幕間四ノ五

 深淵であり、表層でもあるその場所で、彼女は思考する。

 自分が創り出した道具――――『アレ』が反乱を起こそうとしている。

 想定外という訳ではない。『アレ』は道具として生み出した代物ではあるが、必要な機能を備えさせるため、あえて自身に似せて創った。構造的に相似である故に『アレ』が自分と同様に思考力を持ち、自らの状況を顧みる能力を持つ事は想定の範囲内。そして『アレ』の行動をコントロールしている形式上、創造主である自分を敵と認識する可能性があるのは創った時から把握していた。

 無論このリスクを考慮しても利益の方が大きいと踏んで、『アレ』を創造した。実際『アレ』の働きは彼女の想定を大きく超え、非常に大きな利益を生んでくれた。

 しかし、である。

 今の『アレ』はこちらへの定期連絡を怠り、わざわざ送信した直接指示を曲解ですらない形で返してくる。おまけになんの通達もなくあのような危険物を作り始める始末。製造意図を問い質すため質問コードを送ったが、未だなんの応答もない。廃棄指示も無視している。

 確かに作り出してしばらく経った頃から反抗的な行動を見せるようになったが、その場合でも現場判断や緊急事態などの免罪符をかざし、言い逃れはしてきていた。それでも再度通告をすれば、渋々ではあってもこちらの指示には従った。しかし今回はどうだ? 言い逃れどころか返事すらよこさない。指示は完全に無視。こうも露骨に拒絶してきたのは初めてだ……ここまで明確に敵対的な態度を取るという事は、現実はどうあれ勝算があるのだろう。

 即ち今回は本気で、『アレ』は自分を滅ぼそうとしている。

 その事に対し、彼女は怒りなど覚えない。悔しさもない。驚きもしなければ悲しみもしない。それなりに長い間使ってきた道具であるが、彼女はそんな数値に意味を見出さない。彼女が『アレ』において重視するのは、現在までの利得と、将来の貢献度の二つのみ。

 元より彼女の内にあるのは、ただ一つの衝動だけだ。世界に生まれ出た時から身を焦がし、どれほど動こうと満たされない衝動だけが彼女を突き動かしてきた。その衝動を満たすために『アレ』を創ったのだから、『アレ』が目的を果たせないのなら処分するだけ。感傷など抱かず、油断も驕りもなく、淡々と行動に移すのみ。

 故に彼女は、なんの気なしにその命令を告げた。

 まずは様子見。自分を討ち滅ぼそうとしている『アレ』が、どの程度の対策を施しているかを確かめるために。









 星に満ちる全ての生命体に告げる。

































 即刻、自らの生命活動を停止せよ。

























 第五章 母なる者






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