未来予想図2

 鬱蒼と生い茂る木々。

 じっとりと湿った高温の空気。

 濡れた落ち葉に埋め尽くされた地面。

 そして先が見えないほどの暗闇。

 空にある爽やかな青空は偽物か幻覚で、本当はどんよりとした雲に覆われた夜空が広がっているのではないか? この先は地獄につながっているのでは? そんな錯覚を覚えてしまうほどに、その森はおぞましい雰囲気を纏っていた。常人ならば一目で背筋を凍らせ、足を震わせてしまうだろう。余程の理由 ― 例えば生まれて初めての友達になってくれそうな人が待っているとか ― がなければ、踏み入る事など出来やしまい。

 此処こそが泥落山。地元民すらあまり近付かない、不気味な森に覆われた山である。ましてやこの山に、恐るべき生命体が潜んでいるとなれば……

 山を前にした花中はぶるりとその身を震わせ、感じた恐怖を露わにした。

「此処は何時来ても根暗な場所ですねー」

 尤もフィアはその不気味さを前にしても、恐れるどころか暢気な一言で片付けたが。

 森と住宅地の境目にて一旦立ち止まった花中達は、此処で準備体操をしていた。準備体操といってもフィアはだらだらと手足を揺れ動かし、ミィはゆっくりと背伸びをしているだけ。真面目に身体を解し、そして今でも緊張しているのは、ただの人間である花中のみである。

「花中、大丈夫? なんかガタガタ震えてるけど」

「へ? あ、いえ、えと……だ、大丈夫です。その、少し緊張しているだけ、ですので」

「大丈夫ですよ花中さん。この私が一緒ですからね。手を繋ぎましょうか?」

「う、うん。ありがとう」

 フィアからの気遣いを素直に受け入れ、花中はフィアの手を握り締める。フィアも花中の手を握り返しながら優しい笑みを浮かべ、それを見た花中は少しだけ気持ちが落ち着きを取り戻す。ぽかぽかとした手の温もりも、気持ちを前向きなものにしてくれた。

「大丈夫? もう行ける?」

 明るさを取り戻した花中に、ミィが尋ねてくる。質問するような言い方だが、煌めく瞳には期待の感情がこもっている。

 彼女は早く森の中に入りたいのだ。友達と一緒にハンティングという遊びを始めるために。

 その期待を裏切るつもりはない。

「……はい。大丈夫です。すみません、もたもたしちゃって……」

「気にしてないよ。んじゃ、行こうか」

「はいっ!」

「よぉーし、しゅっぱーつ!」

 花中が返事をすれば、ミィは元気の良い掛け声と共に森へと踏み入る。ミィの後を追うように、フィアと花中も森の中へ立ち入った。

 密になって生える木々の葉が太陽を遮り、森の中は濃い闇に満ちている。足下は落ち葉が降り積もり、木々の根や地面の凹凸を覆い隠していた。人間ならば一歩一歩慎重に歩かねば危険な地形だ。

 ましてやミュータント級と友達から称されたほどの運動音痴である花中では尚更……となるところだが、しかし今日の花中の傍にはフィアとミィが付いている。足場が危険な時は事前に教えてくれるし、倒木や段差がある時はその超越的力を以て手助けしてくれた。歩みは順調そのもの。プロの登山家のようにすいすいと先に進んでいける。

 結果、直進距離にして二百メートルほど進むのに、五分ほどしか掛からなかった。一般人ならこの道のりを行くだけで十分は掛かるだろう。花中一人ならこの倍だ。後ろを振り返っても、木々に阻まれて住宅地の姿はもう見えない。森の奥深く、とは到底呼べないにしても、自然を色濃く感じられるようになってきた。此処は既に人の領域ではなく、野生生物が支配する世界なのだと『本能』が感じ取る。

 なのに、おかしい。

「……なんか、静か、だね? 何もいないみたいに」

 花中は抱いた違和感を、フィア達に打ち明けた。

 鬱蒼としたジャングルのような景色が広がっている泥落山。八月末の煮えるような暑さがこの場には満ちており、生きやすいかは兎も角、森の中には生命が多く棲んでいそうなイメージがある。実際去年の六月にこの山を登った際、怪鳥やら獣やらの鳴き声がたくさん聞こえてきた。意識せずとも、この山の豊かさを実感出来たものだ。夏ならばもっと活気があっても不思議ではない。

 ところが今日は、なんの声も聞こえない。どれだけ集中して耳を傾けてみても、だ。

 まるで、この山から生命が消えてしまったかのように。

 とはいえ所詮は人間花中の聴力。微かな音を聞き取れるかというと、そこまで自信がある訳ではない。ましてや今日はフィアやミィという、恐るべき生命体が訪れたのだ。彼女達の強大さを察知し、多くの生命が身を隠しているのかも知れない。

「音に関してはそうですね。でも生き物はたくさん居ますよ? 例えばあそことか」

 そんな花中の『期待』に応えるように、フィアはある場所を指差しながら教えてくれた。ミィもフィアが指差す方向に目を向けていて、花中は安堵しながら二匹と同じ場所を見る。

