口を大きく減らされるのは、今後のリスク管理的にちょっとねー。ま、そこ含めて話し合えれば良いかなーなんて」

 ……友達二匹は暢気に話をしていて、その所為でどうにも集中出来ないが。彼女達は人間ではないのだから此度の事件に左程関心がないのは仕方ないが、せめて考え事の邪魔はしないでほしい。特に背後から抱き付いているフィアの声は、頭の上を飛び越えていくので無性に気になる。そもそも彼女は何故――――

「……あれ?」

 こてん、と花中は首を傾げる。

 もしも、幼女もどき達の正体が『アレ』だとすれば。

 ふわりとした全体像が浮かび上がる。そこに自分が経験したもの、持ち合わせている知識を宛がうと、ジグソーパズルのようにパチパチと嵌まった。欠けているピースも多いが、全体像が見えれば推論という形で新たに作れる。そうして出来上がった一枚の絵は、やや不格好で完璧とは言い難いものではあれど、絵として破綻しているものではない。

 つまりは、恐らく『答え』に辿り着いた訳で。

 されど花中は両手を上げて沸き上がる喜びを表現したり、はたまた立ち上がり右往左往して狼狽したりもしない。やったのは、相変わらずミリオンと世間話をしているフィアの顔を見上げる事。フィアが花中の視線に気付き見下ろしてきても、花中はフィアから視線を逸らさない。

「ん? なんですか花中さん?」

「……あの、フィアちゃん。一つ、訊きたいんだけど……どうして、あの子達の事を虫けらって呼ぶの?」

 花中が問うと、フィアは首を傾げた。何故そのような事を訊くのか、理解出来ていないかのように。

「何故ってですよ。特に深い理由はありませんけど」

 そしてその答えを、臆面もなく花中に伝えてくれた。

 花中は頬を引き攣らせた。だが、まだそれだけだ。肝心なのは『何時』である。

「……気付いていたの? 何時から? もしかして、あの巨大円盤が現れた時から……」

「いやいや流石にそんな前からじゃありませんって」

 続く花中の問いに、フィアは手を左右に振りながら否定する。

「アイツらが襲い掛かってからです。外の方は消臭しているようでしたが中の臭いには手付かずだったみたいでそれで気付きました」

 否、訂正だった。

 「そっかー」と一言答え、花中はこくんこくんと頷く。つまり幼女もどきに襲撃された直後……八時間前には、フィアは彼女達の正体に気付いていて、なのに教えてくれなかった訳だと察する。

 それ自体は、大体何時もの事だった。社会性を持たないフィアには、『報告ホウ連絡レン相談ソウ』を理解するのは難しいのだ。だから隠すつもりなんてなくて、話した方が良いという考えそのものが浮かばなかったに違いない。むしろフィアがそういうタイプである事を自分は知っていたのだから、こちらから訊くべきだったと花中は猛省する。

 猛省するが、感情的にすんなり受け入れられるかは別問題で。

「フィアちゃんのバカぁっ!」

「え? 何故罵るのです?」

「ああ、もう。ほんとこの子は……」

 花中は憤りをぶつけ、フィアは困惑したように首を傾げて、ミリオンは痛覚のない頭を片手で押さえながら項垂れる。

 人類の未来というものは、こんなしょうもないやり取りで左右されてしまうものだった。

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