未来予想図6

 人間が全速力で走るよりも、フィア達が軽い気持ちで跳んだ方がずっと速い。

 そんな事は一年以上の付き合いでとうに分かっていたが、フィア達が尾根に囲まれた平地にたった十数秒で辿り着いた時……マーガレット達よりも早くこの場に来られた事に、花中は安堵を覚えた。激しく揺さぶられた事で催した吐き気も同じぐらい強かったが、それはこの際気にしない。

 花中を抱えるフィアは木のてっぺんに着地し、その枝先にすとんと立つ。人間の体重すら支えられそうにない細い枝の先端に、最低でも重さ数百キロを超えるフィアが立てるのは、能力によって足場を固定しているからだろう。ミィの能力はそんな器用なものではないので、彼女はズドンッ! と爆音を奏でながら地面に着地していた。

 花中はフィアが見ている先……目の前にある尾根を見る。

 そこは木々を吹き飛ばしながら移動していた何か――――恐らくはフィア達が求めていた、超大型の白饅頭が潜んでいる筈の場所だった。筈、という曖昧な表現を使っているのは、今もそこに居るのか花中には分からないから。何しろ今ではもう木々が吹き飛ぶような事象は起きておらず、山は静寂を取り戻しているからである。

 果たして目当ての白饅頭は、自分が見ている先に潜んでいるのか? 木々を吹き飛ばしていた時のコースを維持していれば、この辺りをそろそろ通る筈なのだが……

「……どうやら我々を迂回するつもりですね。気配が逸れました」

 花中のそんな疑念に答えるかのように、フィアが独りごちる。

 どうやら白饅頭はコースを変更したらしい。答えを得られた花中であるが、首を傾げてフィアに訊き返す。

「逸れたって、なんで急に……」

「恐らくこの私の存在に気付いたのでしょう。接近したら急に怯え始めたような気がします。長生きしているだけに他の連中より身の程を弁えているようですね」

 褒めているのか貶しているのか、恐らくは両方であろうフィアの説明に、花中は成程と思って頷く。野生の世界を生き抜くには、強さだけでは全く足りない。己の弱さを知り、危機を察知する力に長けたものこそが生き残れる。超大型個体が巨体に見合わぬ警戒心を有していたとしても、決しておかしな話ではない。

 問題は、超大型個体はどんな迂回経路を描いているのか、だろう。フィアから逃げるように動いているとすれば、山の外……市街地に出ていく事もあり得る。人間としては最悪のシナリオだ。

「フィアちゃん、その、大きな白饅頭はどっちに行ったか、分かる?」

「んーあっちでしょうかね」

 尋ねると、フィアは特段迷った素振りもなくある場所を指差す。

 そこはマーガレットの率いる兵士達が伐採を行った事で出来た、公園ほどの大きさがある広間のすぐ近く。

 自分達は二十秒も経たずに彼方まで離れたが、人間であるマーガレット達は未だうろうろしている恐れのある場所だった。

「ふぃ、フィアちゃん……!」

「ふふん分かっています人間なんかに横取りはさせませんからね! こちらの気配を抑えながら行くのでちょっとゆっくりになりますがすぐ辿り着きますよ!」

 花中の意図を勘違いしながら、フィアは再び跳躍。何百メートルもの距離を数秒で跳び越え、自分達が居た広間近くへと戻る。

 言葉通り気配を抑えるためか先程よりも少し遅いが、それでも要した時間はたった二十秒ちょっと。森の中に出来た広間にフィアは軽やかに着地する。広間にはもうマーガレット達の姿はない。どうやら既に移動していたようだが、なら彼女達は何処に向かったのだろうか?