 フィアが指し示したのは、ちょっとした茂みだった。ちょっとしたといっても、人一人ぐらいなら隠れられそうな大きさがある。空を覆い尽くす木々の葉により光が地上まで届かず、そのため下草が疎らにしか生えていない泥落山にしては、かなりの大きさがあると言えよう。近くに真新しい倒木が見えるので、時間帯によっては日が差し込む場所なのかも知れない。

 しかし一体何が潜んでいるのだろうか? サルやウサギ、鳥の類なら怖くはない。だが茂みの大きさからして、人間ぐらいなら潜めそうである。つまり人間より小さな、例えばイノシシや小柄なクマという可能性もあり得るのだ。小柄とはいえ獣というのはガッチリとしたもので、イノシシでも小柄なクマでも、人間を殺傷するに足るパワーを持っている。迂闊に刺激するのは危険だ。

 尤もフィアとミィからすれば、獣達の一撃など蚊が刺すほどのダメージにもならない。そして花中達は今、ハンティングに来ている。

「それじゃあ早速一匹仕留めてみましょうかねっと」

 故にフィアがなんの躊躇もなく茂み目掛けて指先から水の弾丸を放っても、花中はさして驚かなかった。

 放たれた水は、花中の目には見えない速さで茂みへと飛んでいく。その質量と速度は正しく弾丸のそれであり、頭などに当たれば例え大型獣でも致命傷と成り得る運動エネルギーを有していた。

 そして、

「ぐぇっ!?」

 茂みの中に水弾丸が突っ込んだ次の瞬間、茂みの中からカエルが潰れるかのような『声』がした。

 ……それは、間違いなく声だった。鳴き声ではない。動物が上げるそれとは、明らかに異なるものである。

 一瞬の思考停止を挟み、花中はその顔を真っ青にした。花中にもハッキリと聞こえたのだ。ましてや人間よりも優れた聴力を有すフィアとミィが聞き逃す訳がない。獣と『それ以外』の区別だって付くだろう。

 フィアとミィは互いの顔を見合い、それからフィアは花中とも顔を合わせ、

「じゃあ先に進みましょうか」

「「うん、ダメだから」」

 一匹そそくさと逃げようとするフィアを、花中とミィは引き留めた。フィアは忌々しげに顔を歪めつつ露骨な舌打ちをしたが、生憎ミィだけでなく花中もこの程度で怯むほど浅い付き合いではない。

 渋々といった様子で足を止め、フィアは頭を掻きながら茂みの方へと向かう。その茂みの中に居る『誰か』を引っ張り出すために。

 花中はごくりと息を飲む。

 フィアの水弾丸は、文字通り弾丸の如く威力がある。どの程度の大きさの弾を放ったかは花中には分からないが、弾丸というものは有効射程圏内であれば大体何処に当たっても人を殺せるように出来ているものだ。つまり、撃たれた『誰か』はもう……

 おぞましい結末を予感する花中だったが、別段誰が死んでいようと気にも留めないフィアはなんの躊躇もなく茂みに手を突っ込み――――無造作に引っ張り出す。

 茂みから出てきたのは、やはり人間だった。

「ひっ!?」

「うっわぁ、やっぱり人げ、ん?」

 人間だと認識した瞬間花中は短い悲鳴を上げ、ミィが嘆きの言葉を漏らす……が、ミィは続けて疑念の声も漏らした。花中の遠退きそうな意識はミィの声でギリギリ踏み止まり、恐る恐るだがもう一度フィアが引っ張り出したものを見遣る。

 フィアが茂みから出したのは、確かに人間だった。大きな頭があって、胴体に手足が四本付いており、尻尾が生えていない。足は直立歩行をするのに向いた形をしており、手には五本の指がある。このような生物は ― 『化ける』生物は幾らか知っているが ― 人間しかいない。眼前の人物が人間なのは、とりあえず疑わなくて良いだろう。

 しかし『恰好』が奇妙なのである。

 まずその頭にはフルフェイスのヘルメットを被っている。胸部に着けているのは、鎧と見間違いそうなほど立派なプロテクター。下半身にはそれなりに大きな、機械的なものが付いていた。

 まるでSF映画に出てくるサイボーグのような出で立ち。これだけでも十分に怪しいが、極め付けは失神した際にぎゅっと握り締めるように固まってしまった手 ― その手も頑丈そうな手袋で守られている ― にある巨大な『銃』だ。

 花中は銃に明るい訳ではないが、その銃は猟師が使うような代物ではない。もっと近代的で、攻撃的な……アサルトライフルに似ていた。とはいえ映画やテレビで見たアサルトライフルよりも、更に大型でメタリックに見える。

