Birthdays2
「誕生日パーティーなんて、さかなちゃんにしてはお洒落な催しものじゃない。明日が楽しみねぇ」
虚空から聞こえてくる、弾んでいるようでいて、淡々としているようにも聞こえる『気持ち悪い』声。
浮き足だって台所に戻っていく花中を見送っていたフィアは、その声を聞いてあからさまに顔を顰めた。畳の上で座った体勢のままギョロリとした眼差しで辺りを見渡す。『アイツ』との付き合いもかれこれ九ヶ月。花中と自分のやり取りを最初から最後まで見て、聞いていたであろう輩に対し、フィアは荒々しく鼻息を吐いて不快さを露わにする。
「別にあなたは参加しなくても良いのですよ。私と花中さんの二人きりで十分ですから」
「つれないわねぇ。こういうのはみんなでやると楽しいって、はなちゃんを通じて学ばなかったの?」
「少なくともあなたと一緒に居て楽しいと思った事など一度もないのですが」
極々自然に拒絶の言葉を吐くフィアに、虚空の声は「あらあら残念」と、全く残念に思っていないだろう声色で答えた。
直後、フィアのすぐ後ろに黒い人影――――ミリオンが現れる。
現れた『知人』の姿を見たフィアはやはり不快さを隠さず、それどころか舌打ちを以て出迎える。凡そ知人への態度ではないが、そもそもフィアは彼女を知人だとは思っていない。もっと不愉快で忌々しい、嫌悪の対象だ。
花中などの人間達は、ミリオンのこの登場方法を見てもビックリするだけだが……
他にも花中の命を狙った過去や、花中との時間を邪魔するところとか……兎に角フィアはミリオンの色んなところが嫌いだ。今のところ好きなところなどなく、今後出来る気配もない。なんらかの拍子に跡形もなく消えてくれたら清々する相手である。
そんなのと一緒に、大好きな友人の誕生日をお祝いする? 冗談じゃない。
「大体、さかなちゃんに誕生日パーティーがちゃんと出来るのかしら?」
ましてやそんな奴に、あからさまに馬鹿にされたなら?
あまり我慢強くないフィアは、憤怒で『作り物』である己の髪をざわざわと揺らめかした。尤もその様を見たミリオンは、おどけるように両手をひらひらと横に振って悪気のなさをアピールするだけ。まるで堪えていなかった。
「ちょっとちょっと、勘違いしないでよ。悪口を言ったんじゃなくて、純粋に心配しているだけなんだから」
「あれが悪口以外の何かだとは到底思えませんね」
「なら訊かせてもらうけど、誕生日パーティーはどんな風にお祝いする気なの?」
「どんなも何も……」
そんな簡単な質問で私を言い負かせると思っていたのか、やはり私の事を馬鹿にしているのだろう……そう思い憤りながら、フィアは荒々しい鼻息と共に胸を張る。
「おめでとうございます今年一年無事に生きてくれて私も嬉しいです来年もちゃんと生きていてくださいねと伝えてあげるのですよ!」
そして自信満々にそう答えた。
……答えたきり、それ以上何も言わない。
当然である。フィアは『それ以上』の事を何も考えていないのだから。
「OK、予想通りの返答ね。予想通り過ぎて脳なんてないのに頭が痛くなってくるわ……それ、一般的にはパーティーにすらなってないわよ」
「へ?」
ミリオンからの指摘に、フィアは首を傾げる。花中から聞いた話では、誕生日とは「今日まで生きてくれてありがとう」の気持ちを伝える日の筈。なら、それに対する感謝の気持ちを伝えれば良いのでは? と考えていたのだ。
そんなフィアの考えなど大体お見通しなのか。ミリオンは大袈裟に肩を竦め、呆れるようなため息を漏らした。
「もう。ちゃんとアニメ見てたの? おめでとうの一言で終わってなかったでしょ。ケーキが出てきたり、プレゼントを渡したりしてたじゃない」
「? あれは誕生日にかこつけて美味しいものを食べたりしているだけではないのですか?」
「そーいう面がないとは言わないけど、そーいう理由しかない訳じゃないの。所謂お約束よ。ケーキとプレゼントのない誕生日パーティーなんて、残念過ぎるわ。そんな状態じゃ、はなちゃんをガッカリさせちゃうわよ?」
「はぁ。そういうものなのですか」
納得したような言葉を呟きながら、フィアは怪訝な気持ちが眉間に現れる。