 人間達の痕跡を見付けようとする花中だったが、数秒と経たずに森を颯爽と駆け抜けてきたミィと合流。フィアとミィは顔を合わせると言葉も交わさずに頷き合い、花中の意見も聞かず、迷わぬ足取りで森の中へと駆け足で入っていく。無視された花中は、されど彼女達の行動を止めようとは思わない。急斜面も不安定な足場も関係なく、人間では決して出せない速さで二匹は奥へと進んでいき――――

 あっという間に、花中達は背中を向けている兵士達に追い着く事が出来た。フィアとミィは彼等のすぐ後ろで立ち止まり、彼等の歩みを眺める。野生動物の静かな移動に、人間達は気付く様子もない。

「ま、マーガレットさんっ!」

「っ! ……なんだ、君達か」

 花中が思いきって呼んでみて、ようやく兵士達とヘルメットを被ったマーガレット ― 声でそう判断出来た ― が一斉に振り返り、銃口を向けてきた。何処から白饅頭が跳び出てくるか分からない状況なので仕方ないが、彼等の持っている銃は恐らく分子破壊を引き起こす弾丸が装填されている。花中は反射的に怯み、縮み込んでしまう。

 しかし怖がっている暇はない。

「あ、あの、此処に、大きな白饅頭が来ています! た、多分、四メートルぐらいの奴とは、く、比べものに、ならないものが!」

「そのようだな。我々も航空部隊から、大型生物が動き出したのを捉えたとの連絡を受けている」

「な、なら、早く逃げてください! す、凄く、強い奴だと思います! だから……」

 マーガレット達に逃げるよう促す花中だったが、彼等は中々動こうとしない。それどころか、快活に笑う兵士も何人か居る有り様だ。

 マーガレットは花中の下までやってきて、ぽんっと、花中の肩を叩く。とても優しい叩き方だった。

「確かに、とんでもない怪物だろう。だが、人類は負けない。英知を結集し、勇気を持てば、超えられない試練などない。そうは思わないか?」

「そ、それは……そう、思いたい、ですけど……」

「成程、君は慎重派なのだろう。その考えは大事だが、時には人間を信じてみてはもらえないか?」

 マーガレットの言葉に、花中は思わず息を飲む。つい沈黙を挟んでしまうと、マーガレットは満足したように花中の肩から手を離した。

 言いたい事はマーガレットが思っているものとは違う。だけど本心では花中も人間の力の方を信じたい。花中だって、マーガレット達と同じ一人の人間なのだから。

 花中はそのまま押し黙ってしまう。どうにか、なんとか言おうとして唇を震わせるのが精いっぱい。

「花中さん来ますよ。こっそり回り込んだ甲斐がありましたね」

 そしてタイムリミットが、来てしまった。

 来るって、何が? フィアの伝えたい事が分からず一瞬困惑する花中だったが、すぐに理解が追い着いた。故に、顔から一気に血の気が引いていく。

 フィアは何故此処に来た?

 危険な怪物が迫っていると人間達に伝えるため? そんな訳がない。フィアは人間なんてどうでも良いと思っているのだから。フィアがこの場に来たのは、フィアにとって好都合だからに他ならない。

 今のフィアは、美味しい獲物を求めている。ならきっと、『それ』は近くに潜んでいるのだ。

 気付いた花中の考えが正解であると答えるかのように、花中の眼前に広がる森の一部が突如破裂するように砕けた! 大地が捲れ上がり、土を固定していた木々が小石のように何十本と倒れ、吹き飛ばされていく! 鼓膜を破らんばかりの轟音が鳴り響き、地面が怯えるように震え出す!