 まさか本物ではないと思いたいが、だとすると森の中でサイボーグのコスプレをしながら茂みの中に身を潜めていたという、控えめに言って怪し過ぎる人物となる。

 どちらにせよ深く関わるべきではない。

「やっぱり見なかった事にしません?」

 フィアからの二度目の『誘い』に、今度の花中は顔を顰めるばかりで即答しなかった。ミィもすっかり黙ってしまっている。

 とはいえその不気味な『人間』が呻き、苦しそうに動けば、人間である花中の心の天秤は簡単に救助へと傾くのだが。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 花中はフィアが引っ張り出した人間に駆け寄り、出来るだけ大きな声で呼び掛ける。身体も揺さぶりたかったが、どのような怪我をしているか分からなかったので、そこは我慢した。

 幸いにして、花中が声を掛けるとその人間は返事をするように呻いた。苦しそうではあるが、生きてはいる。まずは『無事』だと分かり、花中はホッとしたように息を吐く。

「あの、もしもし? 起きられますか?」

「ウ……ゥ……」

 花中がもう一度呼び掛けてみると、人間は先程よりもハッキリとした声で呻く。やがて腕が動き出し、やや震えながらではあるがその手が大地を掴んだ。ゆっくりとではあるが、その人間は自力で起き上がる。

 起き上がる気力があるという事は、どうやらそこまでの重体ではなさそうだと花中は安堵した。勿論あくまで外観上の話で、体内がどうなっているかは分からない。出来るだけ早く病院に連れていくべきだろう。

「大丈夫ですか? 気分は、悪くないですか?」

「... painful...」

 花中が尋ねると、人間は英語で答える。確かこれは、痛い、という意味だったか。何処か痛むらしい。声は女性のそれであるように聞こえた。

 怪しい恰好の中身は、どうやら大人の女性のようだ。男なら見捨てた、なんて事はないが、男性が苦手な花中にとっては安心要素。気持ちが少しだけ弛む。

 しかしながら彼女が突然、跳ねるように立ち上がった際には、花中は腰を抜かすほど驚いてしまったが。ましてや突然銃を構え、銃口を向けてきたとなれば血の気も引いてしまう。

「おっと危ないですねぇ」

「錯乱してるのかなぁ」

 フィアとミィが暢気に、されど人間の反応速度を凌駕する超スピードで自分の前に立ってくれなければ、花中は冷静さを取り戻す事が出来なかったに違いない。

 緊迫する空気だったが、それはすぐに霧散した。女性はしばらくすると大層居心地悪そうに、自ら銃を下ろしたからである。そして彼女は歩き始めた……森の奥を目指して。

 助かった、と花中が安心出来たのは一瞬だけ。一時とはいえ失神するほどの打撃を受けたのだから、あの女性には病院でしっかりと診察を受ける必要がある。このまま山の奥へと進む事を黙認してはならない。

「あ、ま、待ってください! そっちは山の奥で、病院はあっち……」

「Don't touch me! Return quickly!」

 慌てて花中は女性を引き留めようとするが、女性は英語を叫んできた。帰れ、と言いたいらしい。拒絶の言葉は臆病な花中を怯ませるには十分な威力があり、花中の足はすぐに竦んでしまう。

「ほらー、何処行くのさぁ」

 幸いにしてミィがすぐに捕まえてくれたので、彼女が何処かに行ってしまう心配はなくなった。

 女性は腕を掴んできたミィを振り払おうとして暴れるが、所詮は人間の力である。振り払う以前にミィの腕はぴくりとも動かない。しかしそれでも女性は暴れ続け、必死に山の奥に進もうとする。

 あまりの必死ぶりに花中は気圧され、同時に疑問も抱く。先程からずっと英語で叫んでいる事から、恐らく彼女は生粋の外国人なのだろう。しかし何故外国人がこの山に居るのか? 富士山や高尾山のような有名どころなら兎も角、こんな不気味な森に覆われている山に足を踏み入れるなんて……

 違和感を覚えたのは花中だけでなく、ミィも同じらしい。女性の腕を掴んだまま、ミィは眉を顰めている。それでも女性に自由を与えはせず、ようやく力では敵わない事を察したのか、女性はミィの腕を振り解こうとするのを止めた。体力を使い果たしたのか、ぐったりと背筋を曲げる。ヘルメットを被っているためその顔色を窺い知る事は出来ないが、険しい気配を花中は感じ取る事が出来た。

「ねぇ、どうしたの? なんか森の奥に用でもあるの?」

「……………」

 ミィは ― 外国の言葉が全く分からないのもあって ― 日本語で、ゆっくりと女性に尋ねてみる。女性は荒い息遣いをするだけで、今度は黙りこくってしまった。しかし意味が分からないという訳ではなさそうである。でなければ、「喋らない」という意思を示すかのように顔を背けはしないのだから。

 気を失った直後でも森に戻らねばならない用事。事情を問われても決して話せない秘密。そして全身を包む防具と、その手にある銃器。

 何か、ただならぬ事情を抱えているのではないか……花中はそんな推察をした。力になれるかは分からないが、このまま見て見ぬふりなど出来ない。花中は女性に声を掛けようと口を開けた

