未来予想図5

「ギシャアアアッ!」

「ギシャ、ギシェアアッ!」

「ギャシャアアッ!」

 奇声を上げながら、五匹の白い怪物が森の中を駆ける。

 森の中の地面は強い湿り気を帯び、ぬかるんだ場所もちらほらと見受けられる。傾斜もキツく、天然の滑り台があちらこちらに出来上がっていた。人間ならば一歩一歩踏み締めるようにして歩かねば前に進めない環境だったが、されど怪物達は違う。

 身の丈四メートルを超える彼等の、一見して触手のような足の先にはスパイクのような突起があり、柔らかな地面に突き立てて足場を固定していた。その上突起は格納が可能で、足を前へ繰り出す間際には邪魔にならないようしまわれる。これにより彼等は悪路をものともせず、時速二百キロもの速さで駆け抜ける事が出来ていた。

 これほどの速さになると、飛び出している植物の枝葉でさえ凶器となる。故に彼等は優れた動体視力を発達させた。成長するほど、己の身体能力が増すほどに進化するその感覚は、体長四メートルはある彼等であれば音速の倍近い速さで飛んでくるライフル弾すらも易々と躱せる。万一回避出来ないような時への対応として、弾力のある頑丈な皮膜と、驚異的な再生能力も有するように進化した。目まぐるしく変化する状況に対処すべく脳も発達し、副産物ではあるが動物としては高い知能を有している。

 肉体、生命力、知性――――全てを兼ね備えた彼等は正に究極の生命体。イノシシだろうがシカだろうが、クマだろうがスズメバチだろうが、彼等にとっては全てが獲物だ。一方的に狩り、喰らい、舌と腹と喉を潤すための肉塊でしかない。

 それはこの森に入り込んだ、柔らかくて愚鈍で美味なる生き物達相手でも同じだ。

 彼等の優れた感覚器は、美味なる生き物がこの森に来た事を察知していた。そのうちの一匹が、すぐ近くまで来ている。増えに増え、食べ物に飢えていた彼等にとっては正に吉報。誰もが我先に獲物を貪り食おうと全速力で森を駆け

「みぃーつけたぁー」

 暢気な声に、五匹全てがその身に悪寒を走らせる。

 正面から『何か』が来ている。

 彼等の優秀な感覚器は危機を捉えた――――その時には何もかもが遅かった。

 自分達の動体視力でも捕捉出来ない超高速で接近してきた『何か』が、仲間の一匹を連れ去ったのだから。

「  ギシャッ!?」

 気付いた時には、仲間は余波で千切れたのであろう数本の足と青い血糊だけを残し、跡形もなく消えていた。遅れて悲鳴と肉の潰れる音がして、彼等は仲間の絶命を知る。

 何があったかは分からない。

 しかし本能は未だ危機を覚え、彼等は飢えも忘れて逃走を図る、が、二匹の仲間はそれも叶わなかった。地面が突如として水のように変わり、二匹の仲間を引きずり込んだのである。

 残りは二匹。その二匹も、抗う暇すら与えられない。

 正面と背後から、おぞましい化け物が二匹、同時に迫ってきたのだから――――




「もぐもぐ……んんー♪ これは美味ですねぇー。やっぱり大きいほどに美味しいようですね」

「ほんとほんと。奥まで来た甲斐があったってもんだよ。かぷっ」

 仕留めた五匹の白饅頭の、曰く最も美味しい部分である腹の脂身を頬張りながら、フィアとミィが喜びに満ちた感想を漏らした。

 四メートル級の白饅頭 ― とりあえず大型個体と呼称する ― は、一体で戦車を簡単に破壊するほどの戦闘能力を有していたが……フィア達にとっては幼体の白饅頭と大差なかったらしい。見付けてから殲滅まで僅か二秒。これでフィア達はまだまだ遊びのつもりである。

