047 気まぐれな龍と青い瓶

 俺はアイテムを出すことをあきらめた。

 そして、地面に寝かせていた血だらけの女剣士を、お姫様抱っこする。

 ここで立ち止まっていても、彼女を助ける方法はないのだ。


 女剣士を抱きかかえたまま、俺は走り出した。

 ぼやぼやしている時間はない。

 仲間たちと合流するか、アイテムが使えそうな場所に移動するんだ!


 両サイドの壁にずらりと並んだカンテラの明かりのおかげで、通路の終わりは見えている。

 長い一本道だ。まっすぐ行けば、大広間らしき場所に抜け出せそうだった。


 それにしても、血だらけの女剣士をお姫様抱っこすることになるとは……。

 一年前――。

 出会った初日に、純白のウェディングドレスを着た彼女をお姫様抱っこした思い出がある……。

 同じお姫様抱っこだけれど、シチュエーションが極端すぎる!


 それに、あのときの女剣士は酔っ払って意識を失っていた。

 今度は血を流しすぎて意識を失っているのだ!


 とにかくこいつを目覚めさせて、俺は文句と心の底からこみ上げるこの感謝の気持ちをきちんと伝えなくては!

 だから絶対に死なせはしない!


 俺は走り続け、大広間まで目と鼻の先までたどりつく。

 しかし――。

 その大広間らしき場所からこちらの通路に、魔物たちが4体向かってきたのだ。


 4体は、するどきばのあるとらのようなけものたちだった。

 動きのにぶい魔物たちが相手ならば、俺は女剣士をお姫様抱っこしたままでも対応できたかもしれない。

 けれど、よりによって素早い魔物たちに見つかってしまったわけである。


 俺は迷った。

 立ち止まって、女剣士を地面に下ろしてから、4体の魔物と戦うか?

 それとも、彼女を抱きかかえたまま全速力で4体に向かって突撃し、強引に大広間まで抜けてしまうか?


 この狭い一本道では、逃げ場はない。どちらにしろ魔物とは接触することになるのだ。

 そして女剣士には、もうそれほど時間が残されていない気がする。

 彼女を一刻も早く回復させなければ……。


「ああああっ! くそおおおおっ! どけええええっ!」


 俺は叫び声をあげ、女剣士を抱えたまま全速力で突撃した。

 そのときだった――。


 空気を切り裂くような轟音ごうおんとともに、魔物たちの背後から雷撃らいげきが!?


「なっ!?」


 俺がそう声を漏らしている間に、4体の魔物たちが一瞬で黒焦くろこげになって倒れた。

 続いて、聞き覚えのあるどこかマヌケな声が聞こえてくる。


「カゼリュウー! カゼリュウー! カゼリュウー!」


 大広間からこの狭い通路に、見覚えのある大きな顔がぬるりと現れた。

 元四天王のカゼリュウだ。

 もう俺は、涙が止まらなかった。

 女剣士を助けられる可能性が、ぐっと高くなった気がしたのだ!


「カゼリュウ! お前!」

柊次郎しゅうじろうさーん! カゼリュウ、助けにきたカゼリュウー!」


 全速力で通路を抜けると、俺は大広間でカゼリュウと再会した。

 カゼリュウは、女剣士が瀕死ひんしなことにすぐに気がついてくれる。

 俺は声を震わせながら言った。


「じ、時間がないんだ。カゼリュウ、頼む。みんなの居場所がわかるなら、案内してほしい」


 カゼリュウは、俺と血だらけの女剣士をその背中に乗せると、すぐに飛び立った。


 龍の背中に乗って飛ぶなんて!?

 本当にファンタジーRPGのような体験だった。


 大空ではなく、天井のある建物の中なのが少し残念ではある。

 カゼリュウなのだが、気難しい魔物なので、背中に人間を乗せて飛んでくれたことは過去に一度もない。

 俺はカゼリュウと仲は良い方だけど、背中に乗せてもらったことはこれまでなかったのだ。

 それが……。

 カゼリュウも女剣士の状態を目にして非常事態だとすぐに理解してくれたのだろう。

 しかし、まさかこいつが、ここまでしてくれるとは思わなかった……。


 カゼリュウは猛スピードで建物の中を飛び続け、仲間たちのもとへと移動しながら背中に乗っている俺に話しかけてくる。

 カゼリュウの説明によると――。

 みんなは戦闘中らしい。それなのにこいつは、そこからいつものようにフラリと抜け出して、単独で俺を捜し続けていたようである。

 カゼリュウは風を操り、時間をかけて俺の匂いを探り当てると、ここまで迎えに来たとのことだった。


 仲間たちの間では、カゼリュウの気まぐれさが過去に問題になっていた。


『戦闘中なのに自由にフラフラ飛び回っているカゼリュウを、なんとかできないだろうか?』


 この龍は、やる気があるときしか戦闘に参加しない。

 しかし、今回はその気まぐれさに助けられてしまったわけだ。

 戦闘中に自由にフラフラしていたカゼリュウに、こうして救われてしまったのだから、本当に何が起こるかわからない。


『まあ、こういう気まぐれな奴が、仲間にいてもいいのかもしれない』


 この戦いが終わった後、おそらくみんなもそう思ってくれるだろう。


 俺たちがいるのは『黒の宮殿』と呼ばれている建物の内部なのだが、もう少し移動してその中心部までたどり着けば、仲間たちがいるらしい。

 今いる場所はアイテムが使えないが、そこまで行けば使えるそうだ。


 そんなわけで、風のように飛ぶカゼリュウの背中に乗ったまま猛スピードで通路をいくつか経由し、目的の宮殿の中心部にたどりついた。

 みんなの姿が目に入ると、思わず俺は嗚咽おえつを漏らす。


 その広い空間では、激しい戦闘が行われていた。

 最前線では勇者様御一行の4人組が奮闘ふんとうしている。30体いた黒ずきんさんのゴーレム軍団も、その数を半分ほどに減らしていた。

 ゴーレム軍団の少し後方には、コンチータが『外壁防御がいへきぼうぎょ』のスキルを使って出現させた壁があった。

 その壁の裏に金髪の美少年がいる。杏太郎だ。


 カゼリュウは杏太郎のすぐそばに俺と女剣士を下ろした。

 杏太郎は、俺が地面に寝かせた血だらけの女剣士を目にすると、何も言わずにアイテムを出現させる。

 見覚えのある美しいデザインの青いびんだ。

 俺がこの異世界に召喚された初日に、死にかけていた奴隷の少女を回復させたアイテムである。

 杏太郎はそれを、ゲームでたとえるなら『エリクサー』クラスの薬であると言っていた。


 俺は地面に寝かせた女剣士の背中に手を当てて、彼女の上体をゆっくりと起こす。

 そして、青い瓶の中身を少しずつ飲ませて再び寝かせた。

 続いて、杏太郎が俺に抱きついてくる。


「シュウ……お前なら必ず生きて戻ってくると信じていたぞ」


 金髪の美少年は、目元を少し濡らしていた。

 俺の方はもうすっかり泣いていたのだけど、もう一度涙があふれてきた。

 すると、女剣士がむくりと起き上がる。


「うむ……競売人ならば、あの窮地きゅうちを脱して必ず仲間のもとに戻ると、私も信じておったぞ」

「いや、100%、お前の力だろ!」


 杏太郎と抱き合いながら俺は、元気になった女剣士にそうツッコんだ。

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