第76話 仲間

「これからってどういう事ですか?次に何をするかってことでしょうか?だったら私、南の港町に行きたいです!」


 マーカスの言葉に対して声を上げるミノーラ。どうやら完全に自分たちの目的を忘れてしまっているらしい。このままだと本当にその町に行くことになってしまいそうだ。


「まぁ、落ち着きたまえ、ミノーラ。もちろん、行きたいところに行ってもらって構わない。構わないが、我々にはやらなければならないことがある。」


『自然に言ってるけど、なんでその「我々」に俺達が組み込まれているんだ?そもそも、初めから思ってたけど、部外者が多いよなこの会議。』


 治安維持局のマーカスと、精霊協会の会長であるハリスに関しては、ここに居ても何ら不思議は無いだろう。有識者として、ドクターファーナスが居ることも、まだ許せる。


 しかし、タシェルやオルタ、そしてカリオスとミノーラに関しては完全に部外者ではないだろうか。事情を聞くにしても、これからの話をマーカス達と話すような面子ではない。


 そこでカリオスは、先ほどマーカスが自身に向けて言ったことを思い出した。


『俺が居ないと進められないって言ってたような……。』


 そんなカリオスの思考を待ってくれるほど、状況の変化は優しく無かった。


「大きく分けて二つだ。一つは、薬の精製。未だ意識を取り戻していない人々を治療するための薬が必要だ。これについては、ドクターファーナスと精霊協会に協力を乞いたい。」


「もちろんよ。必ず作って見せるわ。きっとすぐにできるわよ。ねぇ、ハリス。」


「はい。我々も全力で協力しましょう。」


「誰か薬が必要なんですか?」


 事情を知らない様子のミノーラが尋ねる。その隣で、同じく事情を知らないであろうオルタは、腕組みをした状態で睡魔と戦っていた。


 その二人とは打って変わり、タシェルは真剣な面持ちで話を聞いているようだ。昨日はドクターファーナスの手伝いをしていたことから察するに、まだ目を覚ましていない患者がいることと、その様子を知っているのだろう。


 意識の差が歴然である。


「そうなのだよ。ミノーラ。今まで我々も見たことの無いような状態でね。急いで薬が必要なんだ。」


「私にできることは無いですか?」


 そう申し出たのは、ミノーラではなく、タシェルだった。その様子を微笑ましく見ているドクターファーナスと、驚愕で口を半開きにしたハリスの様子が相対的だ。カリオスはタシェルのことを良く知らないが、何か変化でもあったのだろうか。


「ありがとう。タシェル。ただ君は協会員だ。まずはハリス会長に指示を仰いでくれたまえ。さて、他に質問や意見がある人はいるだろうか?いないみたいなので、話を進めよう。さて、カリオス。君の出番だ。」


 唐突に話を振られたカリオスは、心当たりのない指名に動揺を隠せない。そんな彼の様子を楽しんでいるかのように、マーカスは大仰に話し始めた。


「君とミノーラには逃げた男を追ってもらいたい。部外者である君らに頼むのは少し気が引けるのだが。引き受けてくれるかい?駄目だろうか。正直、私は君たちがどんな目的を持ってこの街に来たのかも知らないし、なぜ知り合ったのかも知らない。きっとあの男は君らには全く関係ないのだろうね。もちろん我々も捜索は続けるさ。ただ、旅先であの男を見つけたら、捕らえてほしい。簡単に言えば……」


 そこでマーカスは一旦言葉を切ると、カリオスに対して視線を投げかけて来る。その視線の中に、様々なものがこもっているように見えた。最も多いのはいたずら心だろうか。ほんのちょっぴりの悪意も感じる。


「……クロムを捕まえてほしい。」


 そう言葉を結んだマーカスに対して、始めに反応を示したのは、何を隠そうミノーラだった。


「クロム!?クロムが居たんですか!?」


『知らなかったのか……?そうか、怪我で寝てたのか。』


 ミノーラを傷つけたのはクロムではなく、もう一人のウルハ族だった。その後になってクロムが現れたせいで、今の今までクロムが今回の件に関わっていたことを知らなかったのだろう。


 なるほどと一人納得したカリオスは、すぐさまマーカスの意図に気が付く。


「マーカスさん、私達、元々クロムを追ってたんです!」


 こうなってしまえば、もう全てバレたも同然だろう。案の定、彼女はマーカスの質問に全て正直に答え始めている。


「つまり、ミノーラの家族を襲ったクロムを探していると。そして、助けてくれたのが王都にいるサーナと言う技鉱士。」


 ハリスに睨みを利かされていたせいで、ミノーラを止めることもできず、ものの見事に全てバレてしまったようだ。タシェルやドクターファーナスはミノーラの境遇に同情したのか、頭を撫でながら慰めの言葉を告げている。ミノーラも満足そうな顔をしている。


 一方、マーカスとハリスはどこか複雑そうな顔をしてカリオスの肩を優しく叩いてきた。なぜか負けた気分になってしまう。


「お前たちがミスルトゥのことに関わっているとは思っていたが、まさかそんな事情があったとは。初めは、あの惨状をお前が作り出したと思っていたが、影の女王の仕業か……。救われない結末だ。疑って悪かったな。」


 ハリスの謝罪を聞きながら、カリオスは心の中でその言葉を否定する。否定しなければならない気がしたのだ。


 ミノーラが語ったミスルトゥでの話は、カリオスも知らないことが多かった。特に、コロニー切り離し作戦が中止されたことは驚きだった。


 しかし、当然と言えば当然だ。自分の家が壊されると知っておこならない方がおかしい。提案すること自体が、許されてはならない。


「さて、ミノーラとカリオスの事情も分かったことだし、やはりクロムを追うのは二人に任せていいだろうか。」


 カリオスが気を取り直す前に、マーカスが話を戻した。それに乗っかるように、ハリスが提案する。


「タシェル。お前はミノーラとカリオスに着いて行け。」


「……えっ?」


「あぁ、安心しろ。シルフィは連れて行ってもいい。」


「えっ、いや、あの……分かりました。」


 突然のハリスの提案に動揺していたタシェルだったが、すぐに気持ちを持ち直したのか、決心をするように返事をした。決してハリスの威圧に圧し負けたわけでは無い。出なければ、ハリスの目を見返すことは出来ないだろう。


 そんな流れに乗るように、マーカスも提案する。


「ほら、オルタ。君もいい加減起きるんだ。君は職を失ったと聞いたんだが、どうだね?私の部下としてカリオス達に着いて行ってみないか?」


「……はぁ?」


 口からよだれを垂らしながら呆けた返事をするオルタを見て、ミノーラとタシェルが笑い、他の皆も釣られて笑みを浮かべてしまう。そんな状況をうまく呑み込めないのか、オルタは一人混乱していた。

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