未来予想図7

 思ったよりも数が多い。

 迫り来る白饅頭の大群を前にして、ミィはぼんやりとそんな感想を抱いた。

 視界を文字通り埋め尽くすほどの大群でやってきた白饅頭達は、真っ直ぐミィを目指して駆けていた。小型個体でも自動車並の速さを誇り、大型個体ともなれば時速二百キロを超えた速度で森を駆ける。大型個体を上回る十メートルオーバーの体躯の個体 ― 仮に『特大個体』と呼ぶとしよう ― に至っては、音の速さに迫ろうとしていた。誰も彼もが生半可な生物では捕捉も出来ない超スピードを出している。

 しかしミィにとっては違う。

 全員。それに鬱陶しい。

 白饅頭の身体能力など、ミィからすればこの程度の評価だった。『虫けら』扱いといって良い。そして虫けら相手に、豪腕を振るったり蹴りを放ったりとするのは、動きとしてあまりにも無駄である。

 故にミィは軽く息を吸い込み、

「ゴアゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 思いっきり吐いて、轟音を響かせた!

 ミィの叫びは音波となって周囲に広がり、天変地異染みた突風を引き起こす。倒されていた木々が舞い上がり、生き残っていた下草は地面ごと引っ剥がされる。近距離でこの雄叫びを聞いた小型個体は一瞬でバラバラにされ、大型個体は肉団子と化した。生き長らえたのはミィから離れていた個体と、頑強な特大個体だけ。

 瞬きする間もなく、ミィの周りは空爆でもされたかのような荒野へと変貌した。招集に応えた白饅頭達が、あまりに呆気なく壊滅する。

 それでも時間は稼げた、という事か。

 ミィの周りを取り囲むように、九体の超大型白饅頭が展開する。その隙間を埋めるかの如く何千もの特大個体が超大型白饅頭の後方に散開し、大型個体や小型個体は更にその後ろに陣取っていた。戦闘能力の高い大人が先陣を切って敵と戦い、子供はそんな大人の援護をするのに適した陣形である。

 如何にも強大な敵ミィに対抗すべく戦術的な陣形を取ったかのように見えるが、ミィはこの陣形が白饅頭達の本能によって形成されたものである事を見抜く。彼等は縄張り意識が強いようで、弱い個体は強い個体の生活圏には入り込んでいなかった。目の前の光景も、大人に呼ばれたから来たものの、その大人が怖くて近付けないという本能の結果だろう。

 生命というものは極めて単純な本能だけで、餌までの最短経路を割り出したり、複雑にして頑強な巣を構築したりするものだ。彼等の本能も、あたかも知性的な振る舞いをしてみせたのである……尤も『野生動物』の一匹であるミィはそんな難しい事は分からない。先の『推測』も、彼女の本能から感じ取ったものである。

 なんにせよ、確かな事が一つだけある――――この陣形で戦うとなると、少々骨が折れそうだという点だ。

「ギシエアアアアアアアアッ!」

「ギィオオアアアアアアアッ!」

「ァギイィィイオオオオンッ!」

 大気を震わせるほどの大咆哮を一斉に奏でるや、三体の超大型白饅頭が突進してくる!

 巨体故のパワーか。本気で駆けた超大型白饅頭は、まるで流星のような速さだった。圧縮された大気が白く濁り、白饅頭の全身を包む。音速を超えた証を全身に纏う姿は神獣を想起させ、人間相手ならば戦意を削り取り、恐怖と畏怖を刻み込んだだろう。五十メートルの巨体を支える足が着く度、大地が割れるほどの振動を生じさせた。

 それほどの全速力と共に繰り出す攻撃は、体当たり。

 三匹の超大型白饅頭は、その身を一纏めとするかのように密着し、超音速でミィに激突した! あまりにも愚直、故に神罰にも等しい破壊力のそれは、衝撃を受け止めきれなかった大地を何百メートルにも渡って陥没・隆起させる。総質量三万トンが放つエネルギーは、広島型原爆の総エネルギー量の数パーセントほど。しかし半径十キロ以上の広範囲にエネルギーが拡散した原爆と違い、彼等が繰り出した一撃はほんの数メートルの面積に集約している。面積当たりのエネルギー量は、原爆を遙かに凌駕していた。