 刹那、フィアが花中の前に立つ。

 フィアは腕を組んで仁王立ちしながら、周囲を見渡していた。いや、フィアだけではない。ミィも辺りを見渡しており、女性は銃を構えている。特に女性は鎧のような防護服越しでも分かるほど警戒感を露わにし、忙しなく周囲を警戒していた。

 何も感じていないのは、花中だけ。

「フィアちゃん、どうしたの……?」

「何かが近くに来ています」

 尋ねるとフィアは淡々と答えてくれた。フィア自身は大した危機感を抱いていないのか淡々とした口振りだったが、花中は驚きでギョッと目を見開く。

 花中も辺りを見渡してみたが、鬱蒼とした木々が見えるだけ。動物の、というより生物の気配は感じられない。しかしフィアが感じ取ったという事は、間違いなく『何か』が居るのだ。恐らくは木々の裏……自分達のすぐ近くに。

 一体何が潜んでいるのか。恐怖から花中はフィアにしがみつき、フィアは花中を守るように抱き寄せる。

 そして女性は、忌々しげに舌打ちをした。

「……何時の間に……いや、私を追ってきたのか。くそっ」

「あらあなた日本語話せたんですね。しかし先程から何かがうろちょろしているとは思っていましたがなんですかねぇこいつら」

「ふぅん、あたしらにケンカ売ろうってんだ。上等じゃん」

「っ! お前達は早く逃げろ!」

 日本語で悪態を吐いた女性は、花中達に逃げるように促そうとしてくる。彼女は、フィア達が関知した存在について何か知っているのか? 自分達は何に包囲されている? 花中はそれを尋ねようとした。

 が、遅かった。

 木陰から一匹の『生き物』が跳び出してきたのだから。

 花中は驚きで目を見開いた。突然現れたから、というだけではない。自分の知るどんな生き物にも似ていなかった、というのが一番の理由だ。

 生物の身体には毛が生えておらず、薄っすらと見える静脈の青さが混ざった不気味な白色をしている。剥き出しの肌は皮というより肉のようで、生々しさがあり気色悪い。胴体はダックスフンドのような寸胴だったが、側面から八本の触手が生え、足のように蠢いていた。頭部には昆虫の単眼に似た黒いレンズが四つあり、当然口もあったが、その口は四つの嘴がそれぞれ動いて節足動物を彷彿とさせる。加えてその生物は、体長五十センチはあろうかという体躯を誇っていた。

 そんな生物が向かう先は、銃を構えていた女性。

 女性は素早く銃口を向けようとするも、生物は常軌を逸したスピード……自動車並の速さでやってきた。生物は女性の頭部に食らい付き、触手を絡めてくる。

 もしも女性が素顔を晒していたなら、顔面をズタズタに食い破られて彼女の命は終わっていただろう。

 しかし女性はヘルメットをしていた。彼女は素早くヘルメットを脱ぎ捨て、生物ごと地面に叩き付ける。生物は一瞬怯みつつもすぐに女性を襲おうと身体をくねらせたが、銃口が生物の頭を捉える方が早い。

 ダダダン! と短く、重厚な音と共に放たれた弾丸が、生物の頭を貫く。生物は金切り声のような悲鳴を上げて苦しむが、しかし未だ死んでいない。更に五発の銃弾が撃ち込まれると青い体液を地面にばら撒いて、ようやく生物は動きを止めた。

 女性は、ふぅ、と小さな息を吐く。

 ヘルメットが捨てられた事で露わになった顔は、三十代ぐらいの白人のそれ。髪は美しいブロンドであるが、短く切り揃えられていて、さながら少年のような髪型をしていた。凛々しい目付きや顔立ちは『美形』という言葉が相応しい。尤も今の花中は、女性の容姿に見惚れるような余裕はなかったが。

 先程の生物はなんだ? 何故自分達に襲い掛かってきた? 女性は躊躇いなく撃ち殺したが、あの生物が何か知っているのだろうか? そもそも女性は何故あのような銃を持っている? コスプレ道具でないどころか、明らかに猟銃を上回る連射性能は日本で所持出来る代物と思えない。

 一体、この山に何が起きている?

「ほほーオモチャの銃ではなかったようですね。それに動きも良い。ただの人間ではなさそうです」

「だねぇ。ヘルメットしてるから一回は大丈夫と思って見ていたけど、まさか倒せるなんて」

 戸惑う花中の傍で、人外二匹は暢気に賞賛の言葉を送る。褒められた女性は短い髪をガシガシと掻き、それからフィア達の方へと振り向く。彼女の顔に、嬉しさや照れは一切ない。

