第94話 存在

 嵐が収まるまで、誰かが島に行き続ける必要がある。そんな狂気に染まった話を繰り広げているザムスを見ることもできずに、タシェルは思考を巡らせた。


 と言っても、堂々巡りである。


 彼女がどう考えても、島に人を送る選択肢は握手であり、最善手は集落からの脱出だ。


 カリオスやハイドという男はこの考えに賛同してくれるに違いない。オルタも、きっとそうだ。そして、ミノーラも。


 そう思っていた矢先である。


「私。島に行きます。どうしてそれで嵐が収まるのか、よく分かりませんが、行ってみれば分かりますよね?」


 彼女のすぐ傍で、ミノーラがそう宣言した。


 タシェルには何をどう考えた結果、彼女がそんな決断をしたのか分からなかった。


 確かに、まだ出会って日が浅いので完全に理解できているとは考えていない。それは、お互い様だろう。しかし、根本的な考え方はそれなりに共有できていると感じていた。


「ミノーラ……どうして?」


 まるで、突然目の前に溝が現れたかのように感じたタシェルは、何とか溝を埋めようと、情報を求めた。


「タシェルさん。大丈夫です。この嵐が過ぎて、風が収まってるときに出発するから、島まで行けると思います!」


 元気よく応えるミノーラに対して、カリオスがメモを見せる。どうやら彼も、ミノーラが島に行くことを引き留めたいようで、書き殴ったメモを読ませている。


「カリオスさん。すみません。でもやっぱり、私は二度とあんな光景を見たくないので……。私が力になれるなら、頑張りたいと思います。」


 カリオスのメモを読んだミノーラが、そのような返答をする。二人の間で交わされている言葉に、どんな意味が込められているのか今のタシェルには読み取ることは出来ないだろう。


 しかし、あんな光景という言葉が、二人にとって深い意味を持っていることくらいは、彼女にも推測することが出来た。


「ミノーラ!やっぱりやめよう!そもそも、どうやって島まで行くの?」


「船なら我々が準備しますよ。」


 なんとか説得を試みようとするタシェルの言葉にザムスが横やりを入れてくる。彼らからすれば、ミノーラが賛同することが一番都合が良いのだから、当然の反応だろう。


 そんな彼らの透けた思惑にいら立ちを抱いたタシェルは、それをそのまま睨みに乗せて、ザムスにぶつける。


 そんな渾身の睨みを一笑でいなして見せたザムスに対して、さらに怒りを募らせるが、何かできるわけでもない。


 結局、あの時と同じように、助けてもらう事しか出来ないのだろう。


 そんな言葉が頭を過ったことに気が付いたタシェルは、自覚する。既に私は、どこか諦めているのではないだろうかと。


 思い返せば、ここに来るまでもそうだった。嵐の中、オルタやカリオスにも迷惑をかけている。


 全然、変わる事なんてできていない。


「それでは、この嵐が収まり次第、出発して頂けるということでよろしいでしょうか?」


「はい。」


 少しずつ、話が深みに入って行く。既に後戻りは難しいようで、カリオスもオルタも、半ば諦めの雰囲気を漂わせている。


 よくよく考えれば、二人が居れば、この場を無理矢理何とかする事自体は出来るかもしれない。


 そんなことを思った彼女は助けを求めるように、オルタと目を合わせた。助けてくれた時と同じく、まっすぐなその瞳は、心なしか輝きが減っているように見える。


 何故だろう?あの時はあれほどまっすぐに助けに来てくれたのに。今の彼は、どこか心に迷いがあるように見えてしまう。


 カリオスもまた、どこか迷いを抱えているようで、動き出せずにいるようだ。


 そんな二人を見たタシェルは、情けないと思うよりも前に、どこか親近感を抱いた。


「話はこれで終わりです。それでは解散しましょう。」


 ザムスがそう告げ、空気が揺らぎ、人々のざわめきが少しずつ大きくなり始めた時、タシェルは意を決して声を上げた。


「島までは、何日くらいかかるんですか?」


「通常であれば、一日程度でつくはずだが。それがどうしたのかね?」


 半ばウンザリと返答して見せたザムスに対し、タシェルは先程と同じ睨みで応えながら、言葉を続ける。


「私もミノーラと一緒に行きます。精霊の力で風の威力を抑えたり、波を抑えたりできると思うので。文句は無いですよね?」


「ならん、一度に島に行けるのは一人までだ。」


「人は一人だけです。そもそも、お伽噺では海神の遣いは人を連れて来るように言ってたんですよね?本当にミノーラだけが島に行って、意味があるんですか?」


「……。」


 言葉を詰まらせたザムスの様子を見て、タシェルは心の中でこぶしを握り込んだ。完全にすっきりしたわけでは無いが、少しは鬱憤を晴らせた気がする。


「タシェル。大丈夫なのか?」


 掛けられた言葉に振り返ると、オルタが心配そうに視線を泳がせている。同じく、ミノーラも彼女にすり寄ってきた。


「タシェル。私なら大丈夫ですよ?無理しなくても……。」


「オルタさん。ミノーラ。ありがとう。カリオスさんも。でも多分、今回は私が行くのが適任だと思うの。一週間。長くとも一週間はここで待っててもらえれば。私たちは戻って来るから。」


 そう告げたタシェルに対し、カリオスがメモを差し出してくる。そこには『何をするつもりだ?』と書かれていた。


「タシェルさん、何か考えでもあるんですか?」


 カリオスだけでなくミノーラも同じような事を聞いてくる。その問いに対して、一度深く頷いたタシェルは、ザムスに向き直ると指を一本立てて宣言した。


「一週間以内に、私とミノーラがここに戻ってきて、それでも嵐が止まなかったら、海神様はいないと認めてください。そして、私たちはここから出ていきます。」


「何をバカな!そんなことで認めるわけが無いだろう!」


「もし海神様が存在していて人を求めているのなら、私達は戻ってこないし、嵐も止まないでしょう。ですけど、私達が戻ってきて、嵐が続いている場合。海神様は存在しないか、存在しても人を望んでいる訳ではないと言えませんか?」


「……つまり、何が言いたい?」


 業を煮やしたザムスの問いに、タシェルはニヤリと笑みを浮かべて述べる。


「つまり、海神様なんて存在しないことを、証明すると言ってるんです。」

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