 流石のミィもこの一撃にはよろめく事になった。

 ――――よろめいただけ、であるが。

「ん、にゃろうっ!」

 即座に体勢を立て直したミィは、渾身の拳を一匹の超大型白饅頭の顔面に叩き込んだ! 人智を越えた破壊力にも耐える超大型白饅頭の顔面が、ミィの拳によって歪み、波打ち、全身にその波が伝わっていく。

 ついには超大型白饅頭の身体に次々とヒビが入り、鮮血を噴き出した!

 全身の筋肉を余さず使っても、ミィが打ち込んだ運動エネルギーを抑え込めなかったのだ。全身に刻まれた傷は深く、内臓が飛び出すほど。如何に生命力が強くとも助かる見込みがない致命傷を受け、殴られた超大型白饅頭は大地が揺れるほどの断末魔を上げる。しかし白饅頭達は、苦しむ仲間に見向きもしない。目の前の大き過ぎる敵から目を背けるなど、自殺行為以外の何ものでもないのだから。

 加えて、千載一遇のチャンスを逃しては自然界では生き残れない。

 拳を振り上げたミィの背後に、ミィに体当たりを喰らわしたのとは別の二匹の超大型白饅頭が回り込み、その口を四方へと引き裂くように開く。ただしミィに噛み付こうとしている訳ではなく、近付くどころか百メートルほど離れていった。そして開いた口の中に青い閃光を煌めかせる!

 次の瞬間、二匹の超大型白饅頭の口から青白い炎が吐き出された! 炎はまるでジェットのような勢いを持ち、地面にぶつかるや粉塵が如く激しさで舞い上がり、広がっていく。ヘリコプターを落とした時のような、細くて短い炎ではない。渾身の力で吐き出される必殺の火炎だ。立ち止まっていたミィは容赦なく飲み込まれ、大地は炎に炙られ黒く変貌していった。

 それでも足りぬとばかりに、ミィに突撃した二匹と、その側に居たもう一匹、併せて三匹の超大型白饅頭も口を開き、青い炎を力いっぱい吐き出してミィが居た場所を焼く。何百匹かの特大個体も数百メートル離れた位置から槍のような火球を吐き、超大型白饅頭の攻撃を援護する。どうやら火を吐けるようになるのはある程度大きくなってからで、大多数を占めている十メートル未満の個体は一様に特大個体よりも後方から戦いを眺めるだけ。しかし五体の超大型白饅頭と数百体の特大個体が生み出した熱量は膨大で、巨大な上昇気流が発生して炎を空高く立ち昇らせる。地面が赤く光り始めるやどろりと溶け出し、煙が噴き出て炎の勢いを一層加速させた。火山が噴火しようともここまで凄惨な光景にはならない。地球の力をも上回る生命が作り上げたその光景は、地獄の炎が噴き出したかのようであった。

 ならば。

 その超高温の地獄の炎の中で仁王立ちする彼女は、なんなのか?

「……ふぅー……ふぅー……!」

 深く、熱い吐息がミィの口から吐き出される。

 ミィにとっても、炎による攻撃がここまで苛烈とは予想外だった。ヘリコプターを撃ち落とした炎が奴等の限界だとは思わなかったが、その何十倍、いや何百倍ものエネルギーを一気に吐き出せるとは。五十メートルを超える身体に秘めた力は、所謂ところの怪獣としかいえない領域に達している。

 あともう十匹ぐらい超大型白饅頭がいたならヤバかったかも知れない。ミィはそう思い、素直にその強さに感嘆を覚えた。

 つまりは、まだまだ足りぬのだ。小さな子猫一匹焼き殺すだけなのに。

「――――すうううううううううぅぅっ!」

 ミィは突如として、大きく息を吸い込む。

 白饅頭達が吐き出し続けている炎が、一気にミィの口内へと流れ込んでいく。ミィの身体は赤く色付き、全身から朦々と白煙を噴き上げる。

 そして一度天を仰いだミィは、再び地上に顔を向けた際大きく口を開き、

「コオオオオオオオオオオオオッ!」

 甲高い叫びと共に、青い炎を吐き出した!