「見たか。今、この森にはこんな生物がうようよしている。危険だから、さっさと立ち去れ」

 そして険しい表情のまま、ハッキリと警告してきた。

 花中はごくりと息を飲んだ。フィアとミィも息を合わせたように互いの顔を見合い、こくこくと女性の言葉に納得するかのように頷く。

「ああ確かにそうみたいですね。でももうすでに囲まれていますし」

 それからフィアが伝えた言葉で、女性と花中は顔を青くした。

 次の瞬間、木々の隙間から先の白い生物が再び飛び出してくる……ただし今度は四方八方から、何十もの数が、であるが。

「なっ!?」

「ひっ!?」

 二度目の、そして大規模な襲撃。女性は銃を構えようとするが、一つしかない銃口で全方位をフォロー出来る筈もない。花中に至っては身を縮こまらせるのが精々。

 おぞましい怪物の群れが、花中達を圧殺せんばかりに押し寄せる。瞬きする間もなく迫る群団に、花中は悲鳴の一つも上げられず――――

 されど、生物が茅花中達に到達する事はなかった。

 襲い掛かってきた何十もの生物が、一瞬にしてになったのだから。

「……は……?」

 女性は呆けたような声を漏らす。呆気に取られるのも当然だ。本当に一瞬で、あたかも自爆したかのように生物達は勝手にバラバラとなったのだから。何が起きたのか、彼女には見えなかったに違いない。

 花中にも無論見えなかった。しかし女性と違って呆けなかったのは、花中には知識があるからだ。

 自分の友達なら、こんな事さえ児戯にも等しいという知識が。

「この程度の虫けらなら私の敵ではありませんよ」

 そして生物達を切り刻んだ張本人たるフィアが、誇らしげに胸を張りながら答えた。

 白い生物の襲撃は未だ止まない。フィアが全滅させたのと同じ、いや、大きく上回る数が即座に現れ、花中達目掛け突っ込んでくる。

 しかしフィアはにたりと笑うや、自分に襲い掛かってきた生物達に掴み掛かった! ろくな手加減をしていないフィアの手は生物の頭を簡単に握り潰し、顔面に食らい付こうとしてきた一匹には逆に噛み付いて胴体を食い千切る。腕に纏わりつこうとした個体は空いた片手で振り払えば瞬時に細切れと化し、足元から近付いてきた個体は文字通り虫けらを相手するかのように踏み潰した。

 一瞬にして四体を返り討ちにしたフィアだが、彼女からすればまだまだ物足りないのだろう。未だ倒しきれていない『第三波』の群れを見渡すと、笑みを浮かべてそちらに飛び掛かる。殴り殺し、蹴り殺し、噛み殺し、轢き殺し……殺戮そのものを楽しむように微笑み、体液塗れになる事を厭わぬフィアの姿は正しく『化け物』であった。

「フィアったら楽しんでるなぁ」

 対するミィは淡々とぼやきながら、空中でデコピンを繰り返すばかり。

 デコピンといっても、その指先は音速の十数倍もの速さを誇る。押し出された空気は圧縮され、塊となって射出。迫り来る生物に打ち付けていた。

 元は空気とはいえ、音速以上の速さと弾丸以上の質量を持った『物質』である。見えない物体を叩き付けられ、生物はあたかも体内で爆弾が炸裂したかの如く弾け飛ぶ。

 そんなデコピンをあちらこちらへ飛ばし、ミィは生物達を片っ端から撃ち抜いていく。自分に襲い掛かる生物だけでなく、花中と女性に襲い掛かる生物も全てだ。

 襲来した生物の数は何十を超えて数百に上ったが、フィアとミィの動きは悪くなるどころかますますキレが良くなっていった。青い体液が辺り一面に飛び散り、白い躯が山のように積み重なる。

 まるで慌てふためくように右往左往している最後の一匹をフィアが踏み潰せば、もう木陰から飛び出す姿はない。

 生物達の襲撃は、これで一段落したようだった。

「ふん。この程度では準備運動にすらなりませんね。せめてあと十倍は来なさい」

「いや、十倍来られても困るじゃん。雑魚を潰しても退屈なだけだし」

 自慢気に胸を張るフィアに、呆れ返るミィ。どちらも先の襲撃を危機とは思っておらず、極めて退屈そうな感想を述べるのみ。

 友達二匹に守られ、花中達は青い体液がちょっと服に付いた程度の被害しか受けていない。フィア達の強さを知る花中としては予想通りの惨状に苦笑いを浮かべただけだが、一匹の生物を相手にするだけで危うく死に掛けた女性は、しばし呆けたように棒立ちしていた。やはりショックが大きかったのだろう……と思い花中が女性の顔を覗き込もうとしたタイミングで、女性はハッとしたように翡翠色の瞳が嵌まった目を大きく見開く。

 それから素早く、自身が持っていた銃をフィア達に向けた。突然の行動に花中はギョッとして跳び退き、フィアとミィはつまらなそうな眼差しで女性を見る。

「……お前達は、一体……!」

「別に撃っても構いませんけどそんなちゃちなオモチャじゃこの私には傷一つ付けられませんよ。こっちの野良猫になら目玉に当たればもしかするかもですけど」

「いや、効かないからね? あたしの目、弾丸ぐらいなら跳ね返せるから。肉体操作の力、あんま嘗めないでよ」

「おやそうだったのですか? あなた意外と隙がないのですね」

「えっへん」

 女性に銃口を向けられたフィア達だが、彼女達はなんら恐怖を感じない。当然だ。自然災害にも値する絶大な力を振るう彼女達にとって、鉛玉が何十発撃ち込まれようと痒みすら覚えない。女性の行動に恐怖を感じるというのは、人間が飛び回る羽虫に恐れ慄くようなものだ。