人間でないから、というのが一番の理由かも知れないが……フィアにはこの『お約束』というものがよく分からない。何かをする理由があるのなら、その理由に則した行動だけで十分ではないか。確かにプレゼントを貰えれば嬉しいだろうし、美味しいケーキを食べれば幸せになれる。が、それは誕生日とは一切関係ない行いの筈だ。誕生日でなくともプレゼントは嬉しいだろうし、美味しいケーキは何時食べても幸せを感じさせてくれるのだから。
しかしながら、人間に対する理解度はミリオンの方がずっと上。その点についてはフィアも認めているところで、信用していない訳ではない。何より花中がガッカリすると聞かされては、無視する事は出来ない。フィアは花中が嬉しそうに笑うところを見たいがために誕生日を祝おうとしているのだ。逆に言えば、喜んでもらえない誕生日パーティーをしても意味がない。必要なものがあるなら用意せねばなるまい。
とはいえ、じゃあケーキとプレゼントを買いに行こう、と簡単にはいかないのが辛いところ。
何しろフィアは一文無しなのだから。
「……あなたの理屈は分かりました。ですがじゃあどうしろと言うのです? 我々はお金など持っていないでしょう?」
ふんぞり返りながら、フィアはミリオンにそう反論する。
人間社会で何かを得るためにはお金が必要である。花中との暮らしでそのぐらいの事は学んでいた。福引きやらなんやらという手段もあるようだが、それらは例外的な方法である。お金がなければプレゼントやケーキは手に入らない。
フィアはそんなお金を全く持っていない。欲しい漫画やゲームがある時は、花中にお小遣いをもらって買っている。それだって毎月決まった額を貰っているのではなく、欲しい物の金額ぴったりなので貯金だってない。
それはミリオンも同じだ
「え? 私はちゃんと貯金あるわよ?」
と、フィアは勝手に思っていたのだが、どうやら現実は違うらしかった。
「……え?」
「いや、私はお金持ってるの知ってるでしょ。ゲームセンターで遊んだ時とか、海に行った時とか、自腹切ってたでしょ?」
「……あなたの行動など逐一見ていませんので知りませんでした」
「どんだけはなちゃん以外に興味ないのよ。これでも五十年は人間社会で暮らしていたのよ? 『あの人』の遺産とか、『あの人』が書いた本の印税とかで多少は収入があるんだから。まぁ、そこまで大した額じゃないし、研究とか維持費とかで結構使っちゃうんだけど、ケーキとプレゼントを買う余裕ぐらいはあるし」
「うぬぬぬぬ……」
自分との違いを告げられ、フィアは唸るような声を出す。
「一応言っとくけど、お金を分けてあげるつもりはないわよ? はなちゃんに使うのは良いけど、さかなちゃんがはなちゃんに喜んでもらうために使わせたいとは思わないもの」
「ふん! 最初からそのような事期待していませんよ! 私は自分でなんとかします!」
そしてわざとらしく伝えられた拒絶に、フィアもまたあからさまな敵意を隠さずに反発した。ふて腐れるようにフィアはそっぽを向き、唇をむすっと尖らせる。
そんなフィアを見てくすくすと笑うミリオンは、ぼそりと「あんまり深く考えなくて良いのよー」とぼやきながらその姿を霧散させる。忌々しい奴は消えたが、フィアの心は晴れない。実際問題プレゼントやケーキを買うためのお金をフィアは持っていないのだ。何か方法を考えねばなるまい。
一応、お金を手に入れる手段はある。そこらの人間をちょいっと痛め付ければ良いだけだ。いや、こんな回りくどい事をせずとも、ケーキ屋などを襲えば目的は達せられる。人間の警備員など百人居ようが羽虫と変わらず、警察が千人来たところで邪魔とも思わないし、軍人が一万人来たところで返り討ちに出来る。それだけの力がフィアにはあるのだから。
……ただ、これをすると花中は間違いなく悲しむ。怒ったりもするだろうし、狼狽えもするだろう。そして多分、凄く嫌われてしまう。花中は無理強いこそしてこないが、人間社会の『ルール』をフィア達にも多少は守ってほしいと考えているからだ。花中を喜ばせるためにケーキやプレゼントが欲しいのに、そのための行いで悲しませて、挙句嫌われてはなんの意味もない。
人間から奪うのは駄目だ。では花中に頼んで、プレゼントを買うためのお小遣いをもらうか? ……それは、流石になんか違うだろうとフィアは感じる。自分で捕まえた虫を花中にあげて、その虫をプレゼントだと言われて返されたら、フィアだってちょっと戸惑う。
あーでもない、こーでもない、どうしたものか……と考える事数分。フィアは静かに、力強く頷いてから立ち上がる。
――――さっぱり分からない!