 吸い込んだ炎の熱を血液で運び、肺で放出。肺内部の空気を集積した熱により高温化……即ち火炎へと変化させ、外へと吐き出す。

 ミィお得意の火焔放射だ。尤も身体操作を応用して無理矢理作り出しているだけで、本来これはミィにとって得意技なんかではない。近接戦闘が主体な彼女にとっては、サブウェポン的な立ち位置の技である。

 しかしその威力は絶大。何しろ無数の白饅頭達が何十秒とミィに浴びせ続けた熱エネルギーを、纏めて吐き出したのだから。

 ミィの口から放たれた火炎は爆発したかのように一瞬で膨れ上がり、何百メートルもの広範囲を薙ぎ払う。火焔攻撃に参加していた個体のうち、一匹の超大型白饅頭は素早く逃げ出したが、他の個体は反応が間に合わない。

 ミィが吐き出した炎は一匹の超大型白饅頭を飲み込み、更にもう一匹 超大型白饅頭の半身を炙る。ついでとばかりに、背後に控えていた特大個体達も巻き込んだ。

「ギギャアオアアアアッ!?」

 炎の直撃を受けた超大型白饅頭が、苦悶に満ちた悲鳴を上げる。戦車砲やミサイルすら通用しなかった体表面が焼け爛れ、爆炎の勢いによって背部の触手が千切れ飛ぶ。半身を炙られた個体は這々の体で炎から抜け出すが、直撃を受けた個体はどうにもならない。

 ついに超大型白饅頭の一匹はひっくり返り、死んだセミのように四肢を折り曲げて動かなくなった。背後に居た特大個体達は一瞬で消し炭となり、跡形も残っていない。

「ほい、いっちょ上がり……ちょっと焼き過ぎたか。げぽっ」

 二匹目と『その他』を仕留め、ミィは使いきれなかった余熱をげっぷの形で吐き出す。

 それからおまけとばかりに、ミィは『本気』の拳を放つ。

 本気といっても全身の筋肉にエネルギーを溜め込んだり、大きな予備動作も取っていない、あくまでこの一瞬のうちに出せる本気だ。それでもミィの拳は音速を遙かに超越し、正面にある空気を圧縮。圧縮された空気には元の体積に戻ろうとする力が働き、周りの空気を押し退ける。この流れが連鎖的に、尚且つ瞬間的な速さで生じ……さながら圧力が空気中を直進するかのように移動していく。それも音速の数十倍の速さを伴って。

 不可視の上に高速の『打撃』は、瞬きほどの刹那で直線上に居た超大型白饅頭を直撃した。とはいえ所詮は空気の塊であり、ミィから三百メートルも離れていれば流石にエネルギーは拡散している。健全な超大型白饅頭ならば、顔面に受けたところで大きく仰け反るのが精々だろう。

 しかしそいつは、ミィに半身を焼かれていた。

 脆くなっていた体表面が、ミィの遠距離打撃によって砕け散る。打撃の傷は体内にまで到達し、超大型白饅頭の内臓部分を傷付けた。腹を内側から殴られて苦しみを覚えぬ筈もない。超大型白饅頭は泣くように絶叫を上げた。

 されどミィは獲物の『命乞い』に聞く耳すら持たず、立て続けに三発の拳を打ち放つ。

 分子破壊すら拒む頑強な表皮は砕け、露出した内臓にミィの強烈な打撃が突き刺さる。鮮血が撒き散らされ、柔らかな肉片が大地に転がる。超大型白饅頭が力なく倒れるのに、さしたる時間は必要なかった。

 これで三匹目。残りは六匹。

「ギジャアアアアッ!」

 だが休む暇など与えないとばかりに、ミィ目掛け一匹の超大型白饅頭が跳び掛かってくる! ミィの炎を吐き出す前に回避した唯一の個体だ。かの個体は全力疾走と覚しきスピードで駆けながら身体を捻り、その神速を生み出した後脚をミィの方へと差し向けた。

 そしてミィが立つ大地目掛け、強力な蹴りを放つ!

