第130話 薄闇
オルタと対峙している男の内、短刀を持った方が鋭い視線でカリオスを確認すると、何やら話し始めた。
「カリオスとオルタ……は確認できたな。あとは、何だっけか?ミノーラか。一番の目玉だな。なぁ、オルタ。ミノーラはどこだ?早く出せ。」
そう問いかける男に対して、オルタが問い返した。
「お前らは何者なんだ?なぜ俺達を狙う?」
そんなオルタの問いかけを聞いたカリオスは、あまりに直接的な内容に呆れを感じつつも、情報を整理する。
『ミノーラを探してるのか?ということは、バートンが……いや、サーナがミノーラを連れ戻すように指示したって事か?それと、俺のことを知っているのは分かるが、なぜオルタのことまで知ってる?サーナとバートンは、ボルン・テールで起きた事までお見通しって事なのか?どうやって?』
湧き上がる疑問を自力で解消することが出来るわけも無く、今は情報を集めるしかないだろう。
カリオスがオルタに呆れを感じたのと同じように、短刀の男も、イラついたようで、首を横に振りながらため息を吐いている。
「なぜ狙うかって?おいおい、お前さんは良い歳した大人なんだろう?だったら、そろそろ世の中のルールってもんを理解してないと、恥ずかしいぜ?いいか?特別に教えてやる。行動には気を付けろ。たいていは、その行動に対するしっぺ返しがあるもんだ。」
「意味が分からない。俺たちが何をした?」
オルタは全く身に覚えがない様子で問い返している。これに関しては、カリオスも同感だ。こんな男たちに対して、オルタやカリオスが何かしたような覚えはない。
特に、ミノーラが絡むような話は、一つも思い至らない。サーナやバートンに対しても、特に思い当たる節は無いように思えた。
そんな考えを抱いていたカリオスは、ふと、一つの可能性に思い至る。
『クロムか?ボルン・テールで計画を邪魔したことに対するしっぺ返し。だとしたら、こいつらは誰だ?クロムの仲間は、マーカスに掴まった、ウルハ族の男だけじゃないのか?……雇った?そういえば、クロムはボルン・テールで金を受け取っていたはず……そういう使い道だったのか?』
思考を巡らせるカリオスは、湧き上がってくる嫌な予感を振り払おうと、籠手をスライドさせる。
しかし、嫌な予感は短刀を持った男によって、目の前に突き付けられ、実感として現れた。
「はぁ……分からんか。いや、待てよ。そうだそうだ、思い出した。オルタじゃない、カリオスか。」
不意に名前を呼ばれたカリオスが身構えると、こちらを見据える男が口を開く。
「俺もたまげたぜ?まさか、腕を丸々と焼いちまうなんてよぉ。あれはさぞかし痛てぇだろうな。まぁ、あの野郎がどうなろうと知ったっこっちゃないが、俺らはお前のせいで信用がガタ落ちなわけだ。さぁ、どうしてくれるんだ?カリオスさんよ。腕一本じゃ済まないぜ?」
言葉の軽薄さとは裏腹に、男の目に込められている怒りはカリオスの身動きを止めてしまう程に重く、粘っこいものだった。
短刀を持った男の奥で、もう一人の男と先程の女がオルタへとにじり寄っている。しかし、彼はオルタを助けに行く余裕を持ち合わせていない。
今しがた投げかけられた言葉。
それが何を意味しているのか、少し考えただけで分かる。
この三人は、クロムと一緒にいたウルハ族の男の仲間なのだ。そして、彼らはクロムから何らかの依頼を受け、カリオスとオルタを襲撃している。
それはつまり、襲撃することを目的とした人選であり、装備である。
『勝ち目はない。』
いくらオルタが屈強な男だとしても、カリオスの籠手が凄まじい威力を発揮したとしても。この三人の経験と技術と知識に、太刀打ちできるわけが無い。
ふと、かつてのバートン達のことを思い出す。彼らは不意に、空から現れ、カリオスを取り押さえたのだ。
だとするならば、屋外での戦闘は、非常に不利なものになりうる。
『くそっ!』
どれだけ考えても、敗北する姿しか想像できない。逃げたところで、瞬く間に捕まってしまうだろう。
だからと言って、何もしないのは最も愚かな選択だ。
結論を出したカリオスは、踵を返し、建物の中へと逃げ込んだ。玄関扉を閉め、施錠する。
外のオルタのことを考えているだけの余裕はない。廊下を走り、先ほどまでカリオス達が居た部屋の前を通り過ぎると、半開きの扉が目についた。
急いでその部屋の中へと駆け込んで、扉を閉じる。
息を整えようと、深呼吸をしたとき、背後から微かな息遣いが聞こえた。
ゆっくり振り返ると、怯え切った集落の人々が5人、身を寄せ合って、部屋の隅で震えている。
尋常ではないその怯えように、少し戸惑ったカリオスだったが、その人々の視線の先に理由を発見した。
扉から少し離れた場所に、ザムスが仰向けで倒れている。
ザムスを中心に、大量の鮮血が床や壁に飛び散っていた。良く見れば、扉の方へと血痕が続いている。
『さっきの……。』
先ほど聞こえた扉の開く音と唸り声、そして何かが倒れるような音。それらは恐らく、この部屋からの音だったのだろう。
気持ち悪さを抱きつつも、音をたてないようにザムスの遺体へと向かう。
自分たちの問題に巻き込んでしまったことを心の中で詫びながらも、彼は扉へと籠手を構える。
今は彼の死を悼んでいる場合ではない。正直、ザムスに対して良い印象も無いカリオスは、即座に考えを切り替えることにした。
勝ち目はないのに戦う。そんな矛盾を抱きながら、彼は扉を凝視する。
頬を汗が伝って行くのを感じる。先程の痛みと緊張で、右腕の震えが止まらない。
薄闇の中、音だけを頼りに、彼は狙いを定め続けた。
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