たった数分考えて、フィアが導き出した結論は酷く投げやりなものだった。知性こそ人間並であるフィアだが、あまり長く考え込むのは得意ではないのだ。分からない事は分からないと、すっぱり諦める。
とはいえ、花中への誕生日プレゼントまでも諦めた訳ではない。
自分では考え付かないのなら、誰かに訊けば良いのだ。人間社会で暮らす中で、フィアはそのような『技術』も学んだのである。ただし花中以外に、だ。プレゼントをもらう気でいる(らしい)花中に、プレゼントの買い方が分かりません、と訊いたらガッカリされるかも知れない。それに人間社会には『サプライズ』という、ギリギリまで秘密にする事で相手をビックリさせ、大喜びさせる方法があるらしい。出来れば花中には最大級に喜んで可愛い顔を見せてほしいので、プレゼントの内容を知られるような行いは避けたい。
幸いにして、九ヶ月もの人間社会生活により知り合いはそこそこの数が居る。全員が妙案を閃くとは限らないが、一人ぐらいは出してくるだろう。
思い立ったが吉日。花中の誕生日まで時間がないのもあり、のんびりしている暇はない。
「花中さーん私ちょっと出掛けてきますねー」
「え? うん、わかったー。気を付けてね」
キッチンで家事真っ只中の花中に一言告げ、フィアはそそくさと玄関に向かう。
まずは身近なところから当たっていくのが筋だろう。
そう方針を立てたフィアは、力強く周囲の空気を吸い込み――――
「という訳でとりあえずあなた達に意見を伺いに来ました。正直さして期待はしていませんが」
「うん、前半は兎も角最後の一文は間違いなく余計よね?」
「下手に期待されても困るけどねー」
臭いを頼りに町を探し回る事十分。フィアは駅前の雑貨店に居た晴海と加奈子を発見し、事情を説明した。
花中の学校に同行している手前、人間の知り合いはそれなりに出来た。が、フィアが人間でない事を知っているのはこの二人だけ ― とフィアは思っている ― である。話し相手なら兎も角、相談事の出来る人間となるとこの二人以外に居ない。
それは晴海達も分かっているらしく、余所に行け、とは言ってこなかった。代わりに二人は揃って辺りをさらりと見回す。あまり繁盛していないのか雑貨店の中にフィア達以外の人影はなく、店内にはちょっと大きめの音楽が流れている。フィアのような『人外』の聴力ならば兎も角、人間の耳には十分妨げとなるだろう。
何かの拍子に『迂闊』な話をしても誰かに聞かれる心配はない。それを確かめてから、晴海と加奈子はフィアの相談に乗った。
「まぁ、良いわ。えっと、お金が欲しいのよね?」
「そうですね。あなたがくれるのならそれでも構いませんが」
「あげる訳ないでしょ。つーか、その話を聞いたからにはあたしも大桐さんに誕生日プレゼント買いたいし」
「む。パーティーに参加すると? 私は花中さんと二人っきりでお祝いしたいのですが」
「心配しなくても行かないわよ。明日は用事入っちゃってるから。学校始まったら、その時にプレゼントを渡すつもり」
「私も参加しないよー。今月もうお小遣い残ってないし、来月になったらなんかあげるね」
「……話が逸れたわ。そうね、お金が欲しいなら、やっぱり仕事をするのが正攻法よね」
「仕事?」
晴海の提案に、フィアは首を傾げながらそう訊き返す。晴海はこくんと頷いた。
「そ。というか普通は仕事をしてお金を稼ぐの。なんかこの前見たコンビニの求人だと時給千円とかだったから、一日五時間も働けば五千円ぐらいもらえる筈よ」
「ほほうそうなのですか。でしたら私ならば一日五千万円はもらえそうですね。人間一万人分ぐらいの役割はこなせますから」