 ミィは反射的に両腕を頭上に掲げ、超大型白饅頭のキックを防御。打ち込まれたエネルギーにミィの身体は難なく耐えたが、大地は陥没し、衝撃波で地面が吹き飛んでいく。後にはクレーターが生じ、文字通り流星に匹敵する破壊を生み出す。

 更にその反動を利用し、蹴りをお見舞いした超大型白饅頭はミィとの距離を開けていた。

「ふんっ!」

 ミィはすかさず迎撃の拳を本気で打ち出したが、遠離ろうとし、尚且つ防御の姿勢を取っていたのか。超大型白饅頭の身体はミィの打撃の余波で大きく加速したが、ダメージは負わず。軽々と着地を決めようとした

「ギショウッ!」

 最中に、短い一声を上げる。

 途端、今まで遠巻きに見ていただけの小型個体や大型個体が、一斉に動き出す! がむしゃらな突撃の行く先に待つのは、拳を振り上げたばかりのミィ。

 ミィは素早くその身を翻し、大群の方へと振り返る。最早何千という単位では足りない、何万何十万という数の白饅頭が集結し、次々と襲い掛かってきていた。白濁の津波にも見える大群は大地を揺さぶり、ミィの四方をぐるりと取り囲む。逃げ場などなく、何もかもが肉の津波に飲まれて消えていく。

 それでもミィを怯ませるには及ばない。

「はんっ! 雑魚で足止めって訳!? あたしを嘗めんなっ!」

 むしろ怒りを買った彼等は、ミィが放つ超音速の拳を喰らう羽目となった。激情に身を任せた一撃を、ミィは迫り来る『壁』に打ち込む。

 そのたった一撃で、怪物の大津波は押し返された!

 肉塊染みた大群は一発の拳で本物の肉塊と化し、何十メートルと後退していく。無論それは一方向の話であり、ミィは今、白饅頭の大群に包囲されていた。だが、それがなんだというのか。ミィの反応速度を以てすれば、三百六十度見渡すのに瞬き一回分の時間すら必要ない。

 立て続けに放つ、七発のパンチ。

 先発分も含めた八回の打撃により、白濁の大津波が八等分されたのはその直後の事であった。ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊から生き残った個体が這い出していたが、全体からすればほんの僅かな数でしかない。

 周囲には先の大突撃に参加しなかった個体がまだまだ多数存在しており、全体の数としては最初の八割程度残っているようだった。しかし士気に関してはそうもいかない。次々と討ち取られる仲間を目の当たりにし、生き残っている白饅頭達に微かな動揺が広まっていく。超大型白饅頭や特大個体ですら後退りし、小型個体や大型個体に至っては、今にも逃げ出そうとしているようにミィには見えた。

「ギシャアッ! シャオオンッ!」

 そんな状況下で、ある超大型白饅頭が甲高い声を上げる。

 するとどうした事か。白饅頭達の動揺が、一瞬にして静まった。全員がミィに顔を向け、後退りも止めて、統率された戦士のように向き合う。

 そして声を上げた超大型白饅頭の周りに集結。ミィでも分かるぐらいあからさまに守りを固めていた。

 ――――成程。アイツが親玉か。

 基本的には単独生活を送る種であるミィだが、人間並の知性はあるのだ。白饅頭がリーダーによって率いられる集団であり、格上の命令に従うよう本能に刻み込まれた種であると、先の動きから理解する。そのリーダーが、先程声を上げた超大型白饅頭なのも把握した。

 付け加えるとリーダーらしき個体……もうリーダーと呼んでしまう事にするが……が、ミィ達と最初に接触してきた超大型白饅頭である。

 他の個体と比べ桁違いの強さを持っている超大型白饅頭だが、その中でもリーダーの強さは『別格』だとミィは感じていた。身体機能 ― つまり表皮の硬さや筋力の強さなど ― は他の超大型白饅頭と大差ないが、一つ一つの挙動には大きな違いがある。例えばミィが殴った際、他の超大型白饅頭は素直にその力を受け止めているが、リーダーだけは身体の動きを変えて力を受け流していた。危機に対する感度も高いようで、本当に致命的な一撃は素早く、何がなんでも回避している。攻撃時も猪突猛進のようで、決して深追いはしてこない。戦い方が『スマート』というべきだろうか。

