第116話 真偽
「追伸。言葉を話す海亀に出会ったら、よろしくしてやってくれ。そいつは俺とキュームの子供みたいなもんだからな。頼んだぜ。……ここで終わっていますね。」
タシェルは手にしていた手帳をそっと閉じると、目を閉じ、息絶えた男の安らかな眠りを願う。
ハイドも手帳の内容に何か感じたのか、黙り込んだまま白骨遺体を凝視している。
「この遺体がサムさんなんでしょうか?今の話が本当なら、この嵐はキュームという精霊が作り出してるってことですよね?早く止めに行きましょう。」
あっけらかんと言ってのけたミノーラは、タシェルやハイドとは違う受け止め方をしたようだ。
いつの時代の話なのか、タシェルには分からない。遠い昔、この島でひっそりと起きた悲劇が、この手帳には記されていた。
読んでいくうちに、タシェルの中で一つの仮説が組み立てられた。キーとなったものはいくつかあるが、やはり、一番大きなものは最後の追伸だろう。
言葉を話す亀は、サムとキュームの子供みたいなもの。
少し離れた位置でじーっとしている海亀に目を向けながら、彼女は考察する。
人と精霊の間に子供は出来ない。それは至極当然の事実であり、今は重要な事ではない。これはあくまでも比喩であり、サムの性格からして、ジョークなのだろう。
質の悪いジョークである。
言葉の通りに受け取らず、裏を取ってみるならば、サムは何らかの方法で混色の生物を生み出すことが出来たという事では無いだろうか。
そこまでして、サムが何をしたかったのか。その結果、海亀が何をしたのか。それはマリルタに伝わっているお伽噺が説明してくれている。
「言葉を話す亀が現れて……人間を、島に連れて行った。」
まるで、タシェルの考えを読み取ったかのように、ハイドがポツリと呟く。そんなハイドの続きを、彼女は呟く。
「その結果……嵐が止んだ。」
無言で視線を交わす二人の様子に疎外感を抱いたのか、ミノーラが不思議そうな顔ですり寄ってくる。
「どういう意味ですか?何か分かったんですか?」
「ミノーラ。やっぱり、この島に海神様なんて存在しなかったの。ただ、沢山の人が、大きな勘違いをしちゃってただけみたい。」
「ばってん、亀がこの島に人を連れてきただけで、嵐が収まるのはおかしいばい!嵐は人間に止められるもんじゃなか。」
結論を急ぐタシェルを引き留めるように、ハイドが指摘する。至極真っ当な指摘に対し、タシェルは、思考を巡らせた。
何か、私は既に答えを持っているはず。
今までに培ってきた浅い知識を走らせ、彼女はとある会話を思い出した。それは、ハリス会長と交わした、苦い記憶。
「……火の精霊が存在を維持できなくなる理由……周囲の温度が急激に冷やされた時……つまり、熱エネルギーを奪われた時、火の精霊は存在を維持できない。……地の精霊を構成しているのは力のエネルギーと……生命エネルギー。」
「な、なにをぶつぶつ言ってんだ?」
必死に考えるあまりに、言葉が口から零れていたようだ。タシェルは少し赤面しつつも、今の彼女が導き出せる最大の答えを、ハイドに提示して見せた。
「地の精霊は……キュームは。力と命の両方のエネルギーで出来ているんです。そのエネルギーをどこから得ているのか、詳細は分かりませんが、恐らく、生命エネルギーは、契約者から供給されているはず。もしくは共有しているんだと思います。」
「は?エネルギーとか言われても分からんばい。簡単に言ってくれ。」
「つまり、サムの命が尽き欠けた結果、キュームが暴走したって事です。サムとキュームの命は繋がってて、命だけが減って行くのを防ぐために、力のエネルギーを消費して嵐を起こした……。力と命のバランスを取ろうとした。」
そこまで告げたタシェルは、考えたくないことに気が付いた。力と命のエネルギーのバランスを取ろうとしているキュームの元に、生きた人間がホイホイと近付いたら、どうなるのだろうか。
恐らく、生命エネルギーを根こそぎ奪われるのではないだろうか。
そこまで考えた彼女は、あの時、ハリス会長が言わんとしていた内容の片鱗を見た気がした。
お前は本質を理解していない。
その通りだ。今の彼女は理解できる。精霊と精霊術師の関係が、単純な、表面だけの仲良しごっこでは無いのだと。
契約者と呼ばれる理由はそこにあるのかもしれない。
彼女は自身の右肩の上に座っているシルフィを改めて見つめる。いつもと変わらないはずの彼女のことが、いつにもなく、重たく感じてしまうのは気のせいだろうか。
「で、力と命のバランスを取ろうとしたら、なんで嵐が収まるんだ?」
「人間の生命エネルギーを補充したんです。もしかしたら、当時はキュームがそこまで強い精霊じゃなかったから、一人の人間で済んだのかもしれません。けど、多分今のキュームは人間一人くらいの生命エネルギーじゃ足りないのかも……。」
「命を補充……それで、バランスをとる必要がなくなったってことか。」
納得するハイドの言葉を聞いたミノーラが、少しばかりもの寂しそうな雰囲気で告げる。
「つまり、この島に来た人は、全員キュームに吸い込まれちゃったってことですか?」
「そう、なるね。」
肯定しながら、タシェルは心苦しさを抱く。きっと、この結果はサムの望んだ結果では無いのだろう。彼がどこまで知っていたのか、今の彼女に知る由は無いが、記されていた言葉が、刻まれていた想いが、物語っている。
そんな、一人の男の意を汲むために、タシェルは一つ深呼吸をした。そして、その場の二人に対して告げる。
「でも、サムはこんな結果を望んでたわけじゃないと思う。多分彼は、キュームの新しい契約者を連れて来ようとしたんだと思う。だからこそ、この手帳を残したのかも……。」
タシェルは手にしていた手帳を持っていた袋に入れる。それを胸元で優しく抱え込んだタシェルは思う。
真偽は分からないが、信じたい。
それは紛れもない、彼女の本音だった。
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