 『自然』の成り行きに任せようと思っていた花中も、これだと本当に白饅頭を絶滅させてしまうような気がして、ちょっと笑みを引き攣らせてしまう。

「花中さん花中さんこの辺りとか脂が乗ってて美味しいですよ。一口どうですか?」

 おまけに友達フィアからねっとりとした謎生物の生肉を食べるよう誘われたなら、いよいよ顔全体が強張るのも仕方ないだろう。

「え、あ、や、え、遠慮、しとこう、かな……」

「? でもお腹空いてるんですよね? 確かそう言っていたと思うのですが」

「へぁ!? そ、その、な、生肉は、ちょっと……無理で……」

「むぅそういえば人間は生肉を食べないんでしたっけ」

「あ、なら焼けば良いじゃん。ちょいとその肉、こっちに向けて」

「こうですか?」

 フィアが生肉を乗せた手をミィの方へと差し出す。

 するとミィは深々と息を吸い、バチバチと身体の内から音を鳴らした……刹那、その口から火炎を吐き出した。

 正確には体内の熱エネルギーを肺で圧縮・口から放出したものであるが、実質火炎放射である。ああ、そういえば吐けましたよね炎……黄昏れる花中の目の前でミィは数秒炎を吐き、すっと止める。

 炎が通り過ぎた後、フィアが持っていた肉は程よく焼けてジューシーな香りを漂わせていた。ちなみにフィアの手は諸共焼かれたが、この程度の炎で気化するほどフィアの『身体』は柔ではない。怒るどころか、出来上がったこんがり肉を前にしてフィアは大変愛らしい笑みを浮かべた。

「おおっこれは何時も花中さんが食べている肉の焼き加減に近い焼け方のような気がします」

「ふふーん。何時も人間がお肉を焼いてる事に気付き、そっちの方が美味しいかもと思って密かに練習していたんだ。まぁ、あたしは生肉の方が好みだったけど」

 勉強熱心ですね、お陰で逃げ道がなくなりました。

 心の中でミィに賞賛と悪態を吐きながら、花中はフィアの手にある焼き肉を見つめる。生だから食べられないと言った以上、生ではなくなったのだから食べねばなるまい。それに嗅いでみれば、焼けた匂いは悪くない……いや、むしろ食欲をそそる。

 恐る恐る花中は焼けた肉を指で摘まむ。皮が薄い花中の手には少々熱過ぎる温度は、焼き加減としては丁度良さそうだ。あまり長く持てない事もあり、花中は思い切って肉を丸ごと口の中に入れる。口の中にも熱さは一気に広がり、想像以上の高温に花中は右往左往。

 その拍子にかぷりと、肉を噛み潰した。

 瞬間、ぶわっと吹き出してくる肉汁が花中の舌の上で舞い踊る。味覚細胞が多彩な旨味を伝え、その情報量の多さに花中はパチリと目を見開いた。

 確かにこれは美味だ。

 生物的には節足動物の系譜なのか、白饅頭の味はカニやエビに近い。しかしなんとも複雑な味となっている。例えるなら高名なシェフがハーブや果実などを用いて下ごしらえをしている途中の肉を、気の早い盗人が持ち出して焼いたかのよう。あと一つまみ何かを入れれば、高級料理として成立しそうだ。

 動物フィア達からしたら、こんなにも複雑な味の食べ物は初めてに違いない。美味だ美味だとはしゃぐのも頷けるというものだ。

「んんふぅ……美味しい……すごく美味しいよ、フィアちゃん!」

「ふふんそうでしょうそうでしょう」

 得られた感動に突き動かされて想いを伝えれば、フィアは自慢げに胸を張る。

 こんなにも美味しいならもっと早く食べれば良かったと、花中は過去の自分を叱責したくなった。過去の分を取り戻そうとしてか、食欲がもりもりと沸いてくる。今なら幾らでも白饅頭の肉を食べられそうだ。

「もっと食べる? 肉ならまだまだあるよ」

 尤も、横たわる白饅頭を見てしまうと、沸き上がった食欲は簡単になくなってしまうが。脂の乗った腹が引き裂かれ、どろどろとした紫色の内臓が地面に散乱する様を見るのは、人間の精神衛生上よろしいものではない。