「ギジャアゴオオオオオオオッ!」

 最後にそれらが鳴らす音さえも掻き消えるほどの、おぞましい叫び声が森に駆け巡る。

 絶望的な破壊をファンファーレのように奏でながら、花中達の前に現れたのは――――視界を覆うほどに巨大な生命体。出現に伴う破壊により森が吹き飛び、花中達の前には大きな広間が出来た。そのお陰でかの存在の観察を妨げるものはない。誰もが現れた生命の姿をハッキリと目の当たりにした。

 フィア達のような野生の本能を持っていない花中にも分かる。これこそがフィア達の追い求めていた、最大級の白饅頭なのだと。

「おっほぉーっこれは中々の大きさですねぇ」

「食べ応えありそうじゃん」

 舌舐めずりをしながら歓喜を露わにするフィアとミィだったが、彼女達の友達である花中は顔が真っ青になっていた。

 いくらなんでも、大き過ぎる。

 花中達と巨大な白饅頭は三百メートル以上離れていたが、あまりの巨大さにすぐ側に居るかのような錯覚が覚えた。目視での測定だが、体長は五十メートルを超えているだろう。大地を踏み締めている六本の触手は大樹のように太く、森を形成する木々を小枝のように踏み潰していた。背中側で蠢く何十本もの触手は大蛇のようであり、一本一本が人間どころか機動兵器すら破壊するパワーを感じさせる。全身に刻まれた無数の傷痕が人類では達せない経験の深さを物語り、盛り上がった肉で眼球が埋もれた顔には恐竜すら一呑みにしそうなほど大きな口があった。開いた口からはだらだらと涎を垂らし、満たされていない飢えを人類に訴えてくる。

 何もかもが花中の思い描いていたスケールを凌駕しており、理性が思考を放棄し、夢心地のような、浮ついた感覚を感じてしまう。この桁違いの巨体の前では、四メートルもある大型個体ですらまるで赤子だ……いや、事実そうなのだろう。この超大型の個体こそが白饅頭の成体に違いない。

 だとすれば彼等が大繁殖したのも頷ける。小型個体の大きさと数からして、白饅頭の繁殖戦略は典型的な多産多死型なのだ。天敵などに多数捕食される事を前提にした生態である。彼等の個体数を抑え付けていた天敵がごっそり消えた事で、本来死ぬ筈だった個体が大勢生き残ったのだろう。

 もしかすると本当にこの生物は人類を食い尽くすのでは……

「怯むな! 攻撃を始めろ!」

 目まぐるしく駆け回る思考で頭が満たされていた花中だったが、マーガレットの掛け声で我を取り戻す。振り向けばマーガレットとその仲間達十数人は、一糸乱れぬ動きで超大型白饅頭に銃口を向けていた。

 そして彼等の銃から、一斉に弾丸が放たれる。

 人類の英知を結集した超兵器。分子すらも分解する科学の力は三百メートルもの距離を瞬く間に飛び、超大型白饅頭の巨体に吸い込まれるように向かっていく。超大型白饅頭は避ける素振りすらなく、弾丸は全て命中し

 超大型白饅頭の体表で、全て

「……は? な、ば……!?」

 引き金を引いたまま、マーガレットが動揺しきった声を漏らす。兵士達も戸惑い、右往左往し、されど銃は火を噴き続ける。

 何百何千もの銃弾は全て超大型白饅頭に命中していた。だが、その全てが表面で弾かれている。小型個体のように弾け飛ぶどころか、大型個体のように水膨れにも似た損傷すら生じていない。

 まるで効果がない。

 目の前の現実はそうとしか受け取れないのに、兵士達は銃を撃ち続ける。認めていないのではない。あり得ない状況を前にして、どうすれば良いのか分からなくなっているのだ。

 そんな彼等を見かねたかのように、森の奥から大きな陰が飛び出してくる。

 戦車だ。それも一台や二台ではなく、何十台も並んでいる。木々を薙ぎ倒しながら現れた戦車の側には数十、いや、何百人もの兵士達が随行していた。空からは三十機以上のヘリコプターがやってきて、超大型白饅頭を包囲する。

 マーガレット達の仲間なのは、現れた部隊を見て活気に溢れた彼女達を見れば明らかだ。まさか泥落山を覆う森にこれほどの大部隊が展開していたとは。SF染みた超兵器を製造出来るぐらいなのだから小さな組織ではないと考えていたが、こんな規模の軍隊を持ち込んでいたなんて思いもよらず、花中は驚きからその目を大きく見開いてしまう。