 余裕を崩さないフィア達を見て、その言葉を真実と受け取ったのだろうか。女性は唇を噛み、顔を顰め……明らかに不満を露わにしつつも銃を下ろした。花中としては安堵したが、銃への恐怖がぶり返し、フィアの傍に駆け寄ってしまう。

 女性は睨むような眼差しを花中に向けながら、改めて尋ねた。

「……お前達は、何者だ」

「え、えっと、あの……わ、わたしは、その、ただの、人間です……こ、この子達は……えっと……す、凄い、人、です」

「ふふんそうです私は凄いのです」

「いや、褒めてないからね? あと花中、テンパってるのは分かるけど、今更人間で通すのは無理あるでしょ」

 慌てふためく花中と胸を張るフィアに、ミィはツッコミ一つ。言われてようやくその通りだと気付き、花中は顔を赤くする。

「自己紹介がまだだったね。あたしはミィで、コイツはフィア。で、このちっこいのが花中。さっき戦ってみせたようにあたしとフィアは人間じゃないけど、人間を襲うつもりもないから安心して。花中は見た目通り弱っちい人間だし。あと、アンタの名前も聞かせてもらえる? 名前が分からないと、アンタとしか呼べないからさ」

 恥ずかしさで黙ってしまう花中に代わり、ミィが自分達の紹介を行う。加えてさらりと、女性についても尋ねた。

 女性は閉ざすように、口を僅かながらへの字に曲げた。されどミィが諦めずに答えを待つと、ゆっくりと女性の口は弛んでいく。

「……マーガレットだ」

 やがてぽつりと、女性は名乗った。

「おっ、なんか思ってたより可愛い名前、って、銃を向けないでよ。本当に可愛いって思っただけなんだからさー」

 コンプレックスなのだろうか。ミィが素直な感想を漏らした途端、女性――――マーガレットは顔を顰めながら銃口を向けてくる。多分その名前は本名なんだろうなと、花中は漫然と感じた。

 ミィはわざとらしく両手を上げ、悪意がない事をアピール。その甲斐もあってか、本気で威嚇するのが馬鹿馬鹿しくなったのか。マーガレットは静かに銃を下ろし、不機嫌そうな鼻息を吐いた。

「……お前達については、これ以上の追求はしないでおこう。それに助けてくれた事、あの怪物達を倒してくれた事に感謝する。私だけでは食い止める事はおろか、奴等が市街地に出て行くのも止められなかったに違いない」

「え? いやいや、気にしないでよ。あたしらからしたら、あんな虫みたいなのを潰すぐらい朝飯前なんだからさ」

 次いでマーガレットは、深々と頭を下げながら感謝を述べた。面と向かってお礼を言われ、ミィは照れたように頭を掻きながら後退りする。

「それでは、私は此処で失礼する」

 ただしマーガレットが再び森の奥へ向かったので、ミィは瞬間移動が如く速さでマーガレットの行く手を塞いだ。

「いやいや、そこではいどーぞとはいかないし。というか、さっきの生き物はなんなの? この山には何度か来てるけど、あんな奴等初めて見たんだけど」

 ミィが問い詰めると、マーガレットは再び口を閉ざす。今度の沈黙は中々硬そうだ。ミィは花中の方をちらりと見てきた。

 ミィから花中だが、既に答えは決めていた。あんな怪物がまだ潜んでいるかも知れない森の中に、理由も知らずに行かせる訳にはいかない。念のためもう一匹の友達であるフィアの意見も訊こうとしたが、そのフィアはマーガレットなどどうでも良いようで、ふらふらとその辺を歩いている。自分の意見だけで決めてしまって良さそうだと、花中は思った。

 花中はじっと、マーガレットを見る。マーガレットは鋭い眼差しを向けてきて、ビビってしまった花中はミィの背中に隠れるが、それでもなんとかマーガレットと向き合う。沈黙が続いたのは数十秒程度……諦めたようなマーガレットのため息が、それを打ち破った。

「……奴等がこの森に現れたのは、今から三日前の事だ」

 そして再び開かれたマーガレットは、ぽつりと語る。

「三日前……ふぅん、三日前か。それで?」

「奴等が人間を襲う事は分かっている。非常に危険な生物だ……お前達にとっては、そうでもないだろうがな」

 マーガレットは行く手を遮るミィに銃口を向ける。人命を容易く奪える武器と向き合いながら、ぼけーっとミィは突っ立っているだけだ。

「正確な個体数は不明だが、恐らく山全体に拡散している。お前達が倒したのは、全体のほんの一部という訳だ。詳細は言えないが、我々はこの生物の駆除を行っている。そして山の中ではまだ仲間が戦っている筈であり、私はその仲間達の助けに向かわねばならない」