「い、いえ……大丈夫、です。はい」

「そう? なら良いけど」

「それよりも次の奴を探しませんか? 奥の方からもっと大きい奴の気配がしていますよ」

「おっと、確かに。コイツらよりもっと美味いかなぁ」

 フィアが森の奥を指差しながら尋ねると、ミィはノリノリで同意する。二匹の会話を聞くに、どうやらこの森にはこの大型個体をも超える白饅頭が居るらしい。

 もしもこの四メートル近い個体でもまだ成体でないとしたら、より大きな個体……仮に『超大型個体』と呼ぶとしよう……こそが白饅頭の成体かも知れない。成体という事は、繁殖能力を有している筈だ。泥落山に白饅頭が溢れたのは、その超大型個体が何時までも天敵に襲われていない事が原因とも考えられる。

 花中の推測が正しいかどうかは別にして、フィア達は仕留める気満々だ。フィアは花中を抱き上げると、更に森の奥へと足を踏み入れる。険しい山登りも、二匹にとっては散歩道のようなもの。さくさくと踏み越え乗り越えのんびり前進する。

 さて、森の奥であるが……進めば進むほど、白饅頭の襲撃は苛烈さを増した。

 現れる白饅頭はどれも四メートル前後の大型個体。小型個体ほどの数はないものの、それでも三~五体ほどが一度に現れる。どれもが尋常でない機動性で山を駆け、木々の陰から現れるため、花中では出現の兆候すら分からない有り様だ。

 しかしフィア達にとっては雑兵でしかない。いや、森の奥に潜むより大きい……そして恐らくはより美味な……個体を察知したフィア達からすれば、顔の周りを飛び交う羽虫のようなものだろう。最早獲物として見ていないようで、展開した『糸』や超音速パンチで粉砕。襲い掛かってきた白饅頭は次々と肉塊となり、生態系の物質循環に戻っていく。

 ここまで一方的だと、人一倍臆病な花中ですら恐怖をあまり感じない。周りの警戒や迎撃は全てフィア達がやってくれるので、頭のリソースを自分の思考にだけ回せる。お陰で花中は悠々と辺りを見渡し、考え込む事が出来た。

「(うーん。奥に行くほど、大きいのが来ている気がするなぁ)」

 まず気になったのは、白饅頭のサイズ変化である。

 どうにも山奥へ進むほどに白饅頭が巨大化しているように感じられる。市街地との境界線付近には小型個体のみが生息し、そこから奥に進むと大型個体が現れ、今や大型個体ばかり。更に奥には超大型個体の気配あり、と、実際奥へ行くほどに大型の個体と遭遇するようになっているので、勘違いという事はないだろう。

 原因についても、憶測だが簡単に思い付く。同種間の縄張り争いだ。餌が豊富な森の奥深くを強い大きな個体が獲得し、弱い小さな個体は森の外側へと追いやられているのだろう。

 だとすると最大級の個体……白饅頭の成体は、森の最深部に潜んでいるに違いない。

 さて、白饅頭の成体は果たしてどれぐらいの大きさなのだろうか……

「……ん?」

 考え込んでいた花中だったが、ふと違和感を覚える。

 フィア達が、真っ直ぐ歩いていないような?

 森の中では似たような景色が続く事で、平衡感覚など簡単に狂ってしまう。故に花中は最初、ただの錯覚だと思っていた。しかしフィアが一気に三十度ぐらい方向を変えた事で、自分の感覚が正しかった事を知る。

 フィア達は、森の奥を目指していない。なら、何処へ向かっているのだろうか?

