第161話 相方
寝ぼけ眼だった女性は、まだ武闘会が始まらないことを知ると、再び目を閉じた。
そんな女性の様子を見たオルタは、元居た場所へと戻り、静かに時間が過ぎるのを待つ。
時が経つにつれて、少しずつ出場者の数が増えていき、現在では、オルタを含めた十二名が沈黙の中で待機している。
騎士のような風貌をした人間の男。大剣を携えているウルハ族の男。小刀を腰に携えている猫耳の女。
その他にも、多種多様な風貌の闘士たちが、集まっているようだ。
そんな人々の様子を伺いながら、オルタは退屈さを感じ始めていた。
誰一人として言葉を交わすことが無い。揺らぎのない沈黙の中、強烈な居心地の悪さも感じている。
どうせなら、キルデンがもう一度暴れてくれた方が、幾ばくかマシなように思えてしまう。
そうなれば、退屈を凌げる上に、面倒そうな男が一人失格になるのだから、一石二鳥だ。
確実に起こり得ないであろう願望を思い描いていた時、しばらくぶりに部屋の扉が開かれた。
まだ出場者が増えるのかと考えたオルタだったが、どうやら違うようだと気が付く。
「お待たせしました。」
そう言いながら部屋へと入って来たのは、朝方に闘技場の前で受付をしていた男。つまりは、武闘会の運営と言うことになる。
ようやく始まるのか。とため息を吐いたオルタは、ゆっくりと腰を上げ、立ち上がる。
他の出場者たちもしびれを切らしていたのか、部屋中に安堵の空気が流れた。
そんな空気を感じたのか、男は部屋の中心に歩き、手に持っている箱を床に置いた。
「さて、これから皆さんに説明を始めたいと思います。ここの部屋にいらっしゃる皆さんは、本日の昼、日が天辺に位置した時より試合を始めてもらいます。」
その説明は昨日の受付時に聞いた。オルタは昨日説明された内容を思い出しながら、男の言葉に耳を傾けることにする。
「そして、試合は二人一組で行ないます。ここに数字の書かれたくじがあるので、今から引いてください。同じ数字を引いた方が、ペアの相手となります。」
そう説明した男は、先ほど床に置いた箱を持つと、順に部屋を回り始めた。
当然、オルタの場所にも訪れた男は、箱の中をこちらに見せるように傾けると、中に入っている折りたたまれた紙を一つ取るように促す。
促されるままに一枚の紙を取ったオルタは、すぐにそれを開くと、書かれている数字を確認する。
「4か……。誰かが同じ4番を引いてるって事だよな。」
部屋にいる人数は十二人。と言うことは、一から六までの数字が二枚ずつ入っていたということになるのだろう。
改めて周囲を見渡したオルタは、男が部屋の中心に戻ったことに気が付き、続きを待つ。
「さて、では一番の方はこちらに来てください。」
「俺だ。」
男の呼びかけに答えたのは、キルデンだった。
自信に満ちているその表情のまま、部屋の中心に進み出る。
そんなキルデンのペアは、先ほど目にした騎士の風貌をした男だった。
本人には悪いが、キルデンのペアでなくて本当に良かった。とオルタが安堵しているうちにも話は進んでいく。
二番、三番と呼ばれた者が部屋の中心に集まり、男によって名前を控えられている。
そうしてついに、四番が呼び上げられた。
何も言葉を発することなく歩み始めたオルタは、視界の端で同じように歩き始めた人影を目にする。
それは、今朝の女性だった。
流石にもう寝ぼけた様子は無く、鋭い視線でオルタの姿を射抜くように睨んでくる。
そんな視線を訝しみながらも、オルタは部屋の中心へ行き、名前を告げる。
「オルタだ。」
そんな彼の名乗りに続くように、女性が名前を告げた。
「サラよ。」
短くそう告げたサラは、そのまま元の場所へと戻って行く。
何か挨拶でも交わした方が良いのか考え込んでいたオルタは呆気にとられ、特に理由も無くサラの後を着いて行く。
再び壁に背中を預けながら座り込んだサラに対して、オルタが話しかけるべきか悩んでいた時、部屋の中心で渇いた音が響いた。
思わず振り向いたオルタは、受付の男が手を叩いたと気づき、そのまま話を聞く。
「さて、ペアが決まって作戦を話し合いたくなるのは分かりますが、もう少々お付き合いください。本日試合を行うのは、この部屋にいる皆さんだけではありません。もうすぐ始まる朝の部に参加する十二名。皆さんの後に夜の部で参加する十二名。つまり、皆さんを含めて三十六名の方が試合を行います。そして、明日の試合に出ることが出来るのは、最大六名。つまり、朝・昼・夜の各部から勝ち抜いた三組だけが、次に進めるのです。ここまでは良いですか?」
男の説明を聞いたオルタは、深く頷く。昨日の説明で聞いていた通りだ。
「さて、ここからは昨日の受付では説明していない内容になります。明日の試合、午前中は勝ち抜いた三組で本日と同じ試合を行ってもらいます。そして、勝ち抜いた一組が、明日の午後、昨年のチャンピオンであるノルディス長官と対戦して頂きます。ちなみに、ペアの交代は今後一切ありません。つまり、明日の午前の試合までペアが欠ける事なく勝ち進めることが出来れば、チャンピオンとの試合を二対一で挑むことが出来ます。」
「失礼、一つ良いだろうか。」
男の説明が途切れたところで、キルデンのペアである騎士の風貌をした男が声を上げた。
受付の男が一つ頷くと、騎士は疑問を語り出す。
「今の説明だと、チャンピオンが不利になると思うのだが。それと、ペアが欠けることなくと言うことは、欠けてしまう条件があるという事か?」
「チャンピオンが不利になる。という点においては、その通りです。ただ、このルールを望んだのはノルディス長官本人だという事だけお伝えしておきます。ペアが欠ける条件についてですが、一度でも戦闘不能状態……つまり、意識を失ったり、重傷を負った場合。その時点で失格とみなします。つまり、本日の試合でペアの内一人が失格となった場合、勝ち上がったとしても明日の試合は一人で挑むことになります。」
その説明を聞いたオルタは、理解した。この武闘会において、ペアが欠けてしまうことはそのまま、敗北に限りなく近づいてしまう事を。
理解したうえで、納得する。
それは、当然なのだと。
マリルタで起きた出来事。そして、相対する敵の強さ。到底一人だけで敵う相手ではない。
そんなオルタの思考を知ってか知らずか、受付の男は周囲に目を配り他に質問が無いことを確認すると、一言告げた。
「それでは、皆様の健闘を祈ります。」
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