 されど、彼等の姿に『頼もしさ』や『恐ろしさ』は感じられない。

 花中の想いなど知る由もないまま、展開した部隊は超大型白饅頭への攻撃を開始した。戦車からは音速の数倍もの速さで鋼鉄の塊が撃たれ、ヘリからはミサイルや機銃が次々と放たれる。そうした攻撃により幾分傷が出来た表皮ならばきっと通用するとばかりに、兵士達も分子破壊弾を容赦なく撃ち込んだ。

 それでも人類は、超大型白饅頭を一歩後退りさせる事すら出来なかった。

 体表面から血が噴き出す事はおろか、皮膚の欠片が飛び散る様子もなく、爆炎の晴れた部分には煤けた皮膚が確認出来るだけ。体表面で起きる徹甲弾の炸裂も、何千発と当てられる分子破壊弾も、近代兵器の代表格たるミサイルすらも、超大型白饅頭には通じていない。超大型白饅頭は苛烈な攻撃の中、まるで欠伸でもするかのように口を大きく開けて間の抜けた姿を見せる。それから鬱陶しそうに、飛び交うヘリコプター達の方へと顔を向けた。

 瞬間、ぞわりとした悪寒が花中の背筋を駆ける。

 ――――違う。今の動きは、欠伸なんかじゃない。

 今までに何度も生命の危機を体感したからか。はたまた数多の超生命体達を見てきた経験からか。本能的に花中は身の危険を感じ取る。理屈では説明出来ないし、何がどう危ないかも判然としないが……兎に角

 言葉にならないほど曖昧な花中の予感だったが、それは『的中』した。

 超大型白饅頭は、その口から火を吐き出したのだ!

 正確には、口内にある喉へとつながるであろう大穴の上側に開いている、細くて小さな穴から青白い火が射出された。火は空気抵抗を受けてか細長い槍のような形へと変形し、目にも留まらぬ速さで空を駆ける。まるでそれは青白い砲弾であり、戦車の砲撃にも負けぬ初速を誇っていた。

 白饅頭に狙われたのは、超大型白饅頭を取り囲んでいたヘリコプターの一機。航空兵機の中ではかなりの鈍足であるヘリコプターに、戦車砲が如く一撃を躱す機動性は備わっていない。槍のように飛来する炎は機体を貫き、燃料にでも引火したのかヘリコプターは爆発を起こして四散。

 『野生動物』が放った攻撃は、空飛ぶ現代兵器を易々と撃墜してしまった。

 それは花中達が遭遇した『マグナ・フロス』の水レーザーと比べれば、決して強力なものではないだろう。戦車砲で戦闘機を撃ち落とすのが至難の業であるように、超音速で飛行する航空機であれば超大型白饅頭の攻撃を躱すなど造作もない筈だ。高高度の爆撃ならば安全に攻撃出来るし、遠距離からのミサイルでも良い。まだまだ人類には手がある。

 しかし人間達が受けた衝撃は、あまりに大きい。

 戦闘機すら易々と落としたマグナ・フロスは『特別』だ。あれは六千九百万年もの月日を経て現代に甦った古代のモンスターであり、人間の迂闊さが招いた『過ち』である。幸いにもかの者は既に滅び、この世から消え去った。驕らず、己の立ち振る舞いを戒め続ければ、もうあの怪物が蘇る事はない。

 だが白饅頭は『野生動物』である。自然を形成するものの一種であり、天敵が存在した普遍の生命体。何も『特別』な事はなく、ただ人の営みと無関係に暮らしてきただけの存在だ。

 ならば。

 ならば人類を超える力が、どうして有り触れていないと言える?