「だから山に戻る訳?」

「そうだ」

 迷いのない、マーガレットの言葉。

 ミィは花中の方をちらりと見てくる。花中は短くない時間、考え込んだ。

 本音を言えば、行かせたくない。

 しかし仲間を見捨てられないというマーガレットの気持ちを無下にするのも、一人の人間として憚られた。例え己の命を失おうともやらねばならない時がある……その覚悟を自分達の軽い気持ちで踏みにじるのは、最早嫌悪すら感じてしまう。

 それにマーガレットはこの生物の駆除をしているという。彼女がどんな組織の一員かは知りようもないが、この白い生物が人間にとって危険なのはよく分かった。もしも一匹でも市街地に入れば、大変な被害が出かねない。

 花中はこくりと頷くしかなく、花中に意見を求めていたミィはマーガレットに道を譲った。

「理解してくれて感謝する。お前達は町に戻れ。それと出来れば、今日見た事は秘密にしてほしい。パニックを起こしたくないからな……では、私は行かせてもらう」

 マーガレットが二度目の別れを告げ、ミィの脇を通り過ぎる。今度のミィはマーガレットの前には立たなかった。

 マーガレットは森の奥へと消え、花中の目には見えなくなる。一対一でも負けたかも知れない、あの恐ろしい生物を相手にして彼女が五体満足で帰還出来るとは思えないが……花中は無事を祈らずにはいられなかった。

 尤も、野生生物達には死地に赴く者への興味など長続きしないそうで。

「フィア~、さっきから何してんのー?」

 ずっと会話から離れていた『同行者』の行動の方が気になったのか、ミィがフィアに声を掛けた。

 フィアはある場所でしゃがみ込んでいた。ミィが呼ぶとフィアはすぐに顔を上げ、ミィと向き合う。マーガレットと話している間フィアが何をしていたのか花中も気になり、ミィの後ろから覗き込むようにフィアの顔を見た

「ひいぅぃっ!?」

 瞬間、花中は悲鳴を上げてしまう。

 何故ならフィアの顔は青い液体でべっとりと汚れていて、まるで醜悪なゾンビのような形相と化していたのだから。

「……いや、ほんと何してんの?」

「何ってそりゃあ勿論食べているですけど?」

「うへぇ、よくそんなの食べる気になるね……」

 怯む花中を他所に、ミィとフィアは暢気に話を交わす。どうやらただ顔が汚れているだけらしい。友達がゾンビになった訳でないと確信し、花中は安堵の息を吐く。

 そして吸い込む息と共に、嫌な予感がした。

 ――――食べている?

 一体フィアは何を食べているのだろうか? 彼女は虫が好物だ。虫を見付けたのだろうか。いやしかし辺りに虫の気配は全くない。

 代わりに、いっぱいいるのは……

「……あ、あの、フィアちゃん……何を、食べてるの……?」

「ん? これですよ」

 無意識に花中はフィアに尋ね、フィアはすぐに答えを花中の前へと突き出す。

 片手に乗せた、謎の白い生物の亡骸を。

 花中がギョッと目を見開きながら跳び退くのに、瞬きするほどの時間も要らなかった。

「うひゃうっ!? ななななんで、食べ、食べ……!?」

「だって美味しそうな匂いがするんですもん。ほら野良猫あなたも食べてみなさいな」

「んー、まぁ、そこまで言うなら」

 震え慄く花中だったが、生き物達からすれば死体なんてのはタンパク質の塊でしかない。勧められたミィは左程抵抗もなくフィアから謎生物を受け取り、殆ど躊躇なくその肉に齧り付く。

 するとどうだ、ミィはその目をパチリと見開いたではないか。より正確に言うならば、まるで天の川のように煌めかせた瞳を剥き出しにするように、である。手足をバタバタ、いや、ドシンドシンと振り回し、全身で喜びを表現していた。

「んん~!? 何これ、美味しい!?」

「でしょう? 花中さんもどうですか?」

「えっ!? あ、えと、わたしは、あの、今はお腹空いてない、ので……」

「そうですか。まぁ野良猫が美味しいと言った以上花中さんの意見は別に良いでしょう」

 花中が咄嗟に断ると、少し残念そうな顔をしつつもフィアは大人しく引き下がる。

 安堵したのと同時に、花中は違和感も覚える。フィアの物言いは、美味しいものを共有したいというより、まるで感想を求めているように聞こえた。

 よくよく考えれば、フィアの性格からして、花中は別にしてもミィに美味しいものを渡すとは思えない。徹頭徹尾自分本位なフィアが食べ物を分け与えるからには、何かしらの思惑がある筈。

