第268話 合体
クリスが目を醒ましたことで、ミノーラ達は取り敢えず安心することが出来た。
呆けた状態のクリスを囲い、オルタやタシェルが口々に声を掛けている。
対するクリスの表情は、呆けたものから、少しずつ困惑へと様子を変えていき、その感情を吐露するように、小さく呟いたのだった。
「クリス……?」
溢されたその呟きを、ミノーラが聞き逃すわけがない。
すぐさまクリスの様子が変だと感じたミノーラは、間髪入れずに問いかけてみた。
「クリス君? 大丈夫ですか?」
自身の両腕をまじまじと見つめているクリスは、問い掛けを聞くと、ミノーラをじっと見つめ始めた。
次に、周囲を取り囲んでいるオルタ達を見回したクリスは、最後にクラリスを見つめ始めた。
クラリスもクリスの様子がおかしい事に気づいているのか、少し不安げな表情のまま、呟いた。
「にいちゃん? 大丈夫? 身体とか、痛くない?」
すっかり変貌を遂げてしまっているクリスの身体に目を向けながら、彼女は問いかけている。
そんなクラリスの心配を知り、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべたクリスは、告げたのである。
「ごめん、僕は、クリスじゃなくて……アイオーンなんだ」
「アイオーン!? どういうこと……?」
驚きのあまり、言葉を失ってしまったミノーラは、思わず呟いてしまった。
しかし、彼女の疑問に対する答えを、アイオーン自身も持ち合わせていないらしく、苦笑いを浮かべながら首を傾げている。
「僕も、正直驚いてるんだよね……城壁の近くで弱ってた時に、クリスが来たのは、なんとなく覚えてるんだけど……そういえば、ここはどこ? エーシュタルじゃないみたいだけど……」
傍に転がっている石を拾い上げ、まじまじとそれを見つめたアイオーンは、続けざまに周囲を見渡した。
荒野のど真ん中で野営をしている状況に疑問を抱いたのだろう。
しかし、ミノーラを含む他の皆は、それどころではなかった。
クリスの身体がオルタのようにな変貌を遂げている状況と、目を醒ました意識がアイオーンであることを考えると、考えられることは一つしかない。
それを確かめるように、考え込んでいたタシェルが、恐る恐ると言った様子で言葉を並べ始めた。
「これってつまり……クリス君とアイオーンが、合体しちゃったってこと?」
「合体って……そんな事あり得るのか? どうやったらそんなことが起きるってんだ?」
タシェルの言葉を聞いたオルタが、頭を掻きむしりながらぼやいた。
ミノーラも一瞬、オルタと同じ感想を抱いたのだが、今までに見て来たものを思い出し、考えを改める。
そもそも、様々な生物が“合体”している様子は、ザーランドで目にしているのだ。
地面から現れた巨大な根による攻撃で、変貌を遂げ人々。
その不釣り合いともいえる異様な光景は、間違いなく、目の前にいるクリスにも当てはまる言葉だとミノーラは思う。
「ザーランドで見た兵士達も、色々な生き物が合体しているように見えました。もしかしたら、あの根っこがなにか関わってるのかもしれないですね」
思い至った推測を、その場の皆に告げる。
同じように何かを推測したのだろう、メモを取り出したカリオスが、いつものように何かを書き込むと、タシェルに手渡す。
「『根っこの可能性は低いんじゃないかと思う。何しろ、例の兵士達は意識が無かったからな。それよりも、クリスの付けてた籠手の方が怪しいと思うんだが。皆はどう思う? 』……籠手ですか。確かに赤く光ってますね。これってリキッドを入れたら、何が起きるんだったっけ?」
メモを読み上げたタシェルが、赤く輝いているアイオーンの左腕を見て呟いた。
そうして再びその場の全員が考え込み始めた時、一人の少女が小さな嗚咽を漏らし始めた。
自然と、全員の視線がクラリスへと集まる。
一気に注目を集めることになったクラリスは、大粒の涙を流しながら、アイオーンを凝視していた。
「クラリスちゃん……」
涙を拭うことなく、ひたすらに泣き続けているクラリスの様子を見て、ミノーラは彼女の傍に寄り添った。
すぐ傍に立ったミノーラに気づいたのか、左手で毛並みを撫で始めたクラリスは、自身のつま先に視線を落としながら俯いている。
そうして、小さな声で問いかけて来た。
「ミノーラ……にいちゃんは、大丈夫よね? 死んでないんよね?」
分からない。
それが、ミノーラの頭に浮かんだ言葉だった。
しかし、それをそのまま、口に出すのは強い抵抗を感じる。
命を失ったわけでは無い、アイオーンと合体してしまっただけなのなら、いつか意識も取り戻せるかもしれない。
そんな言い訳を頭の中で巡らせていたその時、ミノーラは低く重たい音が、遥か西の方から轟いて来るのを感じた。
咄嗟に西を向き、耳と四肢でその振動を確認した彼女は、すぐに大声を上げた。
「皆さん! また地震が来ます!」
ミノーラの声を中心に、ざわめきが周囲に広がり始めた時、宣告通り強い振動が彼女たちに襲い掛かった。
震動で転倒する者、互いにしがみついて体勢を整えようとする者、恐怖におびえ蹲っている者。
様々な人々の様子を視界で捉えたミノーラは、何とか転倒しないようにしながら、周囲を警戒した。
オルタやカリオスも、同じように警戒を見せている。
そして、彼女達の警戒に応えるように、周囲から無数の悲鳴が沸き上がり始めた。
「カリオスさん! オルタさん! すぐ下に何かが居ます! 多分、例の根っこです!」
一際強い振動を足元に感じ取ったミノーラは、クラリスを尻尾で背中に引っ張り上げると、大きく横に飛び退いた。
横滑りしながら着地したミノーラが、元居た場所に目を向けると、鋭く尖った太い根っこが、突き出ている。
飛び退くことが出来なければ、間違いなく串刺しになっていただろう。
周囲では逃げ切れることが出来ずに、根っこに貫かれてしまった住人が、数人倒れている。
「皆! 大丈夫ですか!?」
オルタやカリオス、タシェル、そしてクリスが無事であることを確認したミノーラは、すぐに頭を切り替えると、周囲の状況を確認し始めた。
既に休憩している場合ではない。
大勢の人々が悲鳴を上げながら、ボルン・テール目掛けて駆け出し始めている。
兵士による統率も取れていない状況だ。
しかし、それは仕方がない事のように思えた。
胸元を貫かれ、息絶えてしまっているはずの遺体が、ピクリと動く。
その様子を視界の端で捉えたミノーラは、大勢の人々と同じように走り出す。
オルタがタシェル達3人を抱えて走っていることを確認しつつ、人波を縫うように駆けたのだった。
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