 超大型白饅頭は次々と火の槍を吹き、ヘリコプターはバタバタと落ちていく。仲間が落とされていく様に恐怖したのか、やがてヘリコプター達はわたわたと逃げ出す有り様。呆けた人間達は呆然と立ち尽くし、攻撃の手が止まっていた。

 万物の霊長のあまりに情けない体たらくに、しかし超大型白饅頭は何も感じていない様子。当然だ。彼からすれば人間など森の生き物と大差ない、脆弱な獲物の一つに過ぎないのだから。

 邪魔者を追い払った超大型白饅頭は、悠々とした足取りで立ち尽くすマーガレット達に接近。数十メートルというまで来るとゆっくり右前足を上げた。

「っ! 逃げ……」

 反射的に声が出る花中だったが、最早何もかもが遅い。

 高々と上がった超大型白饅頭の右前足は、目にも留まらぬ速さで人間達目掛け振り下ろされた!

 ――――否、これは正確ではない。

 振り下ろされた相手は、『人外』の方だったのだから。

「どっせぇーいっ!」

 狙われていたミィは楽しげな声と共に腕を振り上げ、

 ぶつかり合った拳は木々を吹き飛ばすほどの衝撃波を発し、超大型白饅頭の前足を粉砕した!

「ぎゃあっ!?」

「ぐえっ!?」

「ぴぃっ!?」

 放たれた衝撃波と、砕けた前足から吹き出す白饅頭の体液に襲われ、兵士達の悲鳴が上がる。フィアに守られていた花中は衝撃波こそやり過ごせたが、白饅頭の体液は頭から被る羽目になった。尤もその体液は、フィアが能力によってすぐに吸い上げてくれたお陰で綺麗さっぱり消え失せたが。

 そしてミィの方は、自分のパンチが決まるや否や、颯爽と跳び蹴りを超大型白饅頭にお見舞いしていた。体長五十メートル、推定体重 ― 体長三十センチの小型個体が体重二キロ以上と換算した場合 ― 一万トンの巨体がたった一人の少女の足蹴で浮かび上がり、倒れた際の運動エネルギーで大地震を引き起こす。超大型白饅頭は素早く、そう巨体でありながら素早いと思えるほどの速さで体勢を立て直すも、ミィの方がずっと速い。二撃、三撃目のキックを喰らい、ごろごろと大地を転がっていく。木々は木の葉のように舞い上がり、人間達が最新鋭の道具を用いて一生懸命作った広間の何倍もの範囲が、一瞬にして開けていった。

「あーあー野良猫に先を越されましたか。私が遊びたかったのに」

 その光景を目の当たりにしたフィアは唇を尖らせ、不満を露わにする。彼女が抱く不満は極めて身勝手で、暢気なもの。まるで危機感がない。

 対してマーガレット達は、危うく怪物に踏み潰されるところを助けられたにも拘わらず、無言のままその場にへたり込み、立ち上がれなくなっていた。

「馬鹿な……どうして……どうして効かない……?」

 困惑し、呆然とするマーガレット達。ぶつぶつと呟く言葉は「何故」と「どうして」と「馬鹿な」ばかり。完全に思考が停止しており、茫然自失といった様子だ。

 彼女達の気持ちは花中にもよく分かる。分子破壊を引き起こす銃弾に耐える生命体、そんな生物を翻弄する超生命体……あり得ない事のオンパレードだ。人智の及ぶところではない。

 しかし人智を離れれば。常識から外れた考えを基軸にすれば、自然と答えは見えてくる。

 分子破壊により、どんな対象も破壊する。確かに恐ろしい謳い文句であり、実際マーガレット達の組織が実験した限りではその通りの結果が得られたのだろう。少なくとも人類文明には、彼等の開発した弾丸を止める術はない筈だ。

 されどその分子破壊は、弾丸に刻まれた溝によって生じる摩擦熱が根源だというではないか。

 つまり溝が他の分子と接触する、ある程度弾丸が内部にめり込んだ状態になって初めて効果が発揮されるという事。なら、防ぐ方法は簡単だ――――人間の理解が及ばないぐらい良い。表面の溝など逆に削り潰すほどの強度、弾丸が一ミリとめり込む事すら叶わない耐久性があれば、分子破壊は無効化出来る。