 とはいえそれは、リーダーが特別な個体だから、ではないのだろう。マーガレット達が話していた『白饅頭大繁殖』の原因の一つに、天敵が最近になって絶滅した、というのがあった。恐らく此処に現れた白饅頭達の大半は天敵が消えてから産まれた、天敵を知らない世代なのだ。全てが自分達の獲物であり、恐ろしい何かに殺される心配のない……正しくぬるま湯のような環境である。これでは表皮硬度などの先天的能力は天敵がいた頃と変わらぬ水準が身に付いても、力の効率的な使い方や危機への対応力などの後天的能力は育まれないだろう。戦い方は単調なものしか知らず、受けた攻撃の流し方すら分からない。必要ないのだから当然だ。

 リーダーは、天敵が存在していた『当時』を知る数少ない個体なのだ。奴だけは自分より強い存在を知っている。それがどれほど恐ろしく、どれほど理不尽で、どれほど不条理な摂理であるのかを。故に奴は自分より強い奴との戦い方を心得ている。

 これは手強そうだと、ミィは気を引き締める――――が、そんな内心と反比例するように、顔には蕩けるような笑みが浮かんできた。

 白饅頭は美味である。

 その美味さの根源は何か? 様々な生き物を想起させる複雑な味わいからして、今までに食べてきたものの『旨味』が肉に移っているのかも知れない。大きくなるにはたくさんの餌が必要であり、故に大きな白饅頭ほど味の深みが増していき美味になるのではないか。

 ならば恐ろしい天敵から長年逃れ、数多の生命を喰らってきたリーダーは、どんな味がするのだろう?

 が獲物を狩る理由など、こんなもので十分だった。

「ッシャアアァァッ!」

 猫らしい透き通った雄叫びを上げ、ミィは突撃する!

 展開していた小型個体と大型個体が壁のように前を塞ごうと動き出す。ミィが本気で駆ければ、その間を抜ける事は造作もない……が、本気で駆けるよりも、もっと楽な方法がある。

 故に敢えてスピードを出さず、拳に全身全霊の力を乗せて、放つ!

 音速の数十倍の速さで打ち込んだ打撃に、白饅頭達は海が割れるように左右に吹き飛ばされた! 小型個体、大型個体は余さず押し退けられ、戦線に参加する事も許されない。二つに裂けた塊の間に出来た道を、ミィは悠々と駆け抜ける。

 この光景に、最早雑魚には任せられないと思ったのか。数百体の特大個体と五体の超大型白饅頭達が一斉にミィの前を塞いだ。全員が闘志を剥き出しにし、全身の血を滾らせている。恐らくは肉体的な限界を超えた、命懸けのパワーアップ。生き延びたところで後遺症が残るかも知れない。強烈な『覚悟』を感じさせた。

 同時に、酷い怯えのような感情も。

 一体何に怯えている?

 疑問を抱くミィだったが、暢気に考え込む暇はない。力を増大させた特大個体が突撃し、一斉にミィの腕に噛み付いてきたからだ! 弾丸を弾くアーマーさえ噛み砕く歯でもミィの体表面を穿つ事は叶わなかったが、自身の身体を固定するぐらいの力は発揮する。それが何百と、仲間の身体に噛み付いて一塊となれば、さしものミィでも重石ぐらいの鬱陶しさを覚えた。

 邪魔な『羽虫』共を払おうとするミィだったが、しかしその隙を突くように超大型白饅頭達が跳び掛かってくる! 五体が一塊となるようにして、加えて今まで以上のスピードを以て突撃してきたのだ。合計五万トンの超音速打撃……さしものミィも受け止めきれず、巨体達に押し倒される。衝撃で重石となっていた特大個体達は剥がされ、ミィだけが大地に打ち込まれた。隕石の直撃を受けるような破壊力に、ミィの身体にも痛覚が走る。

