第22話 吉凶

 ダンガンによれば、この森はかつてうるわしの森と呼ばれたいたらしい。


 外から見ただけでは、単なる戯言ざれごとだと嘲笑ちょうしょうできたかもしれないが、この光景を見た彼は納得する他に無い。


 周囲をおおいつくしている草花と木々は、あらゆる意味で人の手が加わっていないことを意味していた。


 獣の死骸しがいふん住処すみかなどといった痕跡こんせきはもちろんのこと、子連れで歩く鹿や獲物えもの捕食ほしょくしている最中の狼を目の当たりにしたときに、彼はこの森に生態系せいたいけいが出来上がっていることを感じたのであった。


 しかし、それらの自然と呼べるものの中に、明らかな不自然を見つけてしまう。


 このミスルトゥを形成している巨木の周りには分厚い雲がかかっているのだ。それは、ここに到着した際に目撃している。


 そこで一つの疑問が生じる。


 コロニーと麗しの森、どちらも日の光が届かないはずなのだ。


 コロニーの上部には枝葉が密生みっせいしていたのを確認しているし、今いるこの麗しの森に関しては、巨木の幹の中である。


 しかし、少なくともカリオスは暗いと感じた覚えはない。


 むしろ今は、少しまぶしいとさえ感じている。


『木々が……光ってるのか?』


 森に入った際の違和感。目がおかしくなったのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。


「兄ちゃん、そんなに気になるかい? 俺もこまけぇ事は理解出来ちゃいねぇが、理解したからと言って何か変わるもんじゃないだろう? そんなことより、着いたぜ、ここが目的の泉だ」


 カリオスの右肩に胡坐あぐらをかいているダンガンが、意気揚々いきようようと話しかけてくる。


 なぜ彼にだけカリオスの心の声が届くのかよくわからないが、その辺についても、これから説明があるものだと期待しておこう。


「ところでカリオス。貴方はもっとおしゃべりだと思っていたんだが。やはり私の事をうらんでいるのか? それに、やたらと悪趣味あくしゅみな口輪をしているじゃないか。それはもしやサーナ様の作品かい?」


 どうやらバートンは、カリオスが発声出来ないことを知らないようだ。発声できたとして話しかけることは無いのだが。


「兄ちゃんは声が出ないみたいだぜ? 俺たちトアリンク族は読み取ることが出来るがな! すげぇだろぉ! 外の鳥共はそんな芸当出来なかっただろ?」


 その問いかけに、彼はうなずいて肯定する。取り敢えずは、ダンガンのお陰で意思の疎通が取れるわけだ。この機会を有効に使う他ない。


『ダンガン、そんなことより、ここに来て何がしたかったんだ?』


 いつまでたっても雑談を続けているわけにはいかない。


 そもそも、コロニーから突き落とされた理由や伝令兵の意味、バートンがこの場にいる意味など、聞くことはたくさんあるのだ。


 そんな彼の気持ちを察したのか、ダンガンは三人のそばにある泉を指さす。


「おめぇらはこの泉で待っててくんねぇか。すぐに俺の仲間たちを集めっからよぉ」


 そう言い残したダンガンはカリオスの肩から飛び降りると、そそくさと森の奥へと走り去っていく。


 自然と二人きりになった訳であり、当然静寂が広がった。


 気まずい空気が流れ始めたので、取り敢えず周囲の様子を見て回る。


 森の入口から数十分程度歩いた場所にあるこの泉には、非常にんだ水が湧いているようだ。


 おそらく、カリオスの肩くらいの深さはあるだろう。


 しかし、魚などの生物は見られない。水が綺麗すぎるのだろうか。


 その泉を囲うようにシダが生茂しげっており、一部開いちぶひらけている場所に、二人は立っている。


 ミノーラが見たら喜びそうだ。


 そう考えている自分に気が付いた彼は、首を横に振り、泉で顔を洗うために歩み寄った。


 ぬかるみのせいで足元が悪いが、何とか水に手が届く場所まで行き、両手で水をむ。


『冷たいな』


 右手は籠手をしているので伝わらないが、ひんやりとしている。そのまま、顔を濡らして、左手で顔を拭った。


 口輪が非常に邪魔である。


 それでも、頭から様々なモヤモヤが抜けていくのを感じ、ようやく落ち着きを取り戻せたような気がする。


「待たせたな!」


 スッキリとした面持ちで振り返ると、ダンガンが森から飛び出してくるところだった。


 その後から、ぞろぞろと小人が駆け出してくる。まるで、人形の行進のようだと苦笑いが漏れたのは当然だ。


 全部で何人いるのだろう。


 森の茂みからワラワラと駆け出してきたトアリンク族達は、枝や葉の上に数人で座り、カリオスとバートンの事を興味深そうに見つめ、ワイワイと笑い合っている。


 中には、木の幹を変形させて階段を作ったり、枝から伸びる蔦にぶら下がった状態の者までいる。


 しばらくはしゃいでいた彼らだったが、ダンガンが手をぴしゃりと打ち鳴らすと、一斉に黙り込んだ。


 その機を逃さず、ダンガンは言葉を発する。


「二人に悪い知らせと良い知らせがある! 悪い知らせは、ついに影の女王が動き始めたことだ」


 影の女王。それは、あの影の精の親玉と言う事だろう。


 とっさにミノーラの事を思い出すが、ここでやきもきしたところでどうにもならない。


 そんなカリオスの心境を読み取ったのか、ダンガンがこちらへと笑いかけながら言う。


「次に!! 良い知らせだ! 兄ちゃんの仲間が、パトラの開放に成功した! 今こそ反撃の時だ!」


 うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 小人とは思えないほどの雄たけびを上げ始めたトアリンク族達に気圧けおされながら、カリオスは少し安堵あんどする。


『ミノーラが上手くやったみたいだな。……いまいち何をしたのか分からないが。いい知らせなら、ひとまず無事なんだな』


 あとは合流するだけかと安堵する彼は、ふと気づく。


『……反撃?』


 そんな彼の疑問に誰も答えず、しばらくの間雄たけびが響き続けたのであった。

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