「フィアちゃん? どうしたの? 森の奥に、行ってないみたいだけど……」

 疑問を抱き、花中はフィアに尋ねる。

 フィアはちらりと花中に視線を向け、されどすぐにその目を正面へと戻す。隣を歩くミィも同じく、前をじっと見ていた。

「白饅頭の奴等が一斉に動き出しました。大きいものも同様です。それを追っています」

 そしてフィアは花中の疑問に答えてくれた。誤魔化しなんてない返答は、花中の背筋にぞわりとした悪寒を走らせる。

 フィア達が何処へ行くかは白饅頭次第なのだから、フィア達にも何処に辿り着くかなんて分からないだろう。しかし森の奥でないのなら、必然森の外側……即ち、人々が暮らす町の方に近付く事になる。

 今花中達の居る場所から町までは、かなりの距離がある。しかし白饅頭達は、フィア達ほどではないにしろ出鱈目な機動性を有していた。白饅頭がどれだけの時間走り続けられるかは不明だが、花中人間達に幾度となく見せ付けてきた超スピードを用いれば、森の外に出るまで十分と掛かるまい。

 もしも一匹でも白饅頭が町に出てしまったら?

 戦車でも倒せないような怪物なのだ。一般人にどうこう出来る相手ではない。無防備な市民が襲われたら、一方的に『餌』となってしまうだろう。

 自然の成り行きに任せようと思ったが、大勢の人々の命が脅かされているとしているのを見過ごす事は出来ない。無論花中に白饅頭をどうにかする力はないが……『大自然』の背中をちょっと押す事は出来る。

「ふぃ、フィアちゃん! その、は、早く、行こう! 早く!」

「おっと花中さんまたお腹が空いたのですか? 今日の花中さんは食いしん坊さんですねぇ」

 花中の焦りを食欲によるものだとフィアは勘違いしていたが、今はそんな些事に拘ってる場合ではない。こくこくと頷き、フィアの誤解に同意する。

 フィアは少しばかり歩みを早め、ミィもそれに随行するように歩幅を合わせる。彼女達からすればちょっと早歩きした程度のそれは、人間である花中からすれば高速道路を駆ける車のような速さ。迫り来る木々に慄いた花中は、フィアにしがみついて恐怖に耐える。

「……ん?」

「あん? これって……」

 その最中にフィアとミィがぽつりと呟いた、刹那、眩い光が花中の目を刺激した。

 光に驚いた花中は思わず目を瞑る。しかし閉じたままでは何も分からない。ゆっくりと、恐る恐る花中は瞼を開く。

 すると目の前には、切り拓かれた景色が広がった。

 先程花中の目を刺激した光は、空から降り注ぐ太陽光だったようだ。しかしそれは不自然な事。泥落山は何処もかしこも、鬱蒼とした森に覆われている山なのだから。

 花中は見開いた眼で周囲を見渡す。辿り着いた場所は、無数の丸太が積まれた、公園程度の面積がある広間だった。伐採跡地のようだが、下草が殆ど生えていない。一般的に木が倒れるなどして地上に光が差し込むと、休眠していた草木の種が一気に芽吹くため、多量の下草が生えてくるものだ。それがないという事は、この空間はごく最近になって出来たに違いない。

 では、誰がこの空間を作ったのか?

 間違いなく――――広間の中央に集まる、チェーンソーを片手に持つ五人ほどの兵士達と、そんな彼等を取り囲む十数人の兵士達であろう。

「誰だっ!」

 チェーンソーを持っていた兵士の隣に立っていた兵士達は、一斉に手に持っていた銃口を花中達に向けてきた。

 フィアとミィは微動だにしなかったが、花中は反射的に恐怖心を抱いてフィアにしがみつく。花中を怖がらせた事に怒りを覚えたようで、フィアは鋭い眼差しで兵士達を睨み付けた。ミィの方も警戒心を露わにする。

「む、また君達か」

 もしも兵士の一人が聞き慣れた声を出さなかったら、どうなっていただろうか。

 そして彼女がヘルメットを外し、見慣れた顔……マーガレットの素顔を見せなければ、一触即発の空気はすぐには収まらなかったに違いない。

「おや? あなたは……誰でしたっけ?」

「マーガレットでしょ。もう名前忘れてんの?」

「ああそうですそうです。マーガレットさんでしたね。何故あなたがこんなところに居るのです?」

「君達と会った時から我々の目的は変わってない。3FB2……君達が白饅頭と呼んでいる生物の駆除だ。君達は何故此処に?」

「! そ、そうです! あの……」

 花中は顔を上げ、マーガレットに現状を伝えようとする。フィア達は白饅頭の大移動を察知し、自分達はそれを追って此処に辿り着いた。即ち、白饅頭の大群はこの広間に向かっているという事だ。