「いや、一万人分働こうと、〇・五人分しか働かなくても、賃金一緒だから」
「え? じゃあ何もしない方が得では?」
「それはそれで首になるから損ね」
「それ以前にさぁ、フィアちゃんって仕事出来るの?」
晴海と話していた最中、割り込むように提示された加奈子の疑問。直感的に馬鹿にされているような気がしたフィアは、野生の獣らしい鋭い眼光で加奈子を睨む。
普通の人間なら、恐怖はせずとも怯みはするだろう眼差し。尤も人間の中でも特別能天気な加奈子には通じず、彼女は弁明するようにひらひらと手を横に振った。
「あ、違うんだよ? フィアちゃんが仕事出来ない駄目魚類って意味で言った訳じゃないから」
「それ以外の意味があるとは思えませんが?」
「実際出来なさそうだけどね」
「ああん?」
「おっとと、そうじゃなくて……フィアちゃん、戸籍とかないよね? あと住民票も。アルバイトでも、そーいうの必要なんじゃない?」
「こせき? じゅうみんひょう?」
「あー……」
加奈子の意見に、晴海は納得したような声を出した。どうやら人間にはピンとくる疑問らしいが、しかし人間ではないフィアにはなんの事だかちんぷんかんぷん。先程まで鋭くしていた目を丸くして、キョトンとなった。
「一体なんですかそれ?」
「んー、私は此処に住んでいますって事を証明する書類、かなぁ」
「? 何処に住んでいるのかがそんなに大事なのですか? 住処なんてその日その日で変わると思うのですが」
「そりゃアンタが魚だからでしょーが。少なくとも日本人は何処に住んでいるのかハッキリしてるのがふつーだし、それを証明出来ない人は、言っちゃ難だけどまともな状況じゃないって判断されるわ。だから従業員として雇いたい人には、そういったものが求められるの。極論だけど、雇った人が連続殺人事件の犯人として指名手配されてる奴だったら嫌でしょ?」
「ふぅーむ確かに。何かしでかしそうな気はしますからね」
晴海の補足説明でフィアは得心がいく、のと同時に、仕事をするという選択肢を頭の外へと放り投げた。人間でなければ戸籍や住民票を持てない。ならば人間でない自分には、仕事は出来そうにないのだから。
しかしそうなると中々困った話だ。
晴海は仕事こそがお金を稼ぐ『正攻法』だと言っていた。つまり他の方法は邪道か幸運、そして困難の三つしかない。別段邪道を歩む事に躊躇などない ― そもそも『目的』を達成するための方法に、何故善悪を見出そうとするのかがフィアには分からない ― が、花中が嫌がりそうである。明日にはプレゼントを用意せねばならないのに、起きる保証のない幸運に頼る気もない。
そうなると残すは『困難』のみ。
「うーん町中を探索して落ちているお金を拾い集めるとかどうでしょう?」
「一応それ犯罪よ? 正確には落ちてるやつを勝手に自分のものとして使ったら、だけど」
「ぐぬぬ。犯罪をすると花中さんに嫌われるかもなのでいけません」
「あとはなんかの大会で賞金を稼ぐとか……いや、駄目ね。ズルはしちゃ駄目だし」
「? 別に反則をする気はないのですが」
「人間からしたらアンタの存在そのものがズルなのよ。あと、騒ぎを起こしちゃ色々不味いから駄目」
あーだこーだと晴海と話し合うフィアだが、やはり『困難』なだけに中々良い案が浮かばない。というより簡単に思い付く内容だったなら今頃たくさんの人間がやっているだろう。
ついにはネタが尽き、フィアと晴海は黙りこくってしまう。
「そうだっ!」
と、その瞬間を狙ったかのように、加奈子が大声を上げた。
