第25話 開戦
ミノーラがそれを耳にしたのは、パトラが
どこか遠くの方から、何者かの
「あの、パトラさん。今の叫び声聞こえましたか?」
「いえ……叫び声ですか? 戦いが始まったのかもしれません。ここで少しお待ちください。確認してまいります」
どうやらパトラには聞こえていないようだ。だが、彼女は自身の耳に絶対の自信がある。
パトラにはここで待つように言われたが、そのまま待っているだけなど、彼女にはできなかった。
目隠しであるシダ植物をくぐり、聖樹の中を見渡す。すぐそばでパトラが見張りの兵士に何やら話しかけている以外に、誰もいない。
「気のせいだったのかしら?確かに誰かが叫んでいたと思うんですが」
そう呟き、声の聞こえたコロニーの上部へと視線をやる。
「……? あれは……」
なにやら黒いものが、コロニー上部で
それに気が付いた彼女は本能的に危険なものであると察知した。
「パトラさん! あれを!」
彼女の呼びかけに気が付いたパトラは上空を確認し、声を張り上げた。
「敵襲! コロニー上部に敵影確認! 臨戦態勢を取りなさい! トリーヌ! 誰かトリーヌをここへ!」
そのような呼びかけが響く中、蠢く影は着々と枝葉の間を降下し続け、ついに全容を現す。
それは、巨大な影の塊だった。
その塊は雲のようにコロニー内部へと広がり、一つ、また一つと影の
まるで、漆黒の雨のように。
無数に降り注ぐ影の雫は、枝葉に当たっても弾けることはなく、ただ辺りを黒く染め上げて行く。
しかし、染めるだけで大きな変化を見せることは無かった。
このまま事態を静観するわけにもいかない。ミノーラは黒く染まっている部分への警戒をしながら、パトラの元へと駆け寄る。
「パトラさん! あれは影の精でしょうか?」
その問い掛けを受けたパトラは、ふわふわと浮かんだ影の塊に鋭い視線を投げつつ、応えた。
「日が昇っている間、このコロニーに低級の影の精は入ってくることが出来ません。……ですので、ここからは推測になってしまうのですが、あれは恐らく、中級かそれ以上の影の精だと思われます」
「中級? それって、大変な事なのでしょうか?」
「下級の精霊に知性はありません。ですが、中級以上の精霊には知性があります。私を精神支配していたのが中級だと考えてください」
「なら、私があの中に突っ込めば消えちゃうのでしょうか?」
もしそうなら良いなぁ程度の考えで提案をしてみる。だが、事態はそれほど単純ではないのだとパトラの重い表情が告げていた。
「今あそこにいるのが中級の影の精ならば、ミノーラさんとその首輪について既に知られていると考えた方が良いです。精霊間には特殊なつながりがあると言われていますので。それを踏まえると、何かしらの対策はしているのではないと……」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……
影の雫に混じって甲高い声が降り注ぐ。その声はどうやら、雲のように広がっている影の中から聞こえているようだ。
「あなたは誰!?」
言葉を話せるのなら、と対話を試みるミノーラが声を掛けるが、帰ってきたのは
「……もしかして、ミノーラちゃん? ミノーラさん? ミノーラァ?ねぇ教えて? どうしてアタシの姉さんを奪うの? どうしてアタシを奪うの? どうして? どうしてあの方を泣かせるの? あの方が何したの? アナタは何したの? 教えて? 教えてくれないの? どうして?」
回答と思えない応えを半ば聞き流しかけたその時、ミノーラは背筋に走る
「くっ!!」
力任せに足元を蹴り、大きく跳躍を行う。
胴に多少の負荷を覚えながらも、無理矢理体をねじり、元居た場所に視線を飛ばしながら着地する。
巨大な枝の上と言う足場の悪い場所ではあるが、彼女は爪をひっかけることで滑ることなく体勢を整えた。
そうでもしなければ、次の攻撃への対処が遅れるからである。
ミノーラの立っていた場所を、太さが人間のこぶし大ほどある真っ黒な槍が貫いている。
良く見ると、その槍は影の雫によって黒く染められた部分から伸びている。
パトラはと言うと、急に動いたミノーラの様子に驚いた後、槍の存在に気が付き、周囲への警戒を始めていた。
だが、ミノーラは狙われているのが自分であると直感していた。
そんな二人を置いてきぼりにするように、広がっていた影の雲が霧散し始め、中にいた存在が姿を現す。
「答えない、アナタなんかに応えない。アタシはとても面倒な女なの」
背丈はサーナと同じくらいだろうか。全身に黒くてモヤモヤとしたものを
そこまで観察したミノーラは、それ以上の観察をする間もなく、闇の中へと閉ざされた。
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