 白饅頭と接触・戦闘になれば、マーガレット達に大きな被害が出るかも知れない。すぐにこの場から逃げてほしいと訴えるべく、花中は口を大きく開けた。

 しかし遅かった。

 花中が警告を発する寸前に、伐採されていない木々の間から無数の白饅頭の小型個体が跳び出してきたのだから!

 白饅頭が現れたのは、マーガレット達の側面からだった。マーガレット達の正面に立っていた花中には、彼女達の置かれている状況がハッキリと見える。森から現れた白饅頭の数は凡そ数十。恐らく森に入ったばかりの自分達が襲われた時のように、森の中にはまだ何千もの数の幼体が潜んでいる筈だ。対してこの場に居る銃を持った兵士は、マーガレットを含めてもたった十数人。アサルトライフルを十発近く喰らって、なおも生きている怪物を相手するにはあまりに物量が足りない。

 兵士達の抵抗も虚しく、彼等は全員白饅頭に食い荒らされてしまう――――そうなると花中は思っていた。

 だが、花中は見誤っていた。

 仮にも人類は、この星の支配者を名乗るだけの実力がある事を。

 そして兵士達の持つ銃が、野外基地で見たものとは『別種』である事を。

「総員、殲滅を開始しろ」

 マーガレットがぽそりと呟いた瞬間、兵士達が持つ銃器が火を噴いた。

 銃器は無数の弾丸を撒き散らし、白饅頭達目掛け飛んでいく。ケダモノである白饅頭達はその弾丸を避けもせず、弾力があり強固な皮膜で受け止めた

 刹那、白饅頭の頭が

「……えっ?」

 弾丸の軌跡など見えない花中には、突如として白饅頭の頭が破裂したように見えた。しかしすぐにその破裂が、兵士達の放った弾丸によるものだと察する。

 迫り来る白饅頭が、次々と破裂していったからだ。兵士達は銃弾を撃ち続け、放たれた弾丸は次々と白饅頭に命中。まるでゲームの雑魚モンスターのように、藻掻く暇すらなく白饅頭の小型個体は倒されていく。破裂は白饅頭の身体中央付近で起こり、全身が粉々に砕けている。原形すら留めておらず、足だけでなく触手までもが跡形もない。

 花中は困惑した。

 白饅頭の身体は、小型個体であってもアサルトライフルの弾丸なら数発は耐えるほど強固。仮になんらかの事情でこの辺りの個体が他の小型個体よりひ弱だとしても、弾丸一発で弾け飛ぶほど脆弱とは考え難い。いや、いくら脆くてもあんな、四肢の末端までバラバラになるような弾け方はするまい。

 だとしたら原因は、兵士達が持っている銃……正確にはその弾丸にある筈。

「おや?」

 何が起きているのか探ろうとする花中だったが、ふと、自分を抱きかかえているフィアが漏らした声に気を取られる。

 なんだろう、と花中は顔を上げてフィアの方へと振り向いた。

 直後自分達の背後から白饅頭、それも五メートル以上はある、が跳び出してきた!

