第37話 涙々

「そろそろ大丈夫だ!」


 外から戻って来たダンガンが、カリオスの通れる道を作りながら声を上げる。


 言われるがままに身をかがめ、少しづつ広がっていく道から身を乗り出してみると、壮観な景色が広がった。


 まだ若干残っている砂埃で視界がかすむ。そんなおぼろげな雰囲気が包みこんでいるのは、巨大なコロニーの残骸だ。


 球形に整えられていた筈のそれは、無残な姿になり果てている。


 まるで、花束をグシャグシャに潰したかのようなそれは、傾きかけの薄い日を浴び、静かに息を止めていた。


 カリオス達が必死で飛ばしていた大樹のつるは、ことごとく千切れ、垂れ下がっているか、地面を這っている。


「これは……補強をしてもダメだったかもしれねぇな。まぁ、それは良いとして、さっさと様子を見に行くぞ!」


 地面に落ちている蔓を手に取り、右の眉を上げながら観察していたダンガンは、すぐに興味を失ったらしい。蔓をヒョイと放り投げ、コロニーの残骸へと駆けて行く。


 当然、カリオスも後を追った。


 崩れ落ちそうな箇所に気を付けながら、コロニーを形作っていた枝葉を上り、少し見晴らしのいい場所へと辿り着く。


 薄くかかるモヤのせいで遠くの方は様子が分からない。が、人の気配は無いようだ。少しホッとした彼は、ふと顔に掛かる影に気が付く。


 ゆっくりと旋回しながら降下してくる沢山の影。恐らく、トリーヌ達の仲間だろう。結構な数が居る。あの様子なら、無事に避難できていたのか。


 そんな楽観的すぎる、考え。


 それを指し示すように、無数の声が響きだす。


「探せ! まだ助かるかもしれない! できるだけ多く見つけ出すんだ!」


「けが人はこっちへ! 危ないから、なるべく離れなさい!」


「聞こえたら返事をするんだ! 良し! 意識があったぞ!」


「どうして、こんなことに!」


 どうして?


 どうしてこんなことになったのか。カリオスは、考えたくなかった。呆然と見つめる景色の中で、大勢の傷付いたトアリンク族達が運ばれていく。


 翼を失っている者や足の無い者、当然、絶命しているようにしか見えない者も、運ばれている。


 その中でも、最も数が多いのは小さな亡骸だった。


 運ばれている様子を眺めるだけで、分かってしまう。


 どうして、こんなことになったのか?


 考えたくない。考える事は出来ない。考えるわけにはいかない。考えるまでもない。


 なぜなら…


「……貴方のせい」


 突然、耳元でささやく声が聞こえ、声にならない声を上げながら、地面を転がる。


 そうして見上げると、バートンが彼を見下ろしていた。その目が何を訴えているのか、彼には分からない。


「……だなんて、私は言うつもりありませんがね? あの場にいた全員が、できるんじゃないかと思ったんですから。私も考えが足りなかったと、反省していたところなので」


 カリオスだけに語り掛けるような、そんな口調でバートンは話を続ける。


「ただ、ここで見ているだけなのは許せないし、許されない。と私は思うんだけど。考えてもどうしようもないし、考えたくないのも分かるし、考えがまとまらないのも分かるけど。今は考えずに手を動かすときだろう?」


 それだけ言い残すと、バートンは足軽に去って行く。


 しかし、彼のお陰でやるべきことが分かった気がする。そんな、カリオスの気持ちを揺さぶるかのように、トアリンク族達にどよめきが広がる。


 どよめきの方へと足早に向かい、様子を伺う。渦中かちゅうには真っ赤に染まったトアリンク族が一人いる。まだ息はあるようだが、かなり重症のようで、見ているだけで苦しくなる。


「親さま……」


「パトラ様……」


 そんなどよめきが辺りに広がっていく。


 怪我のせいではっきりと分からないが、よく見ると確かに、親様だ。と改めてパトラを見たカリオスは、彼女が号泣していることに気が付く。


「ご、ごめん……なさい。……皆さん。私……っ。一人も…守れなかった……」


 途切れ途切れに言葉を紡いでいた彼女を介抱するために、数人が駆け寄り、パトラに触れようとした時。


 彼女の右の翼が力なく垂れ下がり、中から小さな亡骸が転がり落ちてきた。


 きっと、一人だけでもと、とっさに抱え込んだのだろう。それでも、救えなかった。


 辺りの空気が一段と重くなり、パトラの嗚咽だけが鳴り続ける中、カリオスは動揺しながらも、もう一つの音を耳にした。


「……ファリス」


 膝を付き、転がった小さな亡骸を凝視するトリーヌが、そこに居た。


 気が付けば、その場にいる誰もが、涙を流していた。それはカリオスも例外ではない。


 目の前に突きつけられる現実は、あまりにも残酷で。それを作り出したのは夢でもなんでもなく、カリオス自身である。


 足が震え、胃が痛み、眩暈がする。


 この場からすぐにでも消え去りたい。何事も無かったかのように、いなくなりたい。


 そんなことだけが頭の中をぐるぐる回り始めた時、左手の指先に冷たい何かが触れた。


 ふと、足元を見ると、彼の左手の先端にミノーラが鼻先を擦り付けている。


「カリオスさん……」


 いつになく落ち込んでいるミノーラはそれ以上言葉を紡げないようで、ひたすらにカリオスの手に頭を擦りつけるのだった。

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