第33話 抵抗

 トリーヌと別れてどれくらいになるだろうか。ミノーラはドグルの案内でようやく待機場所へと辿り着いた。


 地面と平行に伸びている太い枝から、少しだけ細い枝へとくだったその先、遥かな真下に小さなコロニーが見える位置に彼女は立っている。


 彼女は今まで生きてきた中で、これほどまでに高い場所に来たことはない。足がすくみそうになるのを何とか堪えながらも、目の前の状況に困惑する。


「おい! てめぇ! 何とか言えってんだ! なぜコロニーを切り離した! 合図があったのか?」


「あはははははははははははははははははははっ!! くくくくくくくくっ……」


 待機していた仲間の両肩に掴みかかったドグルが、大声で食って掛かっているのだが、肝心の仲間の方はずっと笑っているだけで、何も応えようとしない。


 そんな状態の小人が、全部で3人、各々寝転がったり、飛び跳ねたりしている。


「くそ! これは影の精霊にやられたのか? 全員正気を保ってねぇぞ」


 彼の言う通り、影の精霊の攻撃に合った可能性は高く思える。


「どうしましょうか? 彼らを取り敢えず下に連れていきますか? だけど、それだとまた昇ってくるまでに時間が掛かりすぎてしまいますね」


「そうだな、それと、一つ気になる事がある。なぜここの場所がバレてやがる? 何も用が無いのに、影の精がこんな端っこに来るとは思えねぇ。この辺は外の光もそうだが、枝の放つ光も比較的強い方だ。わざわざ苦手な場所にと足を運ぶとも思えねぇしな」


「それってつまり……」


「そうだ、計画が漏れていた可能性がある」


 誰か裏切者がいる? それとも、隠れて聞いていたとか。確かに、影のある場所なら影の精は身を潜めることが出来る。


 もっとしっかりと警戒しておくべきだった。


「もしこれが影の精の仕業だとしたら……くっ! そ……」


 時すでに遅しとはこのことだろう。ミノーラが異変に気が付いた時には、既に辺りが闇に覆われていた。


「またお会いしましたね。ミノーラ」


「影の女王!!」


「アンタ、まーた捕まってやんの。ダメダメだねぇ。そんなアンタに、良い事教えてあげる! この小人は体がちっさい分、アタシらの支配を受けやすいんだよぉ? 簡単に操れちゃうんだよね。まるで人形なのさ」


「レイラ。言葉遣いはしっかりとしなさいと何度言えば分かるのでしょうか?」


 体の自由を奪われたミノーラの前に、再び現れた影の女王とレイラ。為す術の無い状況に、彼女は項垂れるしかできない。


 背中のドグルも静かになっており、どうやら身動きが取れないらしい。


「なんでですか!? どうしてこんなひどいことを!?」


「何のことでしょうか?」


 キッと女王を睨みつけ、問いかけるが、女王は表情一つ変えることなく返答する。


「コロニーの事です。そこの彼らを操って、コロニーの切り離しをさせたんじゃないんですか? そのせいで沢山の方が……」


「私はそんな事していませんよ? ただ、彼らが憎しみ合い、殺し合いを求めただけなのではないでしょうか? もっとも、私としては、煩わしい彼らが消えてくれるのであれば、どうでも良いのですけど」


「……煩わしい? どういう事ですか?」


「面倒くさい、うるさい、やかましい。ただそれだけです。私の膝元ひざもとで、事あるごとにいさかいを起こし、つぶし合い、けなし合う。挙句の果てに、私の大事な娘が一人消される原因を作ったのです。その後、私と言う共通の敵が現れることで、ようやく協力し始めたようですが、結局、私にとっては敵。出来うることならば関わりたくはないのです。ですので、勝手に殺し合ってくれるのであれば、わたくしはただ、見ているだけです」


 ミノーラは先程のトリーヌとドグルのやり取りを思い出す。


 事情はよく分かっていないが、確かに、二人のやり取りは個人的なものではなく、大きな、それも種族間でのいざこざのようにも聞こえた。


 もしそうなのだとするなら、本当に、彼らが独断で落としたのだろうか。だとするならば、なぜ正気を保っていないのだろう。


 そんなことを考えていると、レイラが口を開く。


「こいつら、自分のやったことの重大さに気が付いて、おかしくなったんだろうさ。正気を保ってれば、責任を問われるからなぁ。またアタシらを悪者にしようとしてたんだろ? なぁ、煩わしいだろ?」


 ニヤニヤと笑うレイラが顔を近づけてくる。何がそんなに面白いのだろうか。


「とはいえ、私はあなたに害意を持っているわけではありません。取引をしませんか?」


 そう切り出した女王に、ミノーラが返答をしようとしたその時。


「お、お前! まだ抵抗できるのか!」


 レイラの焦る声と、ドグルのしゃがれた声が同時に聞こえた。


「ふ……ざけてんじゃねぇ!」


 その言葉とともに、ミノーラの背中で閃光弾が炸裂する。

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