「っだぁぁっ! 邪魔すんなッ!」

 同時に彼等の行動は、ミィの怒りを買った。ミィは目の前の一匹の顔面を掴むや自由になった腕を振り上げ、超大型白饅頭を殴り付けようとした

 瞬間、ミィの身体に冷たい感覚が走る。

 おまけに、まるでミィの感覚を共有したかのように白饅頭達は一斉に離れた。残ったのはミィが掴んでいた一匹のみ。

 その一匹に隠れて見えなくなっていたが、それでもミィは感じ取った。

 リーダーの奴が何かをしていると。

 事実、リーダーは行動を起こしていた。かの者は全身が微かに赤く発光しており、膨大な熱量を周囲に放出。土中の水分が蒸発しているのか湯気を立ち昇らせており、周辺の気温が百度近く、或いはそれ以上に上昇していると分かる。やがてリーダーはゆっくりと、その口を開いた。

 口の中に揺らめく青い閃光。今までとは比較にならないエネルギーが集結している。

 リーダーは攻撃の力を溜めるために仲間を差し向け、時間を稼いだのだ。長年の経験によって編み出した『技術』なのか。ミィが感じ取る限り、リーダーの体内に蓄積されているエネルギーの量は、先程自分が浴びせられた火焔とは比較にならないほど大きい。気配も嫌な感じがして、恐らく普通に吐き出す訳でもなさそうだ。

 直撃を受ければ、自分でもヤバいかも知れない。

 成程アイツらはこれに巻き込まれる事を恐れていたのかと、先の白饅頭達の感情に得心がいった。恐らくは白饅頭、それもリーダーが誇る最大の必殺技に違いない。

 ついに勝負を決めにきたのだと察し、ミィは――――その口角を、三日月状に歪めた。自分が掴んでいた一匹を投げ飛ばすようにして離し、素早く立ち上がった

 刹那、リーダーの口から『光』が放たれた。

 それは火焔と呼べる形態ではなかった。否、火焔ではあるのだが、先程の攻撃時とは太さが違う。極限まで細く圧縮され、一閃の光のようになっていた。原理的には、槍のような炎を吐いた時と同様なのだろうが、されど熱量が違い過ぎる。一瞬細く吐き出すのとは、その難度は桁違いであろう。

 そして炎を圧縮したという事は、単位面積当たりの温度が上昇している事を意味する。

 迫り来る火焔を前にして、どうして自分が危機感を覚えたのか、ミィは得心がいった。あの炎には、ちょっと耐えられそうにないからだ……ミィには高等な科学知識がないため、どうして耐えられないのかはよく分からない。花中ならば、ある程度の超高温下ではあらゆる分子がプラズマ化するため、肉体的強度で耐えようとするミィとの相性の悪さを指摘出来るだろう。されど生憎花中は今遠くでこの戦いを鑑賞中である。説明する者は誰もいない。

 しかし本能からの警告だ。動物であるミィが、その警告を無視する事などあり得ない。

 なのに、ミィはその場から動かない。

 動かないまま大きく空気を吸い込んで、

「コオオオオオオオオオッ!」

 強烈な『息』を吹き掛けた!

 息といえども、こちらも圧縮した空気の塊。音速を超えた証であるソニックブームを纏いながら、リーダーが吐き出した閃光と激突する!

 閃光と空気の塊は両者の間でぶつかり、激しく弾け合う。飛び散った炎は逃げ遅れた特大個体を何体も焼き切り、空気は大地と共に大型個体の群れを粉砕する。苛烈な生存本能のぶつかり合いは、周りの命を尽く破壊していった。

 拮抗する決戦は、されど長くは続かない。

 超大型白饅頭よりも、ミィの方が内包するエネルギーが膨大なのだから。

「……!?」

 リーダーはその身を強張らせる。自分の放った閃光が、徐々に押されているが故に。

 リーダーは全身に力を込め、閃光の威力を更に上げる。しかし押し返される動きは止まらない。それどころかむしろ加速している。ミィの『息』はリーダーの努力を嘲笑うように迫ってきた。

