幕間二ノ三
パチパチと、火花の散る音が辺りに響く。
日が沈み、空に大きな月が浮かぶ頃。住宅地の側で何人かの若者がバーベキューをしていた。
住宅地の側と言っても、自然と人工物の境界線が如く横たわる土手を越えた先。草地と小川、雑木林が広がる場所だった。川はとても小さく、幅は一メートル、深さ数十センチあるかどうか。雑木林の内側は町の明かりが届かず、どす黒い宵闇が満ちていてその中を窺い知る事すら叶わない。
あまりバーベキューに向く環境とは言えないだろう。ならば何故、若者達は此処でバーベキューをしているのか?
答えは、彼等の態度が物語っていた。
「ギャハハハハハッ! だっせー!」
「うっわぁ! 服にソースが付いたぞ!? やべぇよこれどーすんだよー!」
「知らないわよ、アンタが自爆しただけでしょー」
「あ、そこの川で洗ったら? 洗剤はないけどさー」
夜遅くだというのに、抑える気のない大声。
地面に撒き散らされたソースなどの調味料。
辺りに投げ捨てられたゴミ。
川辺とはいえ、草地で行われた花火の形跡。
……要するにマナーがなっておらず、正規の場所を追い出された流れ者達なのだ。メンバーは男二人と女二人、男女ともに二十代前半ぐらい。自分達がどうしてバーベキュー場から追い出されたのか、考える気もないらしい。
「仕方ねぇ、暑いしついでだからこのまま川入っちゃうか」
「おーい、溺れんなよー。俺、酒飲んでるから助けらんねぇからな」
「テメェにゃ期待してねぇよ」
男の一人は服を着たままざぶざぶと川に入り、ソースで汚れた部分を洗おうとした――――その時だった。
川に入った男の胴体が突如として燃え始めたのは。
「……………え?」
ポカンと、声を上げる燃え盛る男。だが彼が余裕ぶっていられたのは、ほんの数秒だけ。
数秒後に彼は、今までの大声など比較にならない絶叫を上げた。
「ぎぃやああああああああああああああ!? あ、あがぃいいいいいいいいい!? ひいいいいいいい!」
「きゃあっ!?」
「ひっ!? な、何!? なんなの!?」
「川だ! 早く川に浸かれ!」
無事だった男の指示に従った、訳ではないだろうが、燃え盛る男はその場で横になる。ジュウッ、と音を立て、男を包んでいた炎は消えた……尤も、今度は川に浸かったまま動かないが。
「は、早く川から出さないと!」
女の一人が川に浸かったままの男を心配し、駆け寄らんと走り出す。
ところがどうしたのだろう。走り出した女は一旦川の近くまで行ったにも拘わらず、何故か川から離れ、そこらをふらふらと歩き始めた。
「ちょっと、何ふざけてんの!? 早く助け――――」
まるで真剣みのない態度。もう一人の女が叱責しようと声を荒らげた。
その声は最後まで続かなかった。
「ふ、ふざけてないわよ! ふざけてないけど……分かんないの」
ふらふらと動き回る女が、もう一人の女の方へと振り返る。
「だって急に、何も見えなくなって……みんな、何処に行っちゃったの……?」
そして立ち止まった彼女は、ズタズタに裂かれ、中身のガラス体をドロドロと垂れ流しにしている眼球で、もう一人の女を凝視した。
「ひぃいいいい!? や、こ、来ないで! 来な、ぃ!?」
あまりにおぞましい姿に、もう一人の女は逃げ出そうとし――――たら、不意に切られたような激痛が走り、カクンとその場に座り込んでしまう。
「え? あ、足が、なんで動かな……」
女は自らの足を、反射的に見る。
するとどうだ。自らの足がドロドロに溶けて、原型を留めていないではないか。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!? 私の足が!? 足がぁ!」
「な、なんなんだよ……なんなんだよこれ……!?」
次々と倒れる友人達の姿に、最後まで残った男は顔を引き攣らせ、共に騒いでいた仲間達から離れるように後退り。
「あ、あぁあぁあああぁあぁあ!?」
ついには悲鳴を上げ、仲間を見捨てて男は逃げ出した!
――――逃げ出したにも拘わらず、男は仲間の下へと戻ってきた。
「ひぃぃ!? な、なんで俺は此処に……!?」
再び男は駆ける。駆けて、ぐるりと弧を描き、仲間の下に戻る、
「な、な、な、なな、な、な、な」
言葉にならない、嗚咽混じりの声を零しながら、男は逃げ、戻り、逃げ、戻り、
「なんで、なんで俺は此処に戻ってきちまうんだぁ!?」
自分の身に起きた不可解な事象を、叫んだ。
彼女は木の上で笑っていた。
彼女がその力を気紛れに振るえば、
苦悶、嘆き、悲鳴、絶叫、
地上はあらゆる絶望が満ちる地獄絵図と化した。
やがて人間達は動きが段々と鈍くなる。
すると彼女は笑みを消し、打って変わって
つまらなそうに人間達を眺めた。
さながら、電池の切れたオモチャを見つめる
稚児のように。
そして人間達が『何か』に助けを求め始めると、
彼女に再び笑みが戻った。
そうか、助けてほしいのか。
人間達の言葉に、彼女はこくこくと頷いた。
人間達に、今まで以上の地獄が襲い掛かった。
少女は待っていた。時の訪れを。
少女は耐えていた。願望と欲望の狭間で。
少女は知っている。
この世に、祈りを届ける者などいない事を。
第三章 亡き乙女に音色は届かない
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