第149話 高笑

 下山し、平原に辿り着いたカリオス達一行は、野営の準備を始めた。


 聞けば、山の麓からエーシュタルまで、徒歩で半日ほどかかるらしい。


 流石に日の暮れかけている時間に向かうのは、無謀だろう。


 そうして野営の準備を始めていると、カリオス達が護衛しているのと同じような荷車を引いた集団が、二つ三つと傍に並び始め、それぞれが野営の準備を始めだした。


 すっかり暗くなりつつある空の下、妙な慌ただしさを携えてきたそれらの集団を見ながら、カリオスは串焼きを頬張った。


 腰かけた丸太の硬さを尻で感じながら、周囲を見回す。


『こいつら全員、エーシュタルを目指してるのか?……闘技会か。まるでお祭りだな。』


 どの集団も大きな荷車を引いており、護衛のための兵士もチラホラと見られる。


 カリオス達が護衛を頼まれている荷車と同じように、何かしらの商品が載っているのだろう。


 隣の焚火の周りでバカ騒ぎを始めた男達を横目に見ていたカリオスは、すぐ右に座って会話をしているオルタの声を耳にした。


「あいつらも武闘会で店を出すのか?」


 そんなオルタの問いに、槍の男が答える。この二人はすっかり打ち解けてしまったようで、酒を酌み交わしながら談笑している。


「ああ、そうだと思うぞ。この平原の近隣には沢山の小さな集落があって、狩りや漁をして暮らしててな、武闘会で特産品を売りに出すことを許可されてんだ。その代わり、場所代として金は払うが、正直、利益がバカでかいからな!毎年こんなもんだよ。」


「そんなに儲かんのか!」


 二人の話を聞いていたカリオスの左隣にタシェルが腰かける。


「カリオス、シチューがあるけど?持って来ようか?」


 そう告げた彼女の手には、木製の器に入ったシチューが抱えられており、なんとも鼻の奥をくすぐるような優しい香りを漂わせていた。


『旨そうだな。』


 シチューを食べたのはいつぶりだろうかと考えたカリオスは、無言で立ち上がると、タシェルに向かって『自分で行く』とジェスチャーをする。


「分かりました。」


 どことなくそっけなく返された気がした彼は、タシェルに対して『オルタの方に詰めとけよ。』と身振りで指示を出し、その場を離れる。


 彼女から返事こそは無かったものの、地団駄を踏んだような音が聞こえた気がした。


 焚火にくべられている鍋の元へと向かったカリオスは、手にしていた串を焚火に放り込むと、人差し指を上に突き出し、鍋の様子を見ている男に注文する。


 注文を受けたその男は、道中荷車を引いていた男のようで、他の面子に比べれば、少しやつれているように見える。


 歳はカリオスと同じくらいだろうか。


 そんな男は木の器にシチューを注ぐと、ぶっきらぼうに手渡し、再び鍋の様子を見始めた。


 シチューを受け取ったカリオスは、特に不満を抱くわけでもなく、男の様子を見る。


 ほんの数秒。眺めた彼は、すぐに踵を返して元の丸太の元へと戻った。


 指示通りにオルタの方へと寄って座っているタシェルは、二人の談笑に加わっている。


 そんな様子を傍目に確認した彼が腰を下ろした時、目の前にミノーラがやって来た。器用にも、口で皿を咥え、その上に大きめの肉を乗せている。


 そんな彼女の背中には、クリスが跨っている。足を痛めたのが関係あるのか、それとも単純にその場所が気に入ったのかは定かではない。


 その皿を地面に置いた彼女は、じーっとカリオスの顔を眺め始める。それを真似るように、クリスもカリオスの顔を見つめ始めた。


『なんだ?顔に何か付いてるか?』


 しつこく見つめて来る二人に疑問を投げ掛けるため、首を傾げてみると、ようやく気が付いたらしく、彼女は口を開いた。


「あ、すみません。まだ見慣れてなくて、なんだか不思議なんです。お昼と夜で、皆の顔色がこんなに変わるのが、なんだか可笑しくてですね。あ、変な意味じゃないですよ?すごく面白い事だと思います。それと、それは何ですか?変な匂いがします。食べ物ですか?」


『ミノーラも大変だな。見える世界が変わるって、どんな気分なんだ?正直、俺には分からんな。』


 彼女の質問への応えに困りながらそんなことを考えたカリオスは、ペンを取り出すのが面倒に思い、仕方なくタシェルの肩を軽く叩いた。


「はい?なんですか?」


 カリオスはタシェルに対してシチューを指差した後にミノーラを指差す。これで通じればいいのだが。


「えーっと、ミノーラ。これはシチューっていう食べ物なんだけど、食べてみる?」


「シチュー?食べてみたい!」


「ちょっと待ってね、まずは味見だから、あっつ……。」


 そう言いながら、タシェルは左手をお椀のように丸めると、少量のシチューを注ぎ込んだ。


 まだ冷めていないシチューなのだから当然だが、それなりに熱いようで、慌ててミノーラの口元へと手を差し出している。


「ありがとう!」


 短く礼を告げたミノーラがタシェルの手を舐め終えるのに、それほどの時間はかからずあっという間に平らげてしまう。


「美味しい!シチュー!何の食べ物なんですか?肉?魚?」


「えーっと、どちらかと言えばお肉かな?」


 左手を布切れで拭きながら、タシェルが答える。


 その答えに目を輝かせたミノーラは、地面に置いていた肉にかぶりつくと、咀嚼をはじめ、瞬く間に平らげてしまった。


「お肉もおいしいですけど、シチューも負けないぐらい美味しいです!どうやったら、お肉からシチューが出来るのか、すごく気になりますね。誰が作ったのでしょうか?」


「俺もシチュー喰いたくなって来ちまったじゃねぇかぁ。ミノーラとクリスもいるかぁ?」


 今までの流れをミノーラの上で物欲しそうに眺めていたクリスが、オルタの言葉に目を輝かせた。


「喰う!」


 およそ今までの道中で一番元気よく告げたクリスの声に、オルタが嬉しそうに高笑いする。


「オルタさん、もしかして酔ってない?」


 心配そうに見つめるタシェルの言葉にオルタが答える。


「大丈夫だぁ!俺はぜ~んぜん!酔ってなんかないぞぉ!?」


『本当に大丈夫かよ……。』


 結局タシェルに宥められたオルタは丸太に腰を下ろし、ミノーラ達の分のシチューは彼女が取りに行くことになったのだった。

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