 全身全霊、仲間の協力を得てまで放った一撃さえも、真の『怪物ミィ』には届かないのだ。

 狼狽するリーダーだったが、今更逃げ道などない。閃光を放つのを止めれば『息』は一気に迫り、自分を八つ裂きにするのだから。逆転の一手などない。相手は自分よりも遙かに大きな力を有するのだから。残すは仲間達を捨て駒にする手のみだが、生憎それも叶わない。

 既に仲間達は、リーダーに見切りを付けて逃げ出していたのだから。

「ゴアアアアアアアアアアアッ!」

 故にミィが駄目押しの咆哮を上げた時、リーダーに立ち向かう手立ては何処にもなくて。

 跳ね返された自身の炎と、迫り来る爆風の直撃を受け、リーダーの身体は焼けながら粉砕されるのであった――――




「うまーい!」

「うまーい!」

「おいしー!」

 荒野と化した森の中に、ミィとフィアと花中の、知能指数が著しく低下した喜びの声が響いた。

 花中達が食べているのは、ミィの一撃によりバラバラとなったリーダー白饅頭の肉片である。膨大な量の肉は、自らが吐き出した炎により炭化して食べられなくなったところも多々あれど、絶妙な焼き加減の場所や、完全な生肉の場所も残していた。フィアとミィは完全な生肉、そして花中はミディアム状態の部位を食べ、その味を満喫している。

 長年生きてきた事で、様々なものを食べてきたからだろうか。リーダー白饅頭の肉は、少し前に食べた大型個体の肉よりも格段に複雑かつ深みのある味わいとなっていた。一噛みするだけで旨味たっぷりの肉汁が溢れ、口の中を濃厚な肉の味で満たしてくれる。この味の前では塩胡椒の出番などない。否、むしろ邪魔だ。

 収入的には一般家庭のそれである花中は、世界最高級の牛肉や豚肉の味など知らない。しかしながら超大型白饅頭の肉は、間違いなくそれらに匹敵、或いは上回る味覚であると断言出来る。それほどまでに、白饅頭は美味だった。

「『うわー、マジで食ってるぞアイツ等』」

「『ないわー、いや冗談抜きでないわー』」

 ……見た目は明らかにゲテモノなので、その様を見ていた兵士達の反応は極めて真っ当なものだが。ちなみに彼等の発言はネイティブな英語だったが、花中の語学力でもちゃんと翻訳出来た。翻訳出来なくても、意図は汲めただろうが。

 それに食欲をそそらないのは、見た目の問題だけではない。聞いた話の通りならば、兵士達は白饅頭相手に多数の犠牲者が出ており……犠牲者の多くは白饅頭に捕食されている。超大型白饅頭達の大きさを考えれば、彼等は人間なんて『虫けら』をいちいち食べてはいないだろう。だとしても生理的に受け付けない気持ちは、人間である花中には理解出来る。

 ただ、花中は割とその辺りの事をあまり気にしないタイプでもあった。

 死んでしまった人がいるのはとても悲しい事だと思うが、他の生物からすれば人間だって生命の一種でしかない。人間を食べて育つ事と、動物や植物を食べて育つ事。そこに違いなんてないのだ。どんな形であれ自然の営みの一つであり、もたらされた恵みを拒む方が良くないと考えていた。勿論身内が食べられた訳ではないから、という極めて身勝手な前提がある事は重々承知した上ではある。

 しかしもしかすると、身内が食べられたとしても、白饅頭を味わったかも知れない。

「……私にも一口貰えるか」

 大勢の部下を失った側であるマーガレットが、花中達にそう頼み込んできたように。

 マーガレットはヘルメットを外しており、翡翠色の瞳で花中をじっと見つめる。その瞳に、好奇心は感じられない。何かの責務を果たそうとしているかのような、真剣な眼差しだった。

「良いよー。あたしらだけじゃ食べきれないし」

「残っても腐るだけですからねー」

 そんなマーガレットの気持ちなど、きっと欠片も汲んでいないだろう動物達はあっさりと許しを出す。捕まえた当事者がOKを出しているのだから、花中がNoを突き付ける権利などない。無言のまま花中はこくりと頷き、マーガレットは「感謝する」と一言告げてからリーダー白饅頭の亡骸に歩み寄る。