「ぴぃっ!?」

 意識が逸れていたところの襲撃に、花中は思わず悲鳴を上げる。尤も、恐れ慄いたのは花中だけ。フィアとミィは、石の隙間から出てきたダンゴムシを見るような、その程度の挙動しか示さない。白饅頭も本能で脅威を察したのかフィア達には目もくれず、より脆弱で数が多い兵士達に迷わず突撃していく。

 そして兵士達も襲い掛かる怪物を前にして後退り一つせず、己の手にある銃を一糸乱れぬ動きで差し向ける。

 命令をするまでもなく、兵士達は自衛のため発砲。巨体を誇る白饅頭の身体に当てる事は難しくなく、雨のように放たれた何百もの弾丸が白饅頭を貫く。

 直後に起きるのは、小型個体と同じような現象。大型個体の表面が水膨れのように膨れ上がり、次々に弾けていく。小型個体が全身バラバラになったのと比べれば小規模だが、それでも大きなダメージには違いない。

 大型個体は悲鳴を上げ、大地に倒れ伏す。巨体は大地を揺らし、どれほど大きな生命力があったかを物語る。しかしやがて彼は動かなくなり、全身から溢れる血が大地を青く染め上げた。

 小型個体より明らかに強大な生命。それを人間は、難なく打ち倒してしまった。

「……ふむ、予想以上の結果だな」

 大型個体を最後に襲撃が止み、マーガレットは安堵するように独りごちる。兵士達も銃を下ろし、警戒はしつつも、臨戦態勢を解いた。

 襲撃時と変わらぬ体勢なのは、全く動じていないフィアとミィ、そして呆けたままの花中だけだった。

「おー何時の間にか白饅頭を倒せるようになったのですね」

「なんか弱点でも見付けたの? それともその銃のお陰?」

「機密情報だ……と言いたいが、特別に教えてやろう。この銃にある、弾丸のお陰さ。つい先程、本部より補給された」

「弾丸?」

 オウム返しをするフィアに、こいつだよ、と言いながらマーガレットは防具に備え付けられていたポーチ型の箱から小さな何かを取り出す。フィアだけでなく花中もまじまじと見たところ、不思議な形の弾丸であると分かった。

 弾丸は捻れるような螺旋 ― 綺麗な形ではなくかなり歪な ― を描いており、明らかに通常の弾丸と異なる形態をしていた。全体のフォルムもライフル弾やアサルトライフルの弾のような鋭い円錐状ではなく、ずんぐりとした、一見して鉛色のどんぐりに見えるもの。大きさは人の指先ほどだ。

 銃器にさして明るくない花中であるが、見せられた弾丸が奇妙なものである事はなんとなく察せられた。

「それは、えと、新兵器……なのでしょうか……?」

「その通り。対怪物用に開発していた、人類の切り札だ」

「切り札? そんなものが切り札ねぇ」

 マーガレットの言葉に、フィアは呆れるようにぼやく。ミィも訝しむように眉間に皺を寄せていた。フィア達からすれば、銃弾なんてものがどうして切り札と成り得るのか、さっぱり理解出来ないのだろう。

 そんな『化け物』二匹の疑問に、マーガレットは不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「この弾丸の表面には、ある特異なパターンの溝が掘られている。目に見えるサイズのだけでなく、ナノサイズのものも、だ。この複数の溝は分子レベルの摩擦を引き起こし、熱分解を引き起こす……つまり分子レベルで対象を破壊する銃弾という事だ、こいつはな」

「はぁ……よく分かりませんが凄いものなのですか?」

「さぁ? あたしにもよく分かんない」

 マーガレットの誇らしげな説明に、フィアもミィも首を傾げるばかり。驚きで目を見開いたのは、花中だけだった。

 分子レベルで対象を破壊する。

 それも物理的にではなく、熱による分解だ。対象の材質にも依るだろうが、マーガレットの自信からして、生半可な物質では耐えられない温度なのだろう。白饅頭達の身体が破裂したのも、発生した熱量により身体の中の水分などが気化し、大きな膨張圧が加わったのが原因か。

 どの程度の威力があるかは分からないが、既存の兵器とは比較にならない破壊力・貫通力を有しているのは間違いない。材質が違うので一概には言えないが、戦車砲すら通じない大型個体すら倒した事から、恐らくは戦車の出鱈目な ― 音速の数倍もの速度で飛んでくる重さ二十キロの鋼鉄の塊を、真っ正面からなら平然と受け止める ― 装甲であっても貫通可能なのだろう。