「なんか含みのある言い方だなぁ。何を企んでるのさ」

 ミィも同じ疑問を抱いたようで、フィアに尋ねる。するとフィアは勝ち誇ったような、自慢げな笑みを浮かべた。

「ふふふふふ。分かってしまったのですよ先程の人間……えーっとマーマレードでしたっけ?」

「そりゃ人間の食べ物でしょうが。マーガレットだよ、マーガレット」

「ああそうそうそいつです。アイツがなんのためにこの山に来たのかが分かったのですよ」

「……駆除のためでしょ。さっき言ってたじゃん」

 話聞いてなかったの? そう言いたげなミィに同調するように、花中もフィアをジト目で見つめる。しかし不信感を示されても、フィアは不機嫌さを見せるどころかむしろ誇らしげだ。

「それは嘘ですよ」

 余程、この『持論』に自信があるのだろう。

 キョトンとする花中とミィの前で、フィアは足下に転がっている生物の亡骸を掴み、持ち上げる。これを見ろ、と言わんばかりに。

「野良猫あなたこれを食べてみてどうでしたか?」

「どうって、美味しかったけど」

「そう。とても美味しいです。我々にとっても美味しいという事はですよ」

「うん?」

「人間にとっても美味しいという事ではありませんか?」

 如何にも、衝撃の真実を告げたと言わんばかりのドヤ顔。

 フィアのそんな顔を見て、ミィは――――まるで真理と接したかのように、目を見開いて驚きの顔を浮かべた。フィアはようやく気付いたと言わんばかりに、ミィに見下すような眼差しを向ける。

 ちなみに花中は呆けていた。あまりにも謎な理論故に。しかしポカンとなる余り、開きっぱなしの口は反論の言葉を出せずにいる。

 なので、

「花中さんが言っていました。人間は悪食の猿と自分達の事を称していると。確かに花中さんの食事を見ているとそれはもう馬鹿みたいに色んなものを食べています。あれだけ色々食べるのですからきっと初めて見付けた生き物はとりあえず食べてみるのでしょう」

 フィアが展開する理論に「いや、そこまで見境なく食べないから」とツッコミの一つを入れる事が出来ず、

「そして私とあなたが美味しいと思ったのです。人間がこの生物を食べて美味しいと感じる事は十分にあり得ます」

 ぐっと拳を握り締めて力説するフィアに「仮にそうだとしても、あんな危険な生き物わざわざ狩ろうとしないから」と指摘する言葉も出せなくて、

「しかしあの人間は私達が倒した生き物には目もくれなかった。何故か? 恐らくこんなのでは満足出来ないという事に違いありません!」

 びしりと指を差して結論に行こうとするフィアに「根本的に考えが誤っているからだよ、多分」と優しく伝える事も儘ならない。

「つまりあの人間はもっと美味しいものを知っているんですよ!」

 お陰でフィアが導き出したとんでも回答を、花中は何一つ否定する事が出来なかった。フィアのいい加減な話を真に受けたミィが「なんだってーっ!?」と叫び、大声が森の中を木霊するのも止められなかった。

「な、なんてこった……まさか、そんな理由があったなんて!」

「ふふふ。アイツの目論見などお見通しなのです。我々をボディーガードとして雇わなかったのはその美味しいものを独り占め或いは仲間だけで食べるつもりなのでしょう。そして此処にある死骸に見向きもしなかったという事は」

「もっと美味しいものを狙ってるんだ! ぐぬぬ! あんな真面目な感じで話していたのに、そんな理由だったなんて!」

 本人が居ないのを良い事に、フィアとミィはどんどんマーガレットを食欲魔人に仕立てていく。死を覚悟した顔だったとか、仲間への想いだとか、そんなものを考慮してはくれなかった。

 なんやかんや彼女達はケダモノなのである。命懸けで何かを成そうとしているというよりも、美味しいものを食べたいという方が動機として納得出来るのだ。

「よし! そうだとしたら後を追おう! 助けてやったんだからちょっとぐらいおこぼれもらっても良いよね!?」

「当然でしょう。むふふ……楽しみですねぇ」

 かくして花中が我に返った時、意気投合した二匹はマーガレットを追う事にしていた。

「……え? あ、ちょ……えっ!?」

「さぁ花中さん行きましょう! 急がねば見失うかも知れませんいえ見失ったところで私の嗅覚ならば簡単に追い付けますがね!」

「よっしゃ行くぞーっ!」

 勘違いする二匹に『正解』を伝えようと思う花中だったが、しかしフィアもミィもすっかり美味しいものに夢中。余程あの謎生物は美味だったのか、花中の話に聞く耳も持ってくれない。

「それではしゅっぱーつ!」

「しゅっぱーつ!」

「うええぇぇえええええっ!?」

 花中を無理矢理背負ってフィアは歩き出し、ミィも意気揚々とその後を追う。花中の悲鳴が上がるも、ケダモノ達の歩みは止まらない。

 かくして、二匹と一人もまた森の奥へと消えた。

 ただしマーガレットとは違い、二匹は完全な遠足気分で、一人は自分の意思とは無関係に――――

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