 マーガレットは懐からナイフを取り出し、リーダー白饅頭の肉を切り取ろうとする。分子破壊弾も戦車砲も通じなかった身体であるが、表皮の内側はそれなりに柔らかい。ナイフを突き立てれば簡単に切り取れて、一口サイズに取り分けた生肉をマーガレットは躊躇なく口に放り入れた。

 じっくりと噛み、味わい、ごくりと飲み干して――――マーガレットの口から、暖かな吐息が漏れ出る。出会ってから今に至るまでずっと強張っていた表情が、ほんの少しだけ弛んだように花中には見えた。

「……久しぶりに、良いものを食べた。私の部下達にも振る舞いたいが、構わないか?」

「良いよ良いよ。好きなだけどうぞー」

「私はもう満腹ですし」

 マーガレットの頼みに、殆ど考えなしに二匹は了承。

「『食べても良いそうだ。お前達も食いたい奴等は食べておけ。少しは仲間の供養にもなるだろう。無論、無理強いはしないがな』」

 二匹の許しを得たマーガレットは、早速部下達に英語で呼び掛けた。最初は戸惑う部下達だったが、隊長からの提案を無下にも出来ないのだろう。何人かがリーダー白饅頭に近付き、実食する。

 宴が賑やかなものとなるのに、五分と掛からなかった。

 激戦続きで心身共に疲労が溜まっていたのだろう。兵士達の誰もが強張り、酷い顔付きをしていた。しかし美味しくて温かな食事は、身も心も解きほぐす。白饅頭の肉を食べた兵士達は柔らかな表情を浮かべ、時に笑い、時に涙し、誰もが大きな声で笑い出した。

 これで全てが元通り、とはいかないだろう。けれども日常に戻るための手伝いぐらいにはなった筈だ。

「……食糧の提供に感謝する」

 花中の側までやってきて告げたマーガレットの言葉は、きっとその事に対するお礼なのだろう。

「いえ、わたしは何も……わたしは、ただ友達に、付いてきただけです、から」

「そうか」

「……これから、どうするのですか?」

 花中が尋ねると、マーガレットはしばし辺りを見渡す。それから困ったように肩を竦めた。

「どうもこうも、君達のお陰で任務は八割方達成したからな」

 そしておどけるように、そう答える。

 確かにそうかも知れない。納得しながら、花中もまた辺りを見渡す。

 花中達の周りには、白饅頭達の亡骸が山積みとなっていた。

 全て、ミィが先の戦いで殺した白饅頭達だ。超大型白饅頭だけでも四体、特大個体数千匹、大型個体と小型個体は果たして何十万匹に達するか……数えきれないほど殺した。辺りは白い肉塊に覆われ、食欲をそそる肉の香りに満ちている。もしもこれが普通の血の臭いだったなら、今頃花中は耐えきれず、嘔吐していただろう。

 間違いなく、マーガレット達が多数の犠牲と莫大な資源を投じて行った駆除作戦の成果よりも、ミィの気紛れな狩りによる駆逐数の方が遙かに多い。加えて最新兵器である分子破壊弾すら通じなかった超大型白饅頭成体も相当数撃破している。今後の増殖は大きく抑制された状態だ。

 これなら、白饅頭が人里に出て繁殖する恐れはない筈である。完全な駆逐……絶滅を目論んでいたマーガレット達にとっては不十分な結果かも知れないが、人間社会を守るという意味では任務成功と言って良いだろう。

 何より人間の力では、超大型白饅頭は倒せなかった。なら、どうしてこれ以上の結果を望むというのか。

「先程本部に事の顛末は報告した。間もなく本部から撤退指示と、迎えのヘリが来る筈だ」

「そうですか……」

「……無論、『君達』の事も報告している」

「分かっています」

 花中の答えに、マーガレットは何を感じたのだろうか。翡翠色の瞳は何も語らない。

「……今回は我々の負けだ。しかし、このままではいない事は忘れるな」

 ただ、この言葉に含まれる『悔しさ』だけは花中にも伝わったので。

「はい。わたしも、出来ればそうなる事を、期待しています」

 一人の人間としての答えを、返すのだった。

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