057 『ユウジーン』と『イリーナ』

 杏太郎の許嫁である金髪ツインテールの少女。彼女の名前は『イリーナ・ズクウェイ』というそうだ。

 職業は俺と同じく『競売人オークショニア』である。

 俺がコンチータを『オークションハウス』にしたように、ユウジーンを『オークションハウス』にしたのはイリーナだった。


 俺と彼女はこの世界で、お互い生まれてはじめて自分以外のオークショニアと出会ったのである。

 オークションに関して、イリーナといくらか話したいことがあった。

 けれど彼女は、ユウジーンとの再会でそんな状態ではない。

 なにしろユウジーンは狐面の男にさらわれ、俺たちが魔王を攻略するまで消息不明しょうそくふめいだったのだ。


 やがて、イリーナが落ち着いてから、俺たちは自己紹介をした。

 杏太郎についての昔話なんかも、イリーナから聞かされる。


「わたくしとユウジーン、それと杏太郎様の三人で、オークションを開催したことがあったのよ。それも何度もね」


 杏太郎とイリーナは許嫁同士だ。だから、両家の親同士が昔から頻繁ひんぱんに二人を会わせて遊ばせていたみたいである。

 ただ、そこにはいつもユウジーンの姿があった。

 杏太郎が「ユウジーンといっしょじゃないとイリーナとは会わない」と、わがままを言っていたからだ。

 それで、彼らは三人で会うことが多かったのである。

 ユウジーンが、にこりと笑って言った。


「杏太郎様には、本当に感謝しているんだ」


 続いて、イリーナが微笑む。


「わたくしとユウジーンが昔から愛し合っていることを知っていたから、杏太郎様はわたくしたちのためにいつも、わざとわがままなフリをしてユウジーンを呼んでくださったのよ」


 三人は、周囲に人の目があるときは杏太郎とイリーナが仲良く振る舞い、ユウジーンはお供の人間のように二人を見守った。

 そして人目がないときは、杏太郎はイリーナとユウジーンを二人きりにしてあげて、自分は一人で本を読んだりして過ごしていたそうだ。


「おかげで、あの頃のボクには、読書の時間がたくさんあったな……くくくっ」


 昔話をしながら、杏太郎は不敵に笑った。

 イリーナとユウジーンは、そういうかたちで自分たちの恋愛を手助けしてくれた金髪の美少年に心の底から感謝している様子だった。


 この異世界は恋愛に臆病な人が多いはずだ。でも、イリーナとユウジーンの昔話を聞いていると別の世界の話みたいだった。二人は昔からきちんと積極的に恋愛をしていたのだ。

 きっと杏太郎が、二人の恋愛を手助けしていたからだろう。

 この異世界に住む恋愛に臆病な人たちだって、杏太郎のように背中を押してくれる人が近くにいれば、恋に積極的になれるのかもしれない。


 それと、杏太郎から事前に聞いていた話や、イリーナたちと会話していてなんとなくわかったのだけど――。

 三人はそれぞれ裕福な家の人間だが、やはり順位があるようだ。

 あくまでも俺が受けた印象ではあるけれど、杏太郎の家が一番裕福みたいである。

 イリーナの家はそれより下だ。しかし、彼女の家は昔から代々続く歴史ある地位の高い金持ちという印象だった。

 最後にユウジーンの家は、他の二人よりも2~3ランクくらい下の金持ちという感じだ。ユウジーンの家は、イリーナの家の支配下にあるからである。


 ユウジーンは幼い頃からずっとイリーナの家が所有している屋敷に住んでいるらしい。ユウジーンの一族がイリーナの一族に逆らわないよう、彼は子どものころから人質ひとじちにとられているみたいな感じだそうだ。

 幼い頃から顔を合わせて暮らしていたユウジーンとイリーナ。ところが、二人が仲良くなるようには育てられていないようだった。

 屋敷の中では、ユウジーンの立場は『イリーナよりも下』と明確に位置づけられているみたいで、人目のあるところで二人は絶対に、いちゃいちゃできないそうである。


 ユウジーンは年下のイリーナに対してきちんと敬語でしゃべり、イリーナの方は屋敷ではユウジーンと適度な距離を保ちながら生活しているそうだ。

 イリーナは子どものころから両親に、「ユウジーンと仲良くしすぎてはいけないよ」と注意されていた。

 イリーナには、杏太郎という許嫁がいるのだから当然だろう。


 だから二人は長いこと、屋敷では仲が良くないフリを続けているそうだ。

 二人のそういった芝居は上手くいっているようで、イリーナの家族や屋敷で働いている人々は、イリーナとユウジーンが相思相愛なことに、おそらく誰も気づいていないのではないかということだった。


