040 シャンズと勇者様御一行

 黒ずきんさんの兄である『シャンズ・ウォーク』は、俺たちの交際を認めている。

 兄であるシャンズ公認のカップルだった。


「弟さんが、本当にワシの弟になる可能性があるんですね」


 俺と二人きりのとき、シャンズは過去に一度だけそう言って微笑んだ。

 普段、彼は杏太郎のことを『ご主人様』と呼び、杏太郎の弟であるとみなしている俺のことは『弟さん』と呼んでいた。

 だからそんな話になったのである。


 俺たちの冒険がはじまった日に、最初のオークションで杏太郎に落札されたシャンズだが、今では『勇者様』と呼ばれ、人々から尊敬される存在になっていた。

 彼の職業は『山賊』だったのだけど、半年ほど前に誰かが転職しなくてはいけないイベントが発生して、シャンズの職業が『勇者』になったのだ。


 この異世界の多くの人々が神として信仰している存在がおり、神をまつっている大神殿がある。

 そんな大神殿が魔王軍の襲撃を受けたときに、俺たちがピンチを救った。

 そして、大神殿の危機を救った俺たちの代表に、『勇者』の称号が与えられるイベントが発生したのである。


 誰もが俺たちのリーダーである杏太郎が『勇者』になるのだと思った。

 俺が元いた世界でやっていたファンタジーRPGでも、そのイベントで主人公が正式に勇者になったと記憶している。

 この異世界はそのゲームとよく似ているから、てっきり主人公ポジションの杏太郎が勇者になるのかと思った。

 けれど、金髪の美少年はそれを嫌がった。

 結局、俺たちの副リーダー的な立場だったシャンズが『勇者』になったのである。


 もともと器用な人間だったワイルド系イケメンのシャンズだけれど、冒険の進行とともに限界を感じていたようだ。

 自分は中途半端な器用貧乏ではないか、と悩みはじめていたのである。


 戦闘力は女剣士や四天王たちにはかなわない。

 防御に関してはコンチータの『外壁防御』や成長した黒ずきんさんのゴーレム軍団の方が上である。

 扉の鍵を開けたり、敵のわなを解除したり、その他なんらかの汚れ仕事は、俺が絵画から召喚する『盗賊』などがシャンズよりも器用にこなしてしまう。


 山賊時代のシャンズは壁にぶち当たり、伸び悩んでいた。

 杏太郎は自分が勇者になって表舞台に出るのを嫌がっている面も確かにあったのだろうけど、どちらかといえば悩んでいたシャンズに新しいポジションを与えたくて『勇者』になってもらったのではないか。俺はそう考えている。