 機動兵器すら貫く破壊力、一秒に数発と飛ばす連射性、個人で扱える反動の小ささ……最早SF作品に出てくるような超兵器を、『世界の支配者』だけでなく人類も生み出していたとは。この武器を用いて戦えば、人間の犠牲は殆ど出さずに済むかも知れない。それ自体は人間である花中にとって喜ばしい話である。

 だが、そうなると……

「あ、あの、マーガレットさん。一つ、確認したいの、ですが……」

「なんだね?」

「その……その銃で……白饅頭……えと、3FB2を、どうするつもり、なのですか……?」

「ああ、そんな事か」

 花中の問いにマーガレットは爽やかな微笑みを浮かべ、

「無論殲滅だ。人類の繁栄のためにも、奴等は排除する必要がある。この方針は今も変わらない」

 なんの迷いもない言葉で、答えた。

「……殲滅……」

「では我々は先を急ぐ。奴等が人里まで降りる前に駆逐せねばならないからな」

 マーガレットはそう言い残し、兵士達を率いて花中達の横を通り、森の奥へと進んでいく。

 その際マーガレットはフィアとミィを一瞥。フィア達を見て、けれども特段何も言わないままこの場を後にした。

 残された花中達は、しばしこの場に立ち尽くす。フィアはぼんやりと、ミィはだらだらと、そして花中はフィアに抱きかかえられたままおどおどと。

 まさか、本当に人間は白饅頭を絶滅させてしまうのではないか。

 一発で一匹の小型個体を倒せるなら、何千何万という数を一日で駆除するのも難しくはあるまい。白饅頭の繁殖力がどれほどのものかは分からないが、これだけの駆除が出来れば、恐らく根絶も不可能ではないだろう。人間の力を、人間である花中自身が見くびっていたかも知れない。

 白饅頭が滅びたら、この森の生態系はどうなってしまうのか。何が増えて、何が起こるのか。

 何も、分からない。

「花中さん。我々も急いであの人間達を追いましょう」

「うん、早くした方が良いと思うよ」

 花中の胸中で渦巻いていた不安は、フィアとミィの進言を受けて一層加速した。フィア達は美味しい白饅頭を求めている。そんなフィア達が『急かす』という事は、白饅頭の存続の危機を察知したのではないか……そう感じたからだ。

「う、うん。急ごう!」

 花中が同意すればフィアは花中を抱きかかえ、高々と跳躍。木々の上まで跳び出し、地形を無視して直進する。ミィも続けて跳躍してきたのか、空を跳ぶフィアの隣に並んできた。

 普通に走っても十分に速いのに、跳躍しての移動。フィア達の焦りが、身体に圧し掛かる慣性で花中にも感じられる。一体マーガレット達は、人間達は何処を目指しているのか。何が起ころうとしているのか。フィアの進む方角からそれを窺い知ろうと、加速度に苦しみながらも花中は目を開け

 その目を、大きく見開いた。

 頭の中が真っ白になる。加速度の苦しみなんてすっかり忘れた事で出来上がった思考の隙間を満たすように、花中の脳裏にある考えが過ぎった。

 ひょっとして、自分は頓珍漢な勘違いをしていたのではないか? 

 フィア達は何故自分を急かしたのか? 焦ったからだと思っていた。だが、そうではないかも知れない。焦り以外でも、相手を急かす時があるではないか。

 自分は誰を見くびっていた? 人間の力の方だと思っていた。だが、それすらも勘違いだったかも知れない。強いと信じていた力が、コガネムシがカブトムシに変わった程度だったのではないか。或いはクワガタムシだと思っていたものが、本当は三つ首の魔獣だったのではないか。

 自分は何を勘違いしていた? 何処から勘違いしていた?

 もしも、何もかもが勘違いだったなら。

「ようやく出てきましたね……とびきり美味そうな奴が!」

「あれはあたしのもんだぁーっ!」

 空を跳ぶフィアとミィが、喜々とした雄叫びを上げる。

 山奥より木々を木の葉のように吹き飛ばしながら突き進んでいる、巨大で恐ろしい何かを目指しながら――――

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