古の勇者編
51話 巨眼の君
「お前、あの聖女にマジで詩を綴って送るつもりなのか」
「彼女は”聖女でいるためには婚姻をするわけにはいけないわ。類い希なる美貌だけではなく、聖なる力を扱える選ばれし女性の私にも不幸はあるのね。見目麗しく誠実な男性からの求婚を使命のために拒まないといけないのですもの……”と言っていたからね」
我が家でも歩き回るような気楽さで、アビスモがルリジオの自室の扉を開いた。
応接間も兼ねている部屋は綺麗に片付けられており、時間停止の魔法をかけられて飾られていると噂されている巨乳の死体や、以前首と四肢を切り落とした悪魔の体は見当たらない。
「お、おう。でも、それであっさりと引き下がるなんて正直、意外だった」
彼は目線だけアビスモへ向けると、手を止めたルリジオは、顔を上げて目の前の友人の顔を見た。
にこやかに微笑んだまま、ルリジオは早口で聖女と何があったのかを話し始める。
「君の為なら王に掛け合い、聖女は独身でいなければいけないなんて決まりをなくそうとも考えていたんだけれど……彼女が使命感に燃えているのなら仕方ないよ。仕事も続けて良いとはいったのだけれど……どうもそういうことではないらしい。恵まれている自分にも一つくらい欠点がないとダメとのことなんだ。よくわからないけれどそれは尊重したくてね」
「顔面の造形も美的感覚も精神も強すぎる女……どこがいいんだか」
「どこがって決まっているだろう?あの鎖骨の下からはじまる美しい弓なりの曲線……ふわりと浮かび上がる
「わかったから……ったく。じゃあ、俺はセパルに探らせている旧い神々の血筋について調べてくる。なにかあったらまた来るよ」
アビスモは熱く語り出すルリジオを手で制する。大人しく頷き、再び文机に向き直ってペンを走らせはじめたルリジオに、彼は別れを告げて部屋から出て行った。
詩を認めたルリジオがフッと一息吐くと、いつのまにか来ていた
湯気の立ち上るカップへ目を向けたルリジオは、ペンを置いてカップに手を伸ばす。
そして、陶器のカップに半分ほどを満ちている紅茶を、ゆっくりと口に含んだ。それから、カップを置いたルリジオは、ブラウニーへ視線を向ける。
「ありがとう。では、これを港街の神殿まで届けてくれるかな」
「かしこまりました。ところで」
煌びやかな金糸と宝石を飾られた表紙で閉じられた刺繍を受け取ったブラウニーは、それを脇に挟んで頭を下げた。
頭を下げたまま、目線を自分へ向けるブラウニーに、ルリジオは首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「はい。
「イスヒスか……。ありがとう。早速行くことにするよ」
ルリジオが席を立つのをブラウニーは頭を下げたまま見送った。
自室から出たルリジオは、食堂の奥にある別館への扉を開き、長い階段を上っていく。
ルリジオの館には、大きな体躯を持つ妻たち専用の別館がある。巨人族の妻はそう多くは無いが、彼女たちは人間と同じ大きさと同じ妻と生活は出来ないため、特別にルリジオが建てさせたものだった。
低い山のように大きな別館の前に立ったルリジオは、大きな呼び鈴から垂れ下がっている縄へ思い切り体重をかけて引っ張る。
ゴーンと大きく低い音が響き渡ると、扉の内側でドタドタと大きな足音が聞こえてくる。
まるで地響きのような音が響いても、ルリジオの表情に慌てる様子は無い。
優しげな表情をしたまま待つルリジオの目の前にある、巨大な扉が土埃を上げながらゆっくりと開いていく。
「ルリジオ様ー!」
開いた扉から現れたのは、
灰褐色の肌は筋肉質で、腕と足の筋肉は岩のように盛り上がっている。真っ白な長い髪は後頭部の低い位置で編んでまとめられていた。編まれた髪は、丈夫な縄を思わせる。そんな彼女は、顔の中心にある大きな銀色の瞳を自分の足下へ向けた。
自分の膝丈ほどの大きさしかないルリジオをやっと見つけたイスヒスは、勢いよくしゃがみ込む。
彼女が勢いよく動いた風圧で、ルリジオの金糸のような髪が靡き、土埃が舞い上がった。
自分の背丈ほどはある大きく分厚い手がにょっと目の前に現れても、ルリジオは微笑みを絶やさないままだ。
彼女の巨大な手が、ルリジオの身体を包み込む。ミシッという音がして、微笑んだままだったルリジオの眉が一瞬顰められた。
「ご、ごめんなさいルリジオ様……アタシまたやっちゃいました」
大きな体躯のイスヒスだったが、愛する人の小さな呻き声を聞き逃すことはなかった。
彼女は、自分が力加減を誤ったことに気が付くと、見る見るうちに大きな目に涙を浮かべて、一つだけある眉の右側を下げて悲しげな表情を浮かべる。
「大丈夫だよ。ちょっとした骨折と内臓の損傷くらいすぐに治るさ」
指の一本一本がルリジオの太腿ほどの太さがある彼女の指の一つに、彼は自分の手を乗せて優しく撫でた。
「ううう~!そういうところが大好きなんですぅ~」
ポロポロと大きな目から零れた涙は、ルリジオの頭にぼとりと落ちて彼をずぶぬれにする。
ぎゅうと感極まって込められた指が彼の体を締め上げて、ミシミシとルリジオの体がら骨のきしむ音が再び響く。
しかし、手ごと胸元へ持っていかれた彼の表情は満足そうだった。
自分の体がすべて飲み込まれてしまいそうなほど深い谷間が目の前にあるからだろう。
イスヒスは、ぎゅうと胸に手を押し付けた。彼を抱きしめるときにはそうしてくれと婚姻をしたときに頼まれたからだ。
ルリジオの体が胸に強く押し付けられる。
「ああ……ルリジオ様?」
我に返ったイスヒスが、自分の胸元へ目を落とす。
自分の声に反応を返さないルリジオに気が付いた彼女は、そっと自分の手を胸から離して目の高さまで持ち上げる。
指をゆっくりと開くと、手の中にいたルリジオは、目を閉じて眠るように脱力をしていた。
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