 それが花中の考えていた、分子破壊弾が持つ弱点の一つだった。他にはどう考えても生産コストが通常の弾丸の数十~数百倍だとか、溝を傷付けないために安定した容器と安全な輸送経路が必要だというのも弱点だろうが、こんなのは些末事だろう。使用対象として想定していた存在に全く効果がないという、最低最悪の致命的欠陥に比べれば。

 ……流石に、白饅頭の成体にすら通用しないとは花中も思わなかったが。効かないのは精々フィア達ミュータントぐらいだと考えていた。

 いや、信じたかったと言うべきか。

「……おっととこれはこれは」

 不意にフィアが、ぽつりと独りごちる。

 何を感じたのか? 尋ねたいと思う暇すら、別の事に思考の殆どを割り振っていた花中にはなかった。

 大地が激しく揺れ始めたのだ。続いて開けた事でよく見えるようになった山の尾根で爆発が幾つも起こる。爆発達はやがて木々を吹き飛ばしながら、花中達の居る場所を目指して進み始めた。

 もう、言葉はなかった。誰かが何かを言わずとも、何が起きているかは明らかなのだ。ただ、それを認められるか、認められないか、待ち望んでいたかの違いでしかない。

 近くまでやってきた爆発達は一際大きな爆風を起こすや、中から超大型白饅頭が跳び出した!

 花中が確認出来た爆発は八つ。跳び出してきた超大型白饅頭も八体。人智を超えた生命体達は、まるで仲間の危機を察知したかのようにただ一匹の超生命体ミィに襲い掛かった。一見してあまりにも理不尽な戦力差は、されど事実は逆である事を花中は知っている。花中達の位置からでは豆粒のようにしか見えないミィは、殴り、蹴り、迫り来る超大型白饅頭を尽く返り討ちにした! 八匹の超大型白饅頭は八方へと吹き飛び、助けにすら入れない。

「ギィガゴオオオオオオオオオンッ!」

 すると一匹の超大型白饅頭が、パイプオルガンを叩き鳴らすかのような奇怪な声を上げる。

 それは『呼び声』だった。

 花中達の背後から微細な振動がやってきた、と感じた次の瞬間、多量の白饅頭達が現れる! 人間達の誰もが突然の襲撃に慄くが、どの白饅頭も花中達には見向きもしない。一直線に、ミィと超大型白饅頭達の下へと駆け寄っていく。小型個体も大型個体も関係なく、初めて見る十~三十メートルほどに育った個体達さえも、続々と姿を現す。何万、何十万、何百万……森に散らばる無数の白饅頭が、全てこの場に集結しているかのようだった。

 彼等は察したのかも知れない。大人達を襲う生物が、自分達の繁栄を邪魔するどころか、滅ぼしかねない存在であると。

「ちょ、ちょーっ!? これは流石に多過ぎるって! フィアもサボってないで捌くの手伝ってよぉ!」

 さしものミィもこの大群には音を上げる……というのは正しくないだろう。でなければ『捌く』のを手伝えなんて言う筈もない。捌くだけなら、時間を掛ければ出来ると考えているのだ。

「嫌ですよ面倒臭い。花中さんが巻き込まれないように近くに居ないといけませんし」

 フィアもミィが負けるとは思っていないに違いないと、花中は感じる。ミィが負けたなら、次は自分達が襲われるかも知れない。フィアだってそれら分かっている筈。手伝いも逃げもしない時点で、勝敗は決しているのだ。

 故に、花中は恐れる事もなくミィ達の戦いを見つめるのである。

 例え勝者が明らかになろうとも、人智を超えた生存競争がどのような結末に辿り着くかなど、人には想像も出来ないのだから……

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