 勇者となった元山賊は、大神殿から『伝説の剣』『伝説のよろい』『伝説の盾』『伝説のかぶと』を与えられた。

 ワイルド系イケメンだった彼は、今はファンタジーRPGの主人公みたいな装備で冒険している。

 普段着に戻るときは、山賊時代の毛皮の服を着るのだけど……。

 ちなみに勇者になったシャンズは、神の祝福しゅくふくかなにかで『攻撃魔法』や『回復魔法』なんかもある程度使用できるようになった。


 まあ、勇者になって以降もシャンズは、相変わらず器用貧乏ではある。

 けれど、勇者という重要な役割を与えられた後の彼の表情は、以前よりもずっと明るくなった。

 シャンズが勇者でよかったとみんな思っている。




 やがて俺たちは、山のダンジョンの入口にたどりついた。

 金属製の大きな扉が行く手をさえぎっている。扉にはとても強力な封印魔法がかけられており、力づくで破壊することは難しい。

 杏太郎が山の東側を眺めながら言った。


「勇者様御一行が、扉の封印を解除してくれるのを待つか」


 勇者・シャンズは、俺たちとは別のパーティーを率いて行動することも多かった。

 シャンズたちが山の東側にある塔を攻略しており、それが終わると山のダンジョンの扉が開く予定なのだ。


 この旅の途中、オークションで杏太郎は『魔王軍四天王』だけを落札してきたわけではなかった。

 色々とワケありだが能力の高い『戦士』と『僧侶』と『魔法使い』をオークションで落札しており、勇者シャンズの仲間に加えていたのだ。


 たとえば戦士は、自分のことを『老兵ろうへい』と呼ぶ、ナイスミドルなおじさまである。

 妻帯者さいたいしゃだったが、数年前に最愛の妻を亡くし、独り身になってからは旅に出たいとずっと考えていた。

 しかし、彼を護衛ごえいとして雇っていた貴族が、なかなか彼を手放してくれなかった。

 悪質な契約で彼の自由を縛り付けていたり、汚れ仕事なんかもやらせていたりしたようだ。


 そこで俺たちがオークションを開催して、杏太郎が貴族と競りで戦った。

 杏太郎が勝利し、戦士を落札して旅の仲間に加えたのである。

 筋力や視力などがすっかり衰えてしまい全盛期ほどの戦闘力はないそうだが、それでも女剣士が一目置くほどの剣の使い手だった。


 斧使いだったシャンズは、勇者になって『伝説の剣』を与えられてからは、剣を使って戦うようになった。

 老兵はそんな勇者に剣の指導をし、より高度な戦い方を教えてくれている。


 僧侶と魔法使いは、どちらも22歳の若い男だった。

 身長は二人とも175センチ前後だろうか。

 僧侶は知的な雰囲気のイケメンで、魔法使いは少しチャラい感じのイケメンだった。

 二人とも自由には冒険できない複雑な事情があったのだけど、俺たちがオークションを開催して杏太郎が落札し、問題をクリアにしてからは仲間に加わってもらったのである。

 僧侶は回復魔法を、魔法使いは攻撃魔法を、それぞれシャンズに教えている。


 シャンズと彼ら二人が普段着姿で、三人並んで夜の町を歩いていると、少しだけホストクラブみたいなオーラが漂った。

 しかし、こんなにカッコイイのに、三人とも女性経験がなくて童貞どうていだそうだ。

 俺を含めて四人で男子会を開催することがあるのだが、どうやったら女の子と仲良くなれるのか、質問攻めにされることがある。


 三人とも若くて見た目もいいのだから黙っていれば女の子の方から寄ってきそうなのに、この異世界の人々は男女ともに恋愛に消極的な人が多いので、そうもいかないみたいだ。

 僧侶の男は、書物などで性の知識はかなり身につけているようだが、女の子相手に実践したことはないらしい。

 魔法使いの男なんてすごくチャラそうなのに、女の子と会話するとき、いちいち耳が真っ赤になる。


 そんな『勇者』『僧侶』『魔法使い』に老兵の『戦士』を加えた四人組が『勇者様御一行』だ。

 冒険中に、貴族や町の有力者たちからの接待などが発生したときは、勇者様御一行の四人に対応してもらい、他の仲間たちは接待には参加せずに好きに過ごすことが多い。


 きっと魔王との戦いが終わった後、歴史に名を刻むのはシャンズたち勇者様御一行の四人組なのだろう。

 でも、杏太郎はそんなことはどうでもいいみたいだった。

 金髪の美少年はこの冒険が終わった後、『勇者様が使っていた魔法携帯電話』といううたい文句で、『シャンズ』たちを広告等にして、携帯電話事業を世界中に拡大する計画があるそうだ。


「んっ? 扉が開いたぞ。勇者様御一行が東の塔の攻略に成功したようだ」


 封印されていた扉を眺めながら杏太郎がそう言った。

 この奥に魔王軍四天王の最後の1体である『火の鳥・フェニックス』が待ち構えているのだ。

 杏太郎がみんなの方を向く。


「勇者様御一行は、そのまま東の塔で待機する予定だ。ボクたちがダンジョンにいる間に、再び扉が封印されることを防ぐためだ」


 俺たちがダンジョンに入っている間に扉が封印されると、外に出られなくなってしまう。

 シャンズたちはそれを防ぐために、東の塔にいなければいけないのだ。


 確かにゲームの方でも、主人公である勇者とライバルがこの場面で共闘していたと思う。

 ライバルが東の塔を攻略して、主人公たちがフェニックスと対決するのだ。

 シャンズはゲームであればライバル的な存在だったと思うから、ゲームのシナリオ通りの展開ではある。

 まあ、あっちが勇者になっちゃったんだけど……。

 杏太郎が話の先を続ける。


「ここにいる仲間たちだけで、フェニックスの元までたどり着くぞ! それが終われば、次はいよいよ魔王の城だ!」


 火の鳥・フェニックスが、魔王の城へと続く道に強烈な炎を発生させているらしい。

 空を飛べるカゼリュウが、上空から魔王の城に乗り込んでみようとしてくれたこともあった。

 だが、魔法による障壁しょうへきのようなものが空にあって、城に上手く下りることができないそうだ。

 フェニックスを攻略して、道を燃やしている炎を止めなくては、俺たちは魔王の城に乗り込めそうにないのである。

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