 イリーナとユウジーンの恋の話で俺たちは盛り上がっていた。

 だけどコンチータは……こういう話を聞いて、どんな気持ちになるのだろうか?

 自分の好きな男の子の許嫁が、別の男を好きなのである。


 俺はちらりとコンチータに視線を向けた。

 魔王の城からここまで来る途中、杏太郎は自分に許嫁がいることをコンチータに打ち明けたそうだ。

 そこで二人がどんな会話をしたのか? それは知らないけれど、特に二人の仲が悪くなっている様子もない。


 コンチータは普段どおりだった。今だって、イリーナたちの恋の話を静かに聞いている。

 もともと感情があまり表に出ない少女だから、何を考えているのか分かりにくい……。


 まあ、とにかく――。

 ここは普通に考えて、イリーナとユウジーンがくっついて、杏太郎とコンチータがくっつくことができたら、それがハッピーエンドなんじゃないのか?

 誰だってそう思うだろう。

 ただ、現実はそうも簡単にはいかないから難しい。


 でも……。

 杏太郎から許嫁の話を聞かされて以来、俺はずっと考えていた作戦があった。

 俺の考えで上手くいくかはわからないし、実現するためには仲間の協力が必要だけど……。

 杏太郎とコンチータの恋を、俺はなんとかしてやりたいのだ。


 しばらくすると、商人がやって来るのが見えた。

 都市から来ただろう商人は、この草原を抜けて、近隣の町や村なんかをまわるのかもしれない。


 前から考えている作戦が上手くいくかどうか……。

 それを調べるためのチャンスが来たと俺は思った。

 まずは第一段階である。

 みんなに向かって俺は言った。


「あの……俺さあ、一度でいいから、ユウジーンのオークションハウスが見てみたいな」


 続いて、コンチータとイリーナに尋ねてみた。


「それと、これは実験なんだけど、ユウジーンのオークションハウスで俺がり台に立ってオークションを進行できるのか、それを試してみたいんだ。ダメかな?」


 みんなはきっと、俺が妙なことを言い出したなあ、と思っただろう。

 しかし、ユウジーンは了承してくれた。

 コンチータもイリーナも、俺がユウジーンのオークションハウスで競り台に立つことを笑顔で許してくれたのだった。


 そんなわけで、商人が近くに来ると、ユウジーンが地面に手をついて叫んだ。


「オークションハウス・オープン!」


 青白い閃光せんこうが周囲を包んだかと思うと、俺たちと商人は一瞬で、ユウジーンのオークションハウスへと移動した。


 コンチータのものと比べると、彼のオークションハウスは小さかった。

 オークションハウスのレベルは20前後といったところだろうか。


 結論から言うと――。

 ユウジーンのオークションハウスでも、俺はオークショニアとして競り台に立ち、オークションを進行することが可能だった。

 商人は俺たちから事情を聞くと、持っていた商品をひとつオークションに出品してくれた。

 それを杏太郎がそれなりの高値たかねで落札してやる。

 オークションハウスを解除すると、商人は喜び、俺たちにお礼を言って去っていった。


 商人の後ろ姿を眺めながら、俺は一人でつぶやいた。


「ユウジーンのオークションハウスで、きちんとオークションを開催することができた……。まずは、第一段階終了だな……」

「んっ? シュウ、何を一人でぶつぶつ言っているんだ?」


 金髪の美少年がそう言って俺の肩をポンポンと叩く。

 俺はそんな美少年に向かって言った。


「なあ、杏太郎。お前の両親や家族に会わせてもらえないか? できれば、他の仲間たちもいっしょにさ」


 ほんの少しだけ沈黙があった。

 けれど杏太郎は「いいぜ」と言って、俺の願いを受け入れてくれたのである。

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