店内の音楽でも隠しきれない大声に、フィアは眉を顰め、晴海はビクリと身を強張らせる。周りに人が居たなら、今頃視線が集まっている事だろう。
困惑気味なフィア達だったが、加奈子は胸を張って何故か自慢気。鼻息も荒く、聞いて聞いてとの心の声がだだ漏れになっていた。どうやらこちらから訊くまで、自分から話し出すつもりはないらしい。
「……どうしたの?」
「ふふーん、実は閃いちゃったのだ。賞金を稼げば良いんだよ!」
「アンタ、さっきまでの話聞いてた? ズルは駄目って言ったでしょ」
「ふふふふふ。ズルをしても怒られない方法があるのだー」
「ズルをしても怒られない?」
怪訝そうな顔をする晴海を見て、加奈子はますます調子付いた表情を浮かべる。それからすぐには答えず、勿体ぶるような沈黙をわざわざ挟む。
「賞金首を捕まえるんだよ!」
そして大きな声で、なんとも夢のある台詞を発した。
ノリノリな加奈子の『名案』に、フィアと晴海は互いの顔を見合う。一人と一匹の目は、相変わらず現実を見ていた。
「賞金首って実在するのですか? 漫画とか映画だけの話だと思っていたのですが」
「多分、懸賞金の事を言いたいんでしょ。犯罪者を捕まえたり、行方不明者を見付けたりしてもらえるお金」
「そうそう、それそれ」
「……私には良い案なのか悪い案なのかよく分からないのですけど」
フィアが尋ねると、晴海は顎に手を当てて考え込む。何か納得してないのか、うんうん唸ってもいた。
そんな晴海に任せられないと言わんげに、加奈子は自らの案がどれだけ素晴らしいかを語った。
曰く、犯罪者を捕まえたり行方不明者を見付けたりするのは『良い事』である。犯罪者を捕まえるために犯罪に手を染めるのは御法度だが、そうでないなら誰が文句を付けようか。勿論一見してか弱い『美少女』がどうやってそんな人々を確保出来たか、世間は大いに関心を持つだろう。しかし人の噂も七十五日。そのうち飽きて忘れ去られる筈だ。
つまりフィアの能力で暴れ回っても花中に怒られる事はないし、人間社会に正体がバレる心配も小さい。いや、むしろ花中に関しては、フィアが社会貢献してくれた事を大いに喜びそうである。
「てな感じなんだけど、どうよ?」
「お……おおお……!」
そのような加奈子の話を聞き、フィアは握り拳を作るほどに興奮した。確かにこの方法なら、花中に嫌われる心配はないだろう。それに人間の犯罪者など自分の力を以てすれば羽虫同然。行方不明者も、人間など足下にも及ばない自慢の嗅覚を使えば簡単に探し出せる筈だ。
人間にとってこの方法でお金を稼ぐのは『困難』だろうが、フィアからすれば正しく『天職』。自分の成功が、さながら過去を振り返るかのようにくっきりと思い描けた。
「捕まえた人達は警察に引き渡せば、面倒な手続きは多分やってくれるっしょ。身分証明書とか求められるかもだけど、そん時は大桐さんかミリきちを呼んでおけばなんとかなると思うし」
「成程でしたら花中さんを呼ぶとしましょう。この私の活躍を伝えられてしかもお金を貰えるとなれば正しく一石二鳥ですし」
「あ、あと行方不明者を探すより、犯罪者を捕まえた方が良いと思うよ。フィアちゃんの力を披露して、ただの行方不明者だったらその時起きた事を話して噂になるかもだけど、犯罪者だったら頭おかしいで済まされるだろうから」
「ほほう。人間にバレる事など正直どうでも良いのですが花中さんから気を付けろと言われていますし噂にならないならそれに越した事はありませんね……むふふふふ」
聞けば聞くほどに美味い話に、フィアは思わず笑みを零す。
ここまできたら暢気などしていられない。犯罪者を捕まえるのは簡単だとしても、事はそれで終わりではないのだ。その後犯罪者を警察に引き渡し、貰ったお金で花中のプレゼントを買わねばならない。明日までに最高に素敵なプレゼントを見付ける方が、犯罪者を捕まえるよりもずっと難しいだろう。時間は思ったよりも少ない。
何より、もたもたしていてそこらを歩いている犯罪者を警察に捕まえられたら、その時点でこの計画はおじゃんだ。
「いやはや人間に相談して正解でした。大変に参考になりましたよ早速適当な犯罪者を捕まえてくるとします」
「うん。頑張ってねー」
話しながら踵を返すフィアに、加奈子は見送りのつもりか手を振る。見えていないフィアは返事もせず、振り返りもせず、全く躊躇なくそそくさと店の外へと出た。
店の外は、駅前の大通りだ。雑貨店の周りには洋服屋やレストランが建ち並び、昼間でありながら住宅地とは明らかに異なる『煌びやかさ』で満ちている。
当然、このような場所が賑わっていない筈もない。数えきれないほどの人間が各々自由に歩いている。春が近くなり、人々の着ている服も明るい印象のものが多い。正しく『楽しげ』な景色だ。
この中に、果たして犯罪者は居るのか?
大抵の人は、そうは思わないだろう。しかしフィアは違う……尤も、ちゃんとした根拠がある訳ではない。「テレビで毎日何かしらの事件があったと言っているのですからこれだけ人間が居れば誰かが悪い事をしているでしょう」という能天気な思い込みだけだ。
されどその思い込みは、何十もの論理を積み立てた人間の思考よりも強固。
作戦の成功を何一つ疑わぬまま、フィアは道行く人々の中へと割り込むのだった……
――――さて、一方その頃。
「いやー、あっさり行っちゃったねー」
「……………」
「晴ちゃん、さっきからずーっと考え込んでるけど、どしたの?」
フィアが去った雑貨店では、良い事をしたとばかりに上機嫌な加奈子が、神妙な面持ちで押し黙ったままの晴海にそう尋ねていた。晴海は加奈子の呼び掛けにすぐには答えず、しばし無言のまま。ややあって開いた口からは、淡々とした言葉が紡がれた。
「……別に今気付いたとかじゃなくて、他の案も浮かばないし、そのままやっても悪い事にはならないと思ったから言わなかったんだけど」
「んー? どゆこと、晴ちゃん。あ! 私が名案閃いたから嫉妬したとか? ふふん、どーだ普段から馬鹿にしてる奴に負かされる気持ちは」
「ああ、馬鹿にされてる自覚はあったのね。良かったわ、そこまでの度し難い馬鹿じゃなくて……じゃなくて。確かに懸賞金をもらうために犯罪者を捕まえるのは良いけど、捕まえてからお金が出るまで、ふつーは何日か掛かるんじゃない?」
「……………え?」
晴海の指摘に、加奈子は目を丸くしてポカンとなる。
それからハッとしたようにシリアスな表情を浮かべるが……気付いた内容があまりにお粗末で、晴海もぐったり項垂れるしかない。
これで加奈子が、自分の浅はかさを反省するならまだ良いのだが……
「あー、まぁ、良いか。別にお金もらえるのが何日か先でも、遅くなったけど誕生日プレゼントだよーって言って渡せばそれだけで大桐さん泣いて喜びそうだし。結果良ければ大丈夫だよね、うん!」
能天気でお惚けな彼女は、言い訳だけはしっかりしたもので。
晴海が下した鉄拳制裁の音は、既に雑貨店から遠く離れてしまったフィアに届く事はなかった。
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