第243話 傾聴
オルタの背後からギルバートのことを覗き込んだカリオスは、再び籠手をスライドさせ始めた。
ギルバートが空を飛べることと周囲の状況を鑑みるに、先ほどと同じように壁を壊して逃げる他に無い。
奥内であれば、幾分か機動力を削ぐことが出来るだろう。
そう考えたが故の判断だ。
しかし、そんなことは見透かしているとでも言うように、ギルバートは笑みを浮かべた。
その様子を見流さなかったカリオスは、一瞬躊躇してしまう。
「答える気はない、か。予想していた通りの反応だ。それにしても甘い。本当に君たちは我から逃げるつもりなのか。ならば身の程という物を教える他にあるまい」
ゆっくりと首を横に振りながら、手にしていた棒を空へと掲げると、腹に響く衝撃を放った。
何が起きるのかと身構えたカリオスは、上の方から聞こえてきた足音を見上げ、目を見開く。
「うお! いつの間に!」
彼らの居る路地を覗き込むようにして、十人の兵士が建物の屋根の上に姿を現した。
ギルバートと殆ど同じ格好をしている兵士たちは、全員が空を飛べるのだろう、光り輝いているリキッドクロスを身に纏っている。
挙句の果てには、棒状の武器まで同じものだった。
『完全に囲まれてるな……これはもう無理か』
「オルタさんっ! カリオスさんっ! 見て!」
これ以上逃げても確実に捕まるだろう。
そうカリオスが心の中で独白した時、緊張した面持ちのタシェルが空を指差した。
すかさず空を見上げたカリオスは、頬が引き攣るのを感じつつ、後ずさりをする。
「痛い痛い痛いっ!」
そんな声を上げながらアイオーンが急降下してくる。
まとわりつこうとしている大勢の兵士たちを翼で払いのけながらも、一直線にカリオス達の元へと降りてきている。
「アイツ! 何やってんだ!」
大声で叫ぶオルタに賛同しながら、身を翻したカリオスは、空を見上げて突っ立っているギルバートに向けて拳を握り込んだ。
無防備な状態でカリオスの放った風を受けたギルバートは、後ろに吹っ飛ぶと、積み上げられていたゴミの山に衝突する。
ゴミの中で身動きが取れなくなっているギルバートに目を向けながら、その脇を駆け抜ける。
その先に、目的の工場があることを見て取ったカリオスが加速し始めたその時、激しく崩れるような音が、上から響いてくる。
咄嗟に背後を見上げたカリオスは、両脇の屋根にアイオーンが着地したのだと理解すると、降り注ぐ石の破片から頭を守りながら走り続けた。
「メチャクチャやるじゃねぇか!」
降って来る石からタシェルを庇いながら走るオルタが、屋根の上のアイオーンにも聞こえる程の声量で叫んでいる。
そんな声も聞こえているのか、アイオーンは建物の隙間に落ちないようにしながら、カリオス達の後を追っているようだった。
「追え! 速く追えと言っている!」
背後から轟くギルバートの怒声と、屋根の上を走る足音を耳にしながら、路地から駆け出したカリオスは、静かに佇んでいる工場の前で足を止めた。
時を同じくして、アイオーンが屋根の上から飛び降り、カリオス達と並ぶようにしてギルバートと対峙する。
当然、アイオーンのことを追いかけまわしていた兵士たちも着いて来ている訳だが、流石に真正面からアイオーンと対決するつもりは無いらしい。
多くの兵士が足や腕を抑えながらも、屋根の上からこちらの様子を伺ってきている。
『兵士もずいぶん疲弊してるな……まぁ、アイオーンを捕まえようってしてたんだ、当然だな。にしては、元気すぎる気もするが』
数十人にも及ぶ兵士たちの姿を確認し、最後に路地から現れたギルバートを目にしたカリオスは、心の中で笑みを浮かべた。
「投降しろ。君たちに逃げ場はない。大人しくすれば、命までは取らずにおく」
「誰がテメェの言う事なんか信じるかよ! なぁ、ミノーラ! 言ってやれ!」
「そ、そうだ! 僕はお前らなんかの言う通りにはならないぞ! それより! クラリスちゃんを返せ! 可愛い女の子を攫うなんて、お前ら卑怯だぞ!」
密かに達成感を噛み締めていたカリオスだったが、ギルバートへ返答するオルタとアイオーンの様子を目の当たりにし、思わずため息を溢しそうになった。
まるで、あらかじめ決めていたセリフを思い出しながら告げているような二人の様子は、明らかに違和感がある。
その違和感をギルバートも感じたのだろう。
リキッドクロスの光で照らされた顔をゆっくりと横に振ると、仕方がないと言うように呟いた。
「取り押さえろ!」
号令と共に一斉に、兵士が四方八方から飛び出してくる。
アイオーンはともかく、カリオス達が逃れる術はない。
タシェルを庇おうとしたオルタが地面に組み伏せられ、同じくタシェルも取り押さえられる。
そんな様子を見ながら同じように組み伏せられたカリオスは、最後のあがきとでも言うように、地面に向けて右の拳を握り締めた。
途端に、ものすごい衝撃が辺り一帯を揺るがす。
工場の壁からパラパラと小石が降り注いでくるのを目にしたカリオスは、次の瞬間、横腹に強烈な痛みを覚えた。
「なにを暴れている? 余計なことはするな。良いか? そう言えば、君がカリオスか?」
カリオスの横腹を蹴り付けながら告げたギルバートが、思いだしたように彼の目の前にしゃがみ込んだ。
鋭い眼光で覗き込まれ、思わず彼が顔を逸らした時、ギルバートが囁く。
「これはクロムからの伝言だ。良く覚えておけばいい。ただ、もう意味はなくなるがな」
そこで一度言葉を切ったギルバートは、咳ばらいをすると、小さく呟いた。
『影の女王を消してくれて感謝します。君かミノーラか、どちらかの仕業でしょう?おかげで私は、もう逃げる必要がなくなった。その上、念願を果たせるのですからね』
ギルバートの呟いた言葉の意味を、カリオスが理解するまでに、数秒の時が必要だった。
その間に、ギルバートは立ち上がり、カリオスの傍から立ち去ってしまう。
工場の前に向かったギルバートは、組み伏せられたカリオス達の様子を満足げに眺めている。
アイオーンも含めた全員が取り押さえられてしまった状況。
この状況は全てカリオスの思惑通りであったのだが、新たに浮かんだ疑問と目まぐるしく変わる状況のせいで、彼は混乱する。
勢いよく開かれる工場の扉。
そして、現れたミノーラ達。
そんなミノーラ達を見て、唖然とするギルバート達。
それら全てを見ながら、カリオスは頭の中に響き渡る疑問に耳を傾ける。
『クロムはどうやって、影の女王から逃げ続けたんだ?』
そんな声に紛れるように、アイオーンが大きく